もう一度、確かめる理由
朝。今日も仕事。
倉庫。
棚。
番号。
体は動かしているのに、
頭の中だけが別の場所にある。
――俺は、動けない。
外に出られないわけじゃない。
正確には、出られない理由が多すぎる。
勝手に行動すれば、
それだけで「判断」が始まる。
ここでは、
結果よりも、動いた理由を見られる。
だから、
軽い一歩ほど危ない。
作業の合間、
ふと、以前会った未登録者の顔が浮かんだ。
施設の外。
近くて、遠い場所。
あのとき俺は、
「逃げている人」だと思っていた。
外は自由じゃない。
能力は使えない。
普通の生活はできない。
それを知って、
それで終わった。
――でも、今なら分かる。
あの人は、
逃げていたんじゃない。
判断されていなかった。
処理も、配置も、
どこにも入らないまま、
ただ生きていた。
それは、
偶然なのか。
それとも、条件なのか。
そこが分からなければ、
何も始まらない。
昼休み。
共用スペースの端で、ミズキを見つけた。
人が少なくなるのを待ってから、声をかける。
「……ミズキ。」
彼女が振り返る。
「どうしたの。」
声は低かった。
「外に逃げた未登録者のことなんだけどさ。」
ミズキの視線が、一瞬だけ鋭くなる。
「前に会った人?」
「うん。
あのときは俺、何も分かってなかった。」
ミズキは、何も言わない。
「でも今は、違う。」
「外が自由じゃないことは、もう知ってる。」
「知りたいのは、そこじゃない。」
少し、言葉を選ぶ。
「……彼への判断が、
保留だった理由。」
ミズキの表情が、わずかに変わった。
「……会いに行きたい、って言うなら。」
「俺は行かない。」
即答だった。
「行ったら、
それ自体が判断材料になるだろ。」
「だから、
俺は動かない。」
ミズキは、黙って聞いている。
「未登録者が、
なぜ保留されてたのか。」
「それが偶然か、条件か。」
「知る価値はあると思う。」
「俺のためじゃない。」
一拍置いて、続ける。
「俺みたいなのが、
たまたま残ってるだけじゃ、
何も変わらない。」
ミズキは、視線を落としたまま考えていた。
しばらくして、静かに言う。
「外周確認は、
私の正式な業務に含まれてる。」
それだけで、十分だった。
「私は、
“状況を見る”だけ。」
「接触は最小限。」
「報告も、事実だけ。」
「それ以上は、しない。」
それは、
協力の返事だった。
「全部、
業務として通す。」
悠馬は、頷いた。
「俺は、
ここから動かない。」
「聞くだけでいい。」
ミズキは、短く息を吐いた。
「……前より、
ずっと厄介な考え方するようになったね。」
責める声じゃなかった。
「前は、
逃げたいかどうかの話だった。」
「今は、
判断をどう止めるかの話だ。」
その日の作業が終わる。
部屋に戻る。
鍵の音は、しない。
ベッドに腰を下ろし、天井を見る。
何もしていない。
どこにも行っていない。
それでも、
確かに一歩、進んでいた。
前は、
未登録者を「逃げた人」だと思っていた。
今は違う。
判断されずに残っている人だ。
それを確かめることが、
ここから先に進むための、最初の条件だった。




