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管理下の意味


B区画を引き返す。

来た道と同じはずなのに、距離の感覚が少し違う。


廊下は静かだった。

人がいないわけじゃない。

足音が、必要な分しか存在しない。


「……なあ」


一哉が、歩きながら言う。


「Cが動いたって、さっきの人だろ?」


ミズキは前を向いたまま答える。


「今は、そこまで考えなくていい。」


否定でも肯定でもない。

会話は、そこで終わった。


A区画のゲートを抜ける。

照明の白さが均一になる。

人の気配が戻る。


腕時計を見る。

時間は、いつも通り進んでいる。


「夜間制限、入ります。」


通路脇に立っていた職員が、淡々と告げた。


「対象番号は、それぞれ自室へ戻ってください。」


夜間。

そう言われて、もう一度時計を見る。


時間は変わっていない。


「もう戻るのか。」


一哉が小さく言う。


職員は端末を見たまま答える。


「現在、夜間制限が適用されています。」


それだけだった。


説明は十分、という扱いだった。


一哉とは途中で別れた。


俺は、自分の部屋の前で足を止める。


扉の横に、職員が立っていた。

通路の奥にも、同じ制服が何人か見える。


「……夜間制限って、何ですか?」


思ったより、声は落ち着いていた。


職員は一度だけ俺を見て、端末に視線を落とす。


「施設内の行動を制限する運用です。」


「区画制限が出たのは分かります。」


俺は続けた。


「でも、なんで夜間制限まで出るんですか?」


一拍、間があった。


「問題が起きる可能性を、減らすためです。」


「何の問題ですか?」


職員は、わずかに言葉を詰めた。


「……運用上の判断なので。」


それで終わりだった。


理由はある。

でも、説明はしない。


「白石さんは、管理下にあります。」


その言葉だけが、はっきり残る。


「現在は、この部屋が待機場所です。」


扉を示される。


選択肢は、最初から用意されていなかった。


俺は部屋に入る。

扉が閉まる。


鍵の音は、しない。


なのに――

外との境界が、確かに引かれた気がした。


ベッドに腰を下ろす。

白い壁。

整えられた備品。


逃げようと思えばこの施設から逃げられる。

この足なら、たぶん。


でも、どこへ行く?


今の俺に許されている「戻る場所」は、ここだけだ。


そのとき、ふと思い出す。


ミズキの言葉。


――この部屋に限り、君は管理下にある。


あのときは、「逃げるな」という意味だと思っていた。


でも、今は違う。


管理されているのは、身体じゃない。


俺が管理されているのは、

戻る場所と、行動の範囲と、選べるふりをした選択肢だ。


どこへ行けるか。

いつ動いていいか。

何を知っていいか。


それが、全部決められている。


だから、逃げない。


逃げた瞬間に、

制度上の“逸脱”になる。


逸脱になったら次の区画に送られる。


B。

C。

そして、その先。


俺は、ゆっくり息を吐いた。


ここは、安全な場所だ。

そう説明される場所だ。


でもそれは、

説明の内側にいる限り、という条件付きの安全だ。


扉の向こうは静かだった。


鍵の音はしない。


だからこそ、

逃げない理由が揃っていた。

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