制度の隙間
ミズキは、報告書を一つ上げた。
特別な形式ではない。
いつもと同じ、業務用の文面だ。
制御能力者の長期保留運用について
処理率低下と、安定性維持に相関あり
主語はない。
感情もない。
ただ、結果だけが並んでいる。
A区画で保留されている能力者たちは、
事故を起こしていない。
能力の暴発もない。
再評価の必要性も、上がっていない。
「使わない」という選択が、
制度上のリスクを下げている。
それだけの事実。
ミズキは、もう一つ、短い追記を入れた。
未登録能力者
単独
能力使用なし
生活圏、変化なし
接触行動、なし
逃走行動は、見られない。
隠蔽行動も、見られない。
判断を避けるための移動も、
能力を疑われる距離を越えていない。
ただ、
判断されない位置に留まり続けている。
それが、異常だった。
会議室。
モニターの前で、キキョウがその報告を読む。
「……偶然ではないな。」
誰に向けた言葉でもない。
「制御できる能力者は、
壊れない。」
「だが、
使い切れもしない。」
指先が、画面を止める。
「処理しない理由が、
“温情”ではなく“安定”になっている。」
「これは――」
少し間を置く。
「制度の隙間だ。」
反論は出なかった。
数字が、否定していない。
「埋めるか?」
誰かが、そう聞いた。
キキョウは首を振る。
「まだだ。」
「隙間は、
使える場合がある。」
その一言で、方向が決まる。
試験運用
制御能力者に限り
長期非配置・非処理状態を認可
名前はつけない。
特別扱いもしない。
ただ、
判断を急がない選択肢を残す。
ミズキは、壁際でそれを聞いていた。
何も言わない。
言う必要がない。
これは、感情の判断じゃない。
制度が、自分の形を少しだけ曲げた結果だ。
会議が終わる。
廊下に出ると、
A区画の白い照明が、変わらず光っている。
何も壊れていない。
何も救われてもいない。
それでも――
「判断されないまま、
残ることが許された。」
その事実だけが、
静かに、更新されていた。




