判断する者
その日の夜。
会議室では、別の判断が進められていた。
白い廊下から隔てられた場所。
A区画の生活音が届かない距離に、この部屋はある。
ミズキは、会議室の壁際に立っていた。
この部屋が、好きじゃない。
広さも、明るさも、ちょうどいい。
感情が入り込まないように、すべてが計算されている。
発言権はない。
呼ばれたときだけ、答える。
それが、この場所での役割だった。
中央のモニターが切り替わる。
A区画の一覧。
名前はなく、番号と簡潔な評価指標だけが並んでいる。
「白石悠馬。」
低い声が、室内に響いた。
キキョウだ。
画面が切り替わり、悠馬のデータが表示される。
能力:瞬間移動に近い高速移動
付随反応:危機察知(無意識)
安定性:高
逸脱率:高
使用頻度:極めて低
「珍しいね。」
評価でも、皮肉でもない。
ただの事実確認だった。
「能力があるのに、使わない。」
指先が、画面の端をなぞる。
「使わない理由は?」
質問は、特定の誰かに向けられていない。
職員の一人が答える。
「本人に自覚があります。
能力を使えば、評価が動くと理解しています。」
キキョウは、短く頷いた。
「なるほど。」
否定も、感心も含まれない。
「処理の必要性は?」
別の職員が即答する。
「現時点では、低いです。」
「理由は?」
「判断が、終わっていないためです。」
キキョウは、静かに言った。
「そうか。」
それ以上、説明を求める様子はなかった。
「彼は当分保留でいい。」
その一言で、空気が整理される。
「保留というのは、
危険だからでも、
価値がないからでもない。」
キキョウは続ける。
「使える可能性がある。
だが、今は使えない。」
「この段階で処理するのは、
制度として雑だ。」
“雑”。
この部屋で、最も強い否定の言葉だった。
「白石悠馬を処理するなら、
彼の能力を回収する価値が、
もっと明確でなければならない。」
数字が、静かに更新されていく。
「能力者としては優秀。」
「だが、
運用対象としては未完成。」
「だから、残す。」
残す、という言葉に、
感情は一切含まれていない。
「一方で――」
画面が切り替わる。
今日、処理の手順に入った能力者のデータ。
使用頻度:低
安定性:中
配置候補:なし
「こちらは、判断が終わっていた。」
「保留を続ける意味がない。」
「配置も、再評価も成立しない。」
「だから、手順に移した。」
説明は、それだけだった。
誰も反論しない。
合理的すぎるからだ。
ミズキは、ほんの一瞬だけ視線を落とす。
キキョウは、それを見ていない。
あるいは、見ていて無視している。
「制度は、人を救うためにある。」
キキョウは言う。
「だが、
全員を救うためには、
個人を残し続けることはできない。」
「これは、排除じゃない。」
「最適化だ。」
声は終始、静かだった。
「白石悠馬については、
引き続きA区画で観察。」
「能力使用は制限。
生活は現状維持。」
「判断は、急がない。」
それが、結論だった。
会議は、そこで終わる。
モニターが暗くなり、
人々はそれぞれの持ち場へ戻っていく。
ミズキは、最後に会議室を出た。
廊下に出ると、
A区画の白い照明が見える。
均一で、
何も語らない光。
――処理されない理由は、優しさじゃない。
――まだ、判断が終わっていないだけだ。
ミズキは歩き出す。
判断は続く。
それが、この施設のやり方だった。




