例外のままでは
今日も、倉庫だった。
棚の前に立ち、
番号を確認し、
指示された箱を運ぶ。
能力は使わない。
使わないというより、使えない。
使えば評価が動く。
評価が動けば、判断が始まる。
ここでは、それが一番早い終わり方だった。
作業は単純なのに、
時間だけがやけに長い。
――いつまで、これを続ける。
答えは分かっている。
「保留」の間だ。
期限はない。
終わりも、区切りもない。
配置されないまま、
判断されないまま、
ただ置かれている。
棚の奥に、掃除されていない埃が溜まっているのが見えた。
誰も気にしない場所。
危険じゃない。
問題も起きない。
だから、後回しにされる。
俺と同じだ、と思った。
通路に戻る。
白い床。白い壁。一定の照明。
変わらない景色。
処理されなければ、楽しく生きられるわけじゃない。
それは、もう知っている。
未登録者と会って、嫌というほど見た。
生きてはいる。
消されてもいない。
それでも――
能力は使えず、
仕事は続かず、
人と深く関われない。
逃げれば自由、なんてことはない。
むしろ、遠くへ行くほど“見られる”。
監視じゃない。
異常として、浮かび上がる。
履歴の切れた行動。
説明できない選択。
それを拾うのが、組織だ。
だから未登録者は、
遠くへ行かない。
施設の近くで、
何も起こさず、
何も始めずに生きている。
存在しているのに、
存在しないのと同じ場所で。
――じゃあ、どうすればいい。
ここに居続けても、
外に出ても、
どちらも行き止まりだ。
休憩時間、
共用スペースの隅に腰を下ろす。
人はいる。
声もある。
それなのに、
自分の居場所だけが、どこにもない。
配置されていない。
必要ともされていない。
ただ、判断を待たれている。
処理は結果だ。
判断の、最後だ。
なら――
その前に、何かできないのか。
派手に動くことじゃない。
能力を誇示することでもない。
評価が始まらない形で、
状況だけを変える。
一度、思考が止まる。
それはもう、
今の俺の立場そのものだ。
説明できない形で、
判断が始まらない存在。
――でも。
それが俺一人だけなら、意味がない。
たまたま成立している例外だ。
再現できない。
続かない。
俺がいなくなれば、終わる。
考えたいのは、そこじゃない。
同じ場所に、
俺以外の誰かも立てるやり方。
未登録者みたいな人間が、
逃げずに、隠れずに、
判断に怯えずにいられる位置。
安心して、
明日を考えられる状態。
それを、
制度の内側で成立させる方法。
その日の作業が終わる頃には、
頭の奥が、少し熱を持っていた。
部屋に戻る途中、
廊下でミズキとすれ違う。
一度は通り過ぎようとして、
足が止まった。
「……ミズキ。」
彼女が振り返る。
「どうしたの。」
声は、いつも通りだった。
俺は、少し迷ってから言った。
「俺さ、
ここでこのまま生きたいわけじゃない。」
感情をぶつける言い方はしなかった。
事実を並べるみたいに。
「でも、逃げても自由じゃないのは、もう知ってる。」
「処理されなきゃいい、って話でもない。」
「生きてても、
何も始まらない場所がある。」
ミズキは、黙って聞いている。
「今の俺みたいな立場が、
たまたま一人いるだけじゃ、意味がない。」
言葉を切る。
「同じ位置に、
誰かを置ける形を作りたい。」
「安心して、
普通に暮らせる場所を。」
廊下の照明が、静かに光っている。
ミズキは、すぐには答えなかった。
視線を落とし、
ゆっくり息を吸う。
「……正規のやり方じゃない。」
小さな声だった。
「でも、違反でもない。」
俺は顔を上げる。
「やるなら、相当ギリギリ。」
「失敗したら?」
そう聞くと、
ミズキは、ほんのわずかに口角を上げた。
「その時は、
私は現場にいられなくなるかも。
君は処分かな。」
冗談でも、脅しでもない。
それでも、
彼女は視線を逸らさなかった。
「考えるだけなら、止めない。」
「考えるだけなら?」
「動くかどうかは、別。」
そう言って、ミズキは一歩下がる。
「今日は、ここまで。」
それだけ言って、歩き出した。
俺は、その背中を見送りながら思う。
まだ、何も変わっていない。
でも――
例外のまま、
置かれ続ける時間は終わった。
ここから先は、
考えるだけじゃ、足りない。




