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守られる側の条件


車の中は、思ったより静かだった。


エンジン音も振動も、ほとんど感じない。


窓はある。外も見える。


なのに、どこを走っているのか分からなかった。


「……拘束じゃないから。」


向かいの席で、彼女が言う。


「今日は、形式上は登録と確認だけ。

終わったら、ちゃんと説明する。」


「説明って?」


「君の能力と、今後の選択肢。」


選択肢。


その言葉を、俺は心の中でなぞった。


「……選択肢って言ったよね。」


俺は、彼女を見る。


「でもさ。俺がどう扱われるかは、

もう決まってるように思える。」


彼女は、すぐには答えなかった。


窓の外に視線を向けたまま、


少しだけ間を置く。


「……そう感じるなら。」


それ以上は、言わなかった。


車は、静かに進み続ける。


しばらくして、彼女が思い出したように口を開く。


「言ってなかったけど」


一拍置いてから。


「私のこと、ミズキって呼んで。」


「ミズキ?」


「うん」


「名前?」


少しだけ、間があった。


「コードネーム」


淡々とした声だった。


「組織の中で使う呼び方。

本名は、今は使わない。」


今は、という言い方が引っかかる。


「じゃあ……本当の名前は?」


ミズキは、すぐには答えなかった。


「必要になったら。」


それだけ言って、前を向く。


「ここでは、名前より役割のほうが先に来るから。」


説明というより、もう慣れてしまった人間の言い方だった。


「ミズキでいい。

それが一番、話が早い。」


「……分かった。」


俺がそう言うと、


ミズキは小さく頷いた。


「ありがとう」


その一言が、


呼び方を受け入れたことへの礼なのか、


それ以上聞かなかったことへの礼なのか、


俺には分からなかった。



車を降りた場所は、地下だった。


エレベーターを降り、


長い通路を進む。


白い壁。


角の丸い床。


病院みたいで、でも病院じゃない。


受付の女性は、柔らかく笑った。


「お疲れさまです。

こちら、未登録能力者の暫定管理手続きになります。」


差し出されたタブレット。


画面の上部に、太字で表示されている。


《未登録能力者 暫定管理台帳》


「名前は……」


言いかけて、止まる。


入力欄に、名前の項目はなかった。


代わりにあるのは、


対象番号:JPN-███-██


「名前、書かなくていいんですか?」


俺が聞くと、


女性は少しも困らずに答えた。


「本名は後で結構です。

まずは管理上の識別が必要なので。」


管理。


識別。


横を見ると、ミズキは黙って立っていた。


何も言わない。目も合わせない。


俺は、言われるままサインした。


次は通信機器の預かりだった。


スマホ。


財布に入れていたICカード。


「情報漏えい防止のためです。」


「ご家族や学校への説明は、こちらで行います。」


全部、正しいことを言っているように聞こえる。


「……連絡は?」


「原則、不可です。」


原則、という言葉だけが残った。


白い部屋で、健康チェックが始まった。


心拍。


血圧。


反射。


そこまでは、普通だった。


「次は、神経伝達の測定を行います。」


「……それ、普通やります?」


「能力者の場合は。」


装置が足に固定される。


数字が、画面を流れていく。


「逸脱値、高いですね。」


「逸脱?」


「平均から、どれくらい外れているかです。」


速い、じゃない。


優れている、でもない。


外れている。


ミズキが言った。


「でも、制御できてる。

自分で止まれるのは、珍しいよ。」


褒められているはずなのに、


胸の奥が冷えた。


施設の案内を受けた。


個室が並ぶ廊下。


扉は軽い。鍵もない。


でも、逃げ道もない。


部屋番号が、途中で飛んでいる。


「……この部屋は?」


俺が聞くと、


案内役の職員は軽く答えた。


「現在、使用していません。」


それだけだった。


扉の横には、外された名札の跡。


棚の端に、私物らしい箱。


廃棄済み、のシール。


説明はなかった。



夜。


個室のベッドに横になっても、眠れなかった。


天井が白すぎる。


ノックの音。


ミズキだった。


「……眠れない?」


「当たり前」


短い沈黙。


俺が言う。


「一昨日さ」


ミズキが顔を上げる。


「俺が、守られる側か、処理される側かって言っただろ?」


一瞬、彼女の指が止まる。


「……言ったね。」


「俺、あれ助けてもらえるかどうかの話だと思ってた。」


ミズキは否定しない。


「でも、ここに来て分かった。」


俺は天井を見たまま続ける。


「守られる側って、

助けてもらうわけじゃないんだな。」


沈黙。


「この場所で、

どの役割になるかってことだろ。」


ミズキは、少し間を置いて言った。


「……この場所での君の配置かな。」


番号。


測定。


空いた部屋。


「じゃあさ」


俺は、彼女を見る。


「処理される側ってさ」


言葉を選ぶ。


「危ないとか、危なくないとかじゃなくて」


「処理することが、

一番いいって判断された側ってことだよな。」


ミズキは答えなかった。


それで、十分だった。


「……分かった」


俺は、静かに息を吐く。


「俺、まだどっちにもなってない」


「守られてもいないし、処理されたわけでもない。」


「ただ、ここにいるだけだ。」


ミズキは、視線を逸らしたまま言った。


「……今日は休んで」


「明日から、説明が始まる。」


「説明って」


俺は、少しだけ笑った。


「俺がどうなるか、じゃなくて」


「……俺を、

 どこで使うかって話なんだろ?」


ミズキは否定しなかった。


ドアが閉まる。


鍵の音はしない。


それが、いちばん息苦しかった。


守られる側か、処理される側か。


その問いは、救うか捨てるかの話じゃなかった。


ただ、どこで使うのが一番良いかを決めるための言葉だった。

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