更新される居場所
部屋に入ってから数時間経った。
部屋の中を一通り確認したが、生活に困ることはなさそうだった。
必要なものは揃っている。
最初から、そう決められていたみたいに。
――今日はここ。
そう言われただけなのに、
「しばらく」という時間が、もう含まれている気がした。
頭の中に、通路脇の表示が浮かぶ。
《対象番号:処理済》
意味は、分からない。
ただ、あの表示が出たあとに同じように戻ってきた人間はいるのか。
そう疑問に思った。
ノックの音。
「入るよ。」
ミズキだった。
ドアを少しだけ開け、中を確認してから入ってくる。
「部屋、問題ない?」
「……ない」
「今日は、本当に何もしない。」
念押しするみたいな言い方だった。
「施設の中なら自由に動いていい。
分からないことがあっても、今日は説明しない。」
説明しない、という言葉が、
妙に引っかかった。
「とにかく、この環境に慣れて。」
それだけ言って、
ミズキは廊下に出る。
ついてくるかどうか、確かめもしなかった。
食堂は、静かだった。
並んでいる人間は多いのに、話し声がほとんどない。
年齢も、服装も、ばらばら。
誰も、名前で呼ばれていなかった。
番号。
それだけが、必要な識別だった。
「……能力がない人間は、管理下にいないよな?」
気づいたら、口に出ていた。
ミズキは歩きながら答える。
「原則は。」
その一言が、なぜか胸に残った。
通路を進んでいると、ある場所に差しかかった。
さっき少年が消えていった場所に近い一つの部屋。
今は、職員が数人いて、淡々と作業をしている。
私物を透明な袋に入れる手。
チェックリストに印をつける音。
袋の中には、制服。教科書。ノート。
ここは少年の部屋だったのか?
ただ――
途中で止まっている。
ノートは、ページの半分ほどで終わっているように見えた。
書きかけの式。
消されていない文字。
続きが、あるはずだった。
職員の一人が言う。
「今日中に入るってよ。」
「じゃあ、この部屋でいいな。」
“入る”。
誰が、とは言わなかった。
ミズキは、その部屋を見なかった。
視線をわずかに逸らしたまま、何も言わない。
「……昨日の子、死んだのか?」
ミズキは、立ち止まらない。
「今日は、そこまで説明しない。」
否定は、されなかった。
午後は、本当に何も起きなかった。
呼び出しも、測定も、指示もない。
時間だけが過ぎていく。
――慣れさせられている。
そう思った。
夕方、
共用スペースでぼんやり座っていると、
視界の端に、見覚えのある背中が入った。
一瞬、別人かと思った。
服装が違う。表情も、落ち着いている。
でも――
「……悠馬?」
声で、確信した。
「……一哉?」
親友だった。
「え、ほんとにここなんだな。」
驚いているような顔。
「軽く説明された。
能力者の施設なんだろ、ここ。」
言葉が、出なかった。
横で、ミズキが小さく息を吸う。
「……なんで」
ほとんど、独り言だった。
俺は唖然としたまま、遅れて聞いた。
「お前……なんでここにいるんだ?」
「呼ばれた。」
一哉は、あっさり言った。
「ちょっと話を聞いてほしいって。
リスク管理とか、そういう説明」
「……能力、あるのか?」
沈黙。
「ないけど。」
間が、落ちた。
職員が、自然に口を挟む。
「適性が非常に高い。
それだけです。」
“それだけ”。
何でもないことみたいに。
一哉は、別の職員に案内されていく。
案内されていた部屋は、
さっき職員達が片付けていたあの場所だった。
夜。
仮の部屋に戻る。
照明が落ち、白い天井が、少しだけ灰色に見えた。
今日は、本当に何もされなかった。
でも、この場所のことは、余計わからなくなった。




