止める練習
翌日。
倉庫の作業は、相変わらず淡々と進んでいた。
棚。
通路。
番号。
変わらない配置。
変わらない動線。
悠馬は、その中で一つだけ意識していることがあった。
――止める。
能力を使わない、ではない。
動こうとする自分を、止める。
棚の列を抜けようとしたとき、
曲がり角から台車が出てきた。
押しているのは職員だ。
前を見ていない。
――来る。
胸の奥が、わずかにざわつく。
危機察知。
反射。
体が、勝手に答えを出そうとする。
距離を取れ。
一気に下がれ。
いつもの速さで。
――動くな。
悠馬は、ただ半歩だけ下がった。
台車は、肩に触れそうな距離を通り過ぎる。
接触はない。
職員は一瞬だけこちらを見たが、
何も言わずにそのまま行った。
謝罪も、確認もない。
それが、妙に引っかかった。
――今のは、偶然か。
――それとも、見られていたのか。
どちらでも、結果は同じだ。
能力は使っていない。
判断も、動いていない。
作業は続く。
誰も、気にしていない。
少なくとも、表向きは。
昼前。
休憩に入る直前、
年配の職員が悠馬の前に立った。
「白石君。」
「はい。」
「少し、話せるかな。」
拒否できる言い方ではなかった。
ガラス張りの小さな部屋。
椅子は二つ。
男は腰を下ろし、悠馬を見る。
「君に与えている作業と生活は、テストと言ったな。」
「能力をどれだけ使わずにいられるか。」
「規則に、どう適応するか。」
「衝動を、どこまで抑えられるか。」
悠馬は黙って聞く。
「結論は、変わらない。」
男は淡々と続けた。
「君はまだ、保留。」
「保留を続ける意味がある。」
「……意味、ですか。」
悠馬は聞いた。
男は少しだけ視線を動かす。
「君を残すことが、制度にとって不利益ではない。」
不利益。
人を測る言葉だ。
「ただし。」
男は続ける。
「同じように保留されていた能力者が、
今日も処理の手順に入った。」
胸の奥が、静かに冷える。
「理由は?」
「危険だからではない。」
「暴れたからでもない。」
「置いておくより、
処理したほうが合理的だと判断された。」
合理的。
「……俺も、そうなる?」
男は、首を振った。
「君は違う。」
「A区画の人間が処理されることは、基本的にない。」
「例外はあるが、君は今、その位置にいない。」
「保留の次が、必ず処理になるわけではない。」
悠馬は、息を吐いた。
「処理は、悪ではない。」
男は言う。
「制度を維持するための、最適化だ。」
「ただし――」
一拍置く。
「最適化には、副作用がある。」
「処理が増えすぎると、
現場が荒れる。」
「判断が雑になる。」
「事故率が上がる。」
悠馬は、その言葉を噛みしめる。
「だから、君は止められている。」
「動かないことが、
今は最適だ。」
面談は、それで終わった。
倉庫に戻る。
同じ棚。
同じ番号。
でも、少しだけ見え方が変わっていた。
――止めることは、逃げじゃない。
――今は、それが役割だ。
悠馬は、ゆっくりと作業を再開する。
速く動ける力を持ちながら、
一番やっていることは、止まること。
制度は壊れない。
世界も救われない。
それでも、
同じ形では、続かない。
悠馬は、その変化の中に立っていた。




