世界は日本だけじゃない
翌日。
今日は仕事がないと言われ、部屋でぼんやりしていると、
控えめなノック音がした。
「……起きてる?」
ミズキの声だった。
「起きてる。」
扉を開けると、
ミズキは廊下に立ったまま、こちらを見ていた。
部屋には入らない。
「少し、話していい?」
「今?」
「うん。」
理由は言わなかった。
俺は扉の外に出る。
ミズキは、廊下の奥を一度だけ確認してから、声を落とした。
「補足がある。」
短い言い方だった。
説明、とは言わない。
「能力者は、日本だけじゃない。」
唐突だった。
「海外にも、ここと同じような施設がある。」
壁の白さは同じなのに、
廊下が、少しだけ遠く感じた。
「管理の仕方は、国ごとに違う。」
「日本は、比較的穏健。」
「……穏健?」
「処理率が低い。」
淡々とした言い方だった。
良いとも、悪いとも言わない。
「他の国は?」
俺が聞くと、
ミズキは一瞬だけ間を置いた。
「登録した時点で、ほぼ決まるところもある。」
「能力が強いと?」
「強いか、
扱いやすいか。」
どちらかだと言う。
「じゃあ、日本はマシなのか?」
自分でも、曖昧な聞き方だと思った。
ミズキは、少しだけ困った顔をした。
「……死ににくい、って意味では。」
それが、基準だった。
廊下の照明が、一定の明るさで光っている。
「外に出た能力者の話がある。」
ミズキは、前置きなく続けた。
「自由に暮らしてる、って言われることが多い。」
俺は、何も言わなかった。
初めて聞く話だった。
「実際は違う。」
「違う、って?」
「使えない。」
短い答えだった。
「能力を?」
「うん。」
理由は、言わない。
でも、結果だけははっきりしていた。
「使えないと、どうなる?」
「評価されない。」
即答だった。
「評価されないと、
配置されない。」
「配置されないと、
守られない。」
一拍、間が空く。
「でも、消されもしない。」
喉の奥が、少し冷えた。
「存在しないのと、同じ。」
ミズキは、目を逸らさずに言った。
続けて、ほんの一言だけ付け足す。
「――“普通”に戻れる、って意味じゃない。
勘違いしないで。」
それ以上は、言わなかった。
ミズキは一歩、下がる。
「今日は、これだけ。」
「説明するつもりはなかった。」
「ただ……」
一瞬だけ、言葉を探す。
「外は、
自由ではないから。」
それだけ言って、
ミズキは廊下の向こうへ歩いていった。
扉を閉める。
鍵の音は、しない。
ベッドに腰を下ろす。
世界は、日本だけじゃない。
制度も、一つじゃない。
ここは、
まだ説明がある場所だ。
だからこそ、
逃げる理由が見つからない。
“マシな制度”の中にいる。
その事実が、
少しずつ、重くなっていく。




