未登録者②(接触)
今日も、作業がなかった。
部屋でぼんやりしていると、
控えめなノック音がした。
「……入るね。」
ミズキの声だった。
ミズキは扉を開け、こちらを見ていた。
「少し、外に出る。」
命令じゃない。
理由も言わない。
エレベーターを使い、
地上へ出る。
施設の敷地を抜け、
歩いて数分。
倉庫と古い建物が並ぶ、
人通りの少ない通りだった。
「ここ、仕事じゃないよな。」
「うん。」
ミズキは、あっさり肯定した。
「記録にも残らない。」
しばらくすると、
建物の影に一人の男がいた。
三十代くらい。
作業着姿。
逃げる様子はない。
驚きもない。
ただ、
こちらを見て、ため息をついた。
「……また来たのか。」
ミズキが言う。
「今日は、何も言わない。」
男は、それを聞いても安心しない。
「どうせ、見に来ただけだろ。」
その口調には、
慣れがあった。
「外に出た能力者って、もしかしてあなたですか。」
俺が聞くと、
男は一瞬だけ目を細めた。
「逃げた、って言い方は好きじゃない。」
「じゃあ?」
「出ただけだ。」
施設から。
制度から。
「施設が嫌だったんですか。」
「嫌だった。」
即答だった。
「でも――」
男は、言葉を探す。
「外に、行く場所はなかった。」
「家族は?」
「いる。」
短く答える。
「会いたいが、そうはいかない。」
理由は、言わない。
でも、分かる。
「能力は?」
「ある。」
「使えないんですか?」
男は、首を横に振った。
「使える。」
「でも、使ったら終わる。」
「処理、ですか。」
男は、否定しなかった。
「外に出ても、監視自体は切れない。」
「一度でも使えば、
“また判断される”。」
その言い方が、
一番リアルだった。
「じゃあ、なんでここに?」
俺は、周囲を見る。
施設の外。
でも、遠くない。
男は、少しだけ笑った。
「ここが一番、静かだから。」
「遠くに行けば、
また見られる。」
「ここにいれば、
何も起こらない。」
ミズキが、静かに補足する。
「彼は、一度評価された。」
「結果は、
“能力を使わないなら放置”。」
「守られない。
でも、処理もしない。」
男は肩をすくめる。
「だから、ここにいる。」
「施設の中には戻りたくない。」
「でも、外に夢もない。」
「だから、
一番マシなこの場所にいる。」
それは、
逃亡でも、自由でもなかった。
ただの、拒否だ。
「生きてる意味、ありますか。」
思わず聞いていた。
男は、少し考えてから答える。
「あるかどうかは知らない。」
「ただ――」
「ここにいれば、
まだ“何か”が起きるかもしれない。」
それが、希望なのか、
未練なのかは分からなかった。
帰り道、
施設が見える距離で立ち止まる。
ミズキは言わない。
俺も聞かない。
中にいれば、
管理される。
外に出れば、
評価から落ちる。
どちらも、
完全な自由じゃない。
部屋に戻る。
鍵の音は、しない。
ベッドに腰を下ろす。
逃げた能力者は、
自由になったわけじゃなかった。
ただ、
戻ることを拒んだだけだ。
その結果が、
この距離だった。




