区画の名前
白い廊下を進みながら、ミズキが言った。
「……まだこの施設には他にも場所があるから案内する。」
歩く速度は変わらない。
俺と一哉は、その後ろをついていく。
「どんだけ広いんだよ、ここ。」
一哉の声だけが、やけに大きく響いた。
それからもミズキは一定の速度で歩き続けた。
曲がり角をいくつも抜け、白い廊下が、何本も続く。
途中から、人の気配が薄くなった。
すれ違う職員の数も目に見えて減っていく。
どれくらい歩いたのか感覚が曖昧になる。
ただ、短い距離じゃないことだけは分かった。
ミズキが足を止めた。
俺と一哉も自然に立ち止まる。
目の前には、白くて頑丈そうな扉があった。
扉の前に職員が一人立っている。
道を塞ぐでもなく、こちらを睨むでもない。
ただ、そこに立っている。
ミズキは何も言わず、胸元からカードを取り出した。
専用のパスらしい。
職員に向けて無言でかざす。
カードの表面に、短く光が走った。
職員は端末を一度だけ確認し、小さく頷く。
それだけで扉のロックが外れる音がした。
扉の横の表示が、一瞬だけ切り替わる。
《Bゲート》
「どうぞ」
職員の声は、それだけだった。
ミズキは振り返らず、そのまま中へ進む。
俺と一哉は、一拍だけ遅れて、後に続いた。
扉をくぐった瞬間、空気が、わずかに変わった。
重くなったわけじゃない。
むしろ、少しだけざわついている。
ミズキは、歩きながら言った。
「ここはB区画。
この施設は、A、B、C、Dの
四つに分かれてる。」
「君たちが暮らしている区画は一番上のA。
区画が低くなっていくにつれて、
管理は粗くなって、
処理率が高くなる。」
一哉が、少しだけ眉を上げた。
「……管理が粗くなるって、
そんなに違うのか?」
質問というより、確認だった。
俺は、言葉の後半だけが残っていた。
処理率が、高くなる。
つまり――
消える確率が、上がる。
「……待って」
歩きながら俺は言った。
「Aが一番上なんだよな?」
「でもさ。
Aの区画で――
処理された少年いたけど。」
「Aの人って処理されないわけじゃないのか?」
ミズキは足を止めなかった。
少しだけ、間があった。
「……原則は、そう。」
「Aの人は基本的には処理されない。」
「あと、処理そのものはA区画ですべて行われる。」
「……これ以上は、説明しない。」
ミズキは前を見たまま言った。
そのあと、大した会話はなかった。
B区画の通路を進む。
同じ白い壁と、同じ照明。
人の数だけが、さっきより減っていく。
やがて、また空気が変わった。
前方に、白くて頑丈そうな扉が見える。
そのときだった。
人の流れとは逆方向に、一人の男が連れてこられた。
うつむいたまま。職員に挟まれるようにして。
男は、立ち止まらない。
振り返りもしない。
ゲートの前で、職員の一人が端末をかざす。
短い電子音。
扉が、わずかに開いた。
扉の横には、《Cゲート》と表示される。
中は見えない。
ただ、向こう側の光がここより暗いと分かった。
男は、そのまま中へ進む。
背中が扉の向こうに消える。
扉はすぐに閉まった。
音は、軽かった。
業務が一つ終わった。
それだけの動きだった。
ミズキは、そちらを見なかった。
Bの流れから、外された。
そう見えた。
ミズキが歩みを止めた。
「……今日は、ここまで。」
「今、 Cが動いたから。」
それ以上の説明はなかった。
降格が発生した区画は、一時的に通行が制限される。
見学は中止。
予定は、取り消し。
ただそれだけの理由だった。




