朝比奈紗々羅との邂逅
私と紗々羅との出会いは、高1の春になる。
突然彼女は私に話しかけてきた。遠慮も無しに、名前で「澪」と、呼び捨てで――――
◆
中学へ上がるとき、私はそれまで仲の良かった友達たちとお別れすることになった。みんなは公立の、普通の中学校へ行くのだけれど、私は家の方針で私立の中学校、すなわち望陵学園の中等部へと行くことになったからだ。早くから魔導教育を施されていた私は何の問題もなく合格、2クラスしかないせいで倍率がとんでもなく膨れ上がる難関を、易々と突破してしまった。もっとも実家が経営に関わる学校だけに、裏で何かがおこなわれた可能性は否定できないけど、それでも私は信じている。それは、私の努力の賜物なんだって。
高等部に上がってから環境が急変した。クラスの子たちが、なんというかよそよそしい。呼び方も恭しいというか。みんな「白鷺さん」、と呼び、敬語で話す。ひどいときには白鷺様呼ばわり。それは大体高等部への一般受験組の人たち。多分私が校長の娘、理事の一族ということと関係しているんだろう、そのせいか距離を取られている感じがした。
周りとの距離が上手く取れない私は孤立していた。まただ。それでも中等のときは周囲も同じような境遇の子たちだったから馴染むのは早かったけど、今度は…『中等からの持ち上がり組は魔導エリート』というレッテルを貼られている。その上私は校長の娘だから。
私は目立つのが苦手だ。衆目を浴びると緊張してしまう。バイオリンの演奏会では目を瞑ったまま演奏するほど。小さなころから白鷺家の長女として振る舞う必要から人の目を気にしてしまう。そして周りから望まれる姿がなんだか本当の自分とは別人のようで、まるで他人を欺いているような気分になる。
入学から一週間ほど。私は自分の席に着いたまま、誰とも話せない日々が続いていた。クラスの中はある程度親睦が進んだのか、いくつかのグループに分かれ始めた。私はそのどれにも入れていない。そんな折。
「ねぇ、澪」
私に明るく声を掛けてきた子がいた。俯いていた顔を上げると――――ギャルがいた。いや、入学式の時から目に入っていた。望陵の伝統からは思いも寄らない派手な出で立ち。髪はすっかり金髪に染まっていて、メイクもちゃんとしている。ピアスやら胸元のネックレスやら、女性が身に付けるであろう装飾品は一通り装備している、という感じだった。そして…おそらく私とは接点のない人だな、とも感じていた。彼女はあまりにも私が今まで生きてきた世界とは相容れない存在だったから。
「話しかけてジャマだったかな?」
「そんなことないよ」
「ほんじゃ、ちょっと話しよーぜー。あ、ウチは紗々羅。朝比奈紗々羅」
「うん。知ってる」
「そっか、自己紹介はしてるもんね」
「なんで…」
「うん?」
「なんで、朝比奈さんは私に声を掛けたの?」
「朝比奈さんとか呼ぶなってー。紗々羅でいいよー、紗々羅って呼んでー。でさ、澪ってオモシロそうじゃない?」
「面白…そう?」
真面目そうだとかそういう言われ方をするのは慣れているが、「面白そう」と言われたのは生涯で初めてだ。
「そそ。もうさ、自己紹介の時から、『この子イイっ! 絶対オモシロそー!』って思ったもんね。競争率高そうだから難しいかな?って思ってたけど、誰も手を付けないじゃん? だからさ、ウチがいただき! 友達になっちゃお!ってね! 澪ってさ、ウチと正反対じゃん? なんかさ、友達になれたら、ウチの世界観も広がりそうじゃん? ウチのカンがそう告げたのさ!」
紗々羅が話しかけている相手は私。でもみんなとは違う。みんなが話しかけているのは人前に出すために着飾った私。紗々羅はその内側にいる、誰にも見られてはいけないと臆病に震える私に話しかけてくる。そして、そのままでいいよ、今のままでいいよと隣に座ってくれている。そんな気がした。
