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説明される居場所


ノックは一度だけだった。


「起きてる?」


扉の向こうから、ミズキの声がする。


「……起きてる。」


「行くよ。今日は説明がある。」


説明。


その言葉だけが、やけに軽く聞こえた。


ドアを開けると、ミズキは廊下に立っていた。


中には入らない。


一定の距離を保ったまま、こちらを見る。


「施設の説明?」


俺が聞くと、ミズキは少しだけ間を置いた。


「施設のことと、君のこと。」


それ以上は、言わなかった。


それ以上聞けば、越えてはいけない線がある気がした。


歩き出す。


白い廊下は相変わらず静かだった。


人の気配はあるのに、生活音がない。


誰も急がない。


誰も迷わない。


最初から決められた流れに、自然に乗っているだけだ。


角を曲がると、壁に背を預けた人影があった。


視線が、こちらに向く。


「よっ。悠馬」


「……お、一哉」


落ち着いた声だった。


不安は残っているはずなのに、それを表に出さない顔をしている。


「ここさ、思ってたより普通だった。」


それだけ言って、軽く肩をすくめる。


その言い方で分かった。


一哉はもう、この場所を受け止めようとしている。


俺がまだ、どこに立っているのか測りかねている間に。


ミズキは二人の少し後ろを歩く。


案内役というより、同行者に近い距離だった。


一哉も一緒にガラス張りの部屋に通される。


机が並び、端末が置かれ、壁には簡素なモニター。


会議室のような空間だった。


昨日の年配の男が、端末から目を上げる。


「白石悠馬くん」


名前を呼ばれる。


「では、確認しよう。」


男は淡々と続けた。


「君は、暫定的に保護対象。

 ここまではいいね?」


「はい。」


「うん。では説明に移ろうか。

まず、この施設は能力者を隔離する場所ではない。」


「能力による事故や誤解を防ぎ、

社会と本人の両方を守るための中間施設だ。」


守る、か。


「能力は先天性で、一人につき一つ。

努力や訓練で変わることはないんだ。」


「だからこそ、

環境によって事故を防ぐ必要がある。」


正論だった。


間違っていない。


だからこそ、反論もできない。


「君の能力は超人的な足の速さだ。

だが、ここでの判断基準は能力の強さではない。」


男は画面を切り替える。


「逸脱値。安定性。同調性。」


どれだけ外れているか。


どれだけ制度に馴染めるか。


そこだけが、評価されるのか。


「次に、運用の話に移ろう。」


運用。


人を扱う言葉として、あまりにも自然に使われる。


「能力者が自由に外へ出て活動することは、原則ない。」


「外部協力が発生するのは、

ごく限られた条件下のみだ。」


社会適応性。


影響範囲。


制度上の価値。


説明は続くが、どれも“外に出さない理由”を整える言葉だった。


「白石くん」


男が、こちらを見る。


「君は当面、施設内の業務に従事してもらう。」


「能力の使用を伴わない作業だ。」


「記録補助、物品搬送、生活補助。

安全性の高いものから始める。」


働く。


ここで暮らすだけじゃない。


役割を与えられる。


「佐藤一哉くん」


男は続ける。


「君は能力を持っていない。」


一哉は、静かに頷いた。


「しかし、適性が非常に高い。」


能力の有無より、制度への馴染み方。


その基準が、はっきり示された。


説明が一段落したところで、俺は息を吸った。


今、聞かなければならない。


「……確認したいんですけど」


男の視線が、こちらに向く。


「処理される人って、

危ないから、じゃないですよね?」


一瞬、室内の空気が止まる。


ミズキの指先が、わずかに動きを止めた。


男は、否定しなかった。


「危険性は、判断材料の一つ。」


「だが、

処理の理由はそれだけではない。」


それ以上は言わない。


「詳細は、

君が知る必要が生じた段階で説明する。」


「今話すと、

君の判断に影響するからね。」


判断。


選べるような言い方だった。


でも、もう仕事は割り振られている。


「言い忘れていたが、

 君たちの部屋は、昨日それぞれに伝えられている場所だ。

 しばらくは、その部屋で暮らしてもらう。」


そう言われた後、俺たちはガラス張りの部屋から出る。


一哉が言う。


「説明、分かりやすかったな。」


俺は答えなかった。


昨日、少年が消えていった場所の近くを通る。


今日は、何もない。


表示も、人も、音も。


危ないから処理されるわけじゃない。


それだけは、はっきりした。


じゃあ――


何を基準に、人は消されるんだ?


俺の居場所は、説明された。


役割も、与えられた。


だから余計に、分かった。


ここは、安全な場所だ。


そう説明される場所だ。


そして、説明の外にあるものだけが本当に怖い。


説明を聞いたのに、不安だけが増えていた。

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