使う者/使わない者
午後、倉庫での作業が再開された。
内容は変わらない。
棚の整理。番号の確認。
能力の使用は禁止。
分かっている。
ここで求められているのは、正確さと従順さだ。
俺は黙って手を動かす。
少し離れた場所で、別の能力者が作業していた。
年は、俺より少し上に見える。
腕章の色で、能力者だと分かった。
棚の奥から、金属音がした。
重い箱が、傾く。
「あっ――」
声が上がった。
反射的に、体が前に出ていた。
考えるより先に、距離を詰めている。
床を蹴る感覚が、いつもより強い。
世界が、わずかに遅れる。
倒れかけた箱を、両腕で受け止めた。
鈍い衝撃。
でも、箱は落ちなかった。
時間が、元に戻る。
「……大丈夫ですか?」
俺の声が、少し遅れて響く。
相手は目を見開いたまま、何度も頷いた。
「だ、大丈夫……」
箱を元に戻す。
周囲は、静かだった。
誰も騒がない。
誰も、驚いた声を上げない。
職員が一人、近づいてくる。
「白石さん。」
声は、低かった。
「今のは?」
「……反射です。」
嘘ではない。
職員は、俺の足元と箱を一度だけ見てから、端末を操作する。
「確認します。」
それだけ言って、離れていった。
作業は再開された。
何事もなかったみたいに。
でも、
空気が少しだけ変わっている。
さっきまでなかった視線が、
増えているのが分かった。
夕方、ミズキに呼ばれた。
廊下の端。
人の流れから外れた場所。
「……使ったね。」
責める声じゃない。
確認するだけの口調だった。
「落ちそうだった。」
「分かってる。」
ミズキは少し間を置く。
「でも、記録は残る。」
「……どうなる?」
「評価が、動く。」
昇格、とも言わない。
降格、とも言わない。
「安全枠から外れる、ってことか?」
ミズキは否定しなかった。
「重要管理対象になる。」
その言葉は、
守るでも、罰するでもない。
「見られる量が増える。」
それだけだった。
部屋に戻る。
ベッドに腰を下ろす。
今日は、箱を止めただけだ。
誰かを助けた。
それだけのはずだった。
……なのに。
胸の奥に、言葉にならないものが残っている。
間違ったことはしていない。
ルールも破っていない。
それでも、
何かを一つ、踏み外した気がした。
理由は分からない。
でも、戻れない感じだけが残る。
「……なんでだよ。」
声にはならなかった。
ここでは、違う。
使わない者は、留められる。
使う者は、動かされる。
評価は、善悪じゃない。
行動の有無だ。
天井を見る。
白い。
昨日と同じだ。
それでも、
俺の位置は、確実にずれていた。
逃げなかった。
でも、従ったわけでもない。
ただ一度、
使った。
それだけで、
次の配置が、見え始めている。