それから…休み時間とあれば紗々羅は私のところへやってきてはひたすらしゃべり続ける。それに乗せられて私も話をするように。遠慮のない、むしろ図々しいくらいの彼女の態度は私の心を解きほぐす。そして、紗々羅を通じて徐々にクラスのみんなとも話をするようになって…いつの間にか私はクラスに溶け込んでいた。彼女の裏表のないコミュ力。私にはないものだ。紗々羅のようになれたらな、と思わなくもないけど、それはなかなか難しい、かな。だから彼女は私の友達でありながら、憧れの存在、ともいえる。
◆
HRで各委員会選出の時。
「はいはーい! ウチは白鷺さんがイイと思いまーす!」
風紀委員の選出で、真っ先に手を上げたのが紗々羅だった。私は…絶句した。風紀委員? 私が? というのも、望陵の風紀委員は一種のステイタス。名誉職なのだ。選出にあたり、AMI値に最低基準がある。そればかりでなく、魔導構文の精度も求められる。状況によっては魔導を使わなければならないことがあるから。その時、不安定な魔導を用いては事を収めるばかりか返って被害を出しかねない。確かに私はAMI値はクリアしているし、幼いころから磨いてきた構文の精度にも自信がある。でも風紀はみんなの憧れの職。それを目立つのが苦手な私がやるなんて…
「で、どお? ウチは澪が適任だと思うんだけどー?」
紗々羅はクラスを見回してみんなの様子を窺ってるみたい。そして。
「はい。そんじゃ満場一致、ってことで!」
私は風紀委員に決まった。目立つのは苦手でも、みんなが期待してくれるのなら応えたい。
◆
風紀の仕事はなかなか大変。朝はみんなより早く登校し、放課後は最終下校時刻まで残り、校舎やその周辺、敷地周りも見回りがある。もっとも常に委員全員ではなく持ち回りの当番制なのだが、1年はまだ仕事を覚えなくてはならないから朝も放課後も毎日、なのだ。昼休みはおろか授業間の休み時間でも呼び出されることがある。
そんな毎日が続く中、ある日、校長室に呼び出された。風紀委員会のことでと、私を含め当日当番だった先輩たちも一緒に。職員室に呼び出されることはあっても校長室は初めてだ。
「学校の周辺住民の方から匿名の電話があってね」
ドキッ! 匿名の電話って…苦情? 何か粗相でもしてしまったのか…私は戦々恐々だった。
「今年の望陵の風紀の生徒たちはよくやっている。褒めてあげて欲しい、とね」
校長先生から労いの言葉を掛けられた。てっきり叱られるものと思っていたから喜びもひとしおだ。なんでも外回りのときにゴミ拾いをしている生徒を見かけた、と。 …私だ。そのくらいのことは当然と思っていたから、そんなことで褒められるとは思わなかった。とはいえ、正直なところ、生徒の中には望陵が魔導エリートの学校だということを笠に着て鷹揚な態度だったり、外で問題を起こす者もいたりする。それ故に周囲の、特に近隣住民の皆さんの望陵生徒へ向ける視線には厳しいものがある。それが称賛の言葉をもらえたのだ、先生方も嬉しかったのだろう。校長先生は、すなわち私の父親なのだけど、家では学校の話をすることがない。言えないことが多いだろうし、何より生徒のプライバシーに関わることもあるだろうからしかたのないこと。そもそもお父様は魔導教育関係で政府との話し合いに出ることが多く、あまり家にいないからゆっくり話をすることもないんだけどね。そんな人から褒められたのだ、娘としても嬉しいに決まっている。
そうして風紀の仕事に慣れてきた頃、事件は起こった。
いつものように巡回を、と言いたいところだが、こちらの巡回の時間が決まっていれば悪さをする連中はそれを避けて行動してしまう。だから時間はいつも不定。
「澪ちゃん! あれ!」
構内巡回のとき、体育館裏で小さな人だかり。チラッと見えたバッジから3年の男子と分かった。
「あれ、黒坂先輩だよね、3年の」
黒坂先輩というのは校内で噂の札付きの不良。いつも数人連れ立ってつるんで行動している。そして…学園としては不名誉なことに、彼らは校外では魔導を使って一般の人たちを恐喝、金銭を脅し取っていると聞く。ただなかなかに知恵が回るようで「証拠がない」と、なかなかお縄にできないそうだ。
遠巻きに何をしているのか観察していると、ボッっと炎が発生。それは体育館の壁を黒く焦がした。すぐに消えたものの…
「どうする? 澪ちゃん…」
「私、先生呼んでくる!」
凛ちゃんは校舎へと走っていった。3人で行動しているといっても全員1年生。状況に決定を下すには経験が少なすぎる。でも…
「あれは…マズい…」
見ればわかる。その炎、魔導で発生させているのは間違いないが、いかにも不安定。魔力自体はそれなりに高そうだけど、構文の組み立てが雑で、炎の大きさも対象ベクトルも安定していない。望陵学園は山の中。あんなものが暴走でもして山火事にでもなったら…
「澪ちゃんっ⁈」
気が付いたら先輩たちの方へ向かっていた。
「許可のない場所での魔導の使用は校則で禁じられています! 速やかにこの場所から解散してください!」
「ん? なんだぁ? ケッ、風紀のガキたちかよ。悪ィことた言わねェ、見なかったことにしてさっさと立ち去んな。痛ェ目に遭う前にな!」
黒坂先輩が上から見下ろす…というかガンを飛ばしてくる。明らかに私を舐めた態度で。
「見てしまったからにはそういうわけにはいきませんっ!」
怖い。手が震える。相手が何をしてくるか分からない。大見栄切ってそう言ったものの、声は震えている。
「なにビビって言ってんだよ。風紀のザコが俺に向かって指図するなんざ100万年早いってんだよ!」
「そんな…そんな不安定な魔導を使って火事にでもなったらどうするんですか!」
「不安定…? なんだと? もういっぺん言ってみろやッ!」
私は震える手を固く握りしめ、掌の中で恐怖を握りつぶした。
「聞こえなかったというなら何べんでも言います! あなたの魔導は不安定です! 構文の組み立てが雑です! その程度の構文で魔導を使おうなんてこと考える自体、おかしいです!」
「その程度、だとぉっ!? 言ったなこのガキ、その程度がどの程度か、その体に分からせてやんよッ!」
「澪ちゃんっ⁈」
私に追いついた円香ちゃんが心配そうに見ている…のだろう、何しろ後ろを振り返る余裕が無いから分からない。黒坂先輩は魔導を使うつもりだ。たしか…黒坂先輩はAMI1.9。炎系を得意として、逆にそれ以外は使い物にならなかったはず。火炎弾を生成して対象へ飛ばすのがいつものやり方。ただし形状が不安定でコントロールがなっていない。彼が右手を前に出し、構えた。来る! 私は胸ポケットから携帯魔導ステッキを引き抜く。
「要素は炎! 火炎弾でこの風紀のガキの髪の毛を燃やしてやれ! 【クレイジーファイヤーボール】!」
「土を要素に。降りかかる火の災難に――防ぎの盾を。【防御のスタッカート】!」
黒岩先輩の掌から発した拳大の火の玉が私の横を通り抜け後ろから飛来。でも。
バサァッ バシュ
瞬時に立ち上がった土煙のベールがそれを捕らえ、地面へと叩き付けた。
「なァッ⁈ なるほど、1年ボウズとはいえそれなりに使えるってことか。そんなら遠慮は要らねぇなぁ! 要素は炎!」
「水を要素に。悪意の魔導を生じる手へ――戒めの呪縛を。【縛鎖のスラー】!」
封じればいい。戦わずとも。私は彼の両手に水でできた手袋のようなものを生成し、両掌がお経でも唱えるように合わせくっつけた。
「な、なんだこりゃ⁈ と、取れねェッ⁈」
「発動者である私が認めるまでは、それ、取れませんよ。効果をループさせたんでこの界隈に水分がある限り消滅することはありません。消滅するとしたら…先輩がミイラになってるでしょうね。それで。他の皆様。3-Aの君田先輩、同じく3-Aの若林先輩。3-Cの小宮先輩。どうしますか? おとなしくこちらの指示に従っていただけますか?」
3人ともAMI1.3前後。黒坂先輩の力頼りでイキがってるだけ。
「相手は弱そうな女2人だぜ?」
「ヤっちまうか!」
「魔導で勝てなくったって力でねじ伏せりゃ!」
…呆れた。
「【縛鎖のスラー】!」
「何ィィィっ⁈」
3人とも水手袋でお縄に。
「魔導は磨き上げれば構文名だけで呼び出しが可能なんですよ。それは…とてつもなく膨大な練習量が必要ですけど、ね」
「白鷺! 森本!」
大声で呼ばれて振り向けば…そっか、凛ちゃん、井村先生呼んできちゃったか。こりゃ先輩たち、ただじゃ済まないな…
翌日。学校内は大騒ぎだった。よからぬ噂の中心だった黒坂先輩たちはあれから一人ずつ井村先生に殴られた後、反省の色があるまで無期停学になったという。そしてそのきっかけを作ったのが私たち風紀委員。私が教室へ入るとクラスメイトに囲まれて質問攻め。同時に「澪ちゃん、すごいね!」ってみんなが褒めてくれた。
「ねっ? ウチの目に狂いはないってことよ!」
私を囲む人だかりの輪の中で、紗々羅がとっても誇らしげだった。
◆
風紀の仕事で人前に出ることが多くなって、他人の視線を浴びても平気になった。 …少しだけ。でも紗々羅のおかげでやっと自分の居場所が見つかったような気がした。でも彼女はいつも私のそばにいるわけではなくて、たまに教室にいないこともある。クラスを跨いであっちこっちに話しかけては交流を広げているみたい。話し相手は女の子ばかりじゃなく男の子も。ホントに…スゴいコミュ力。あれだけ方々に顔を出しているならさぞかしモテるだろうに、と思うのだけど。彼氏を作ってはとっかえひっかえ…ということではないようだ。実際、特定の男の子と二人きりで、という場面を見たことがない。
夏休みに入り、1年は恒例の学外活動として1泊2日のキャンプがある。当たり前のように紗々羅とは同じ班になり、その夜。消灯時間を過ぎたからといって誰もが眠りにつくわけでなく、いつまでも思い思いの相手と話している。中にはこっそり部屋を抜け出して男の子の部屋を「襲撃」する行動的な子もいたりして。まぁ、見張りの先生に見つかって部屋に連れ戻されるんだけど。私は…やっぱり紗々羅と話していた。それで、ふと気になって彼女に聞いてみた。
「望陵ってさ、恋愛推奨じゃない? 魔力の向上と称して。でさ、紗々羅って、彼氏はいるの?」
「ん? いないよ?」
「作らないの?」
「そういう澪はどうなのよ」
「私は…そういうのは…」
「アハハ。澪らしいねぇ」
「私はそうだけど、紗々羅は? いろんな人と話とかできてさ、モテるじゃない?」
「モテてるのかな?」
「モテてる…んだと思うよ。でも彼氏っていないんだよね?」
「うん、いない。要らないわけじゃなくて、今は要らない、かな」
「まだ早い、とか?」
「うーん、そうじゃなくてねー。なんていうか、今はいろんな人と会って話して、いろんな人を知りたいな、っていうかねー。いつかはね、誰かと付き合って、結婚、とかってなるじゃない? 世の中いろんな人がいるのにさ、一人に絞るんだよ? なんかそれ、もったいないなーって。だからね、いろんな人と知り合って、その中からこの人!って人と一緒になりたいワケよ、ウチは」
「ほえぇぇぇ… でも、好きだー!って言われたらどうする? それがきっかけで恋に堕ちたりしない?」
「ウチはね、恋に堕ちたりしない。むしろ登るの。理想を求めてどこまでも登る。恋に登るの。恋登り、だね! 滝とか登っちゃうよ! キャハハ!」
「ほえぇぇぇ…」
紗々羅はそういって無邪気に笑っている。けど…私は虚を突かれたというか…そんな風に思ったことはなかった。いつか誰かが好きだって言ってくれるだろう、だからそう言われる「資格」があるように、いつでも身綺麗にしていよう、そんな風にしか考えてなかった。でも紗々羅は違う。聞けば、ギャル風ファッションも、相手が気楽に話しかけられるようにわざわざそうしてるんだとか。同時に、お化粧なんかも今のうちからしっかりやって、いずれ大人になって社会に出たときにも女として堂々としていられるよう、「こなれた感」を出すためだと。はぁぁぁぁ…なんだろう、彼女と私はどこまでも違う。紗々羅はそんな先のことまで考えて今を生きてるんだ。すごいなぁ…紗々羅と話をしているだけで、どこまでも「女」として勉強になることばかりだ。ただ、そんな先のことまで心配する必要が私にあるのかわからないけど…
「ウチは澪、ステキな女の子だと思うけどね」
「え?」
「澪はウチにはないものを、いっぱい持ってるから。だからね、そばにいて勉強させてもらってまーす。なんてね。キャハハ!」
と、やっぱり無邪気に笑う。 …学んでいるのは私の方だというのに。
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