置かれる場所
朝になり、廊下に出た。
白い床。
白い壁。
照明の位置も、音の反響も、もう覚えてしまった。
この施設には、人がいる。
多い。
それなのに、生活の気配が薄い。
すれ違うのは、職員だけじゃない。
俺と同じくらいの年齢のやつもいれば、
大人としか思えない人間もいる。
誰も急がない。
誰も立ち止まらない。
与えられた場所で、
与えられた作業をこなしている。
俺も、今日の作業を指定されていた。
倉庫での軽作業。
能力を使わない、安全な仕事だ。
A区画。
ここで働いている能力者たちは、
黙々と手を動かしている。
その中に、
少し前まで同じ棚を整理していた男がいなかった。
三十前後。
腕章の色で、能力者だと分かる。
棚の整理は途中で止まっている。
ラベルも、並びも、そのまま。
代わりに、
別の職員が来て、続きを始めていた。
「……あの人は?」
近くにいた職員に聞いた。
職員は端末から目を離さず、答える。
「配置が決定しました。」
それだけだった。
どこへ行ったのか。
上なのか、下なのか。
それは言わない。
決まった、という事実だけが残る。
俺は、少し考えてから口を開いた。
「A区画は、
配置が決まっていない人間が
待機する場所でもあるんですね。」
職員は、否定もしなかった。
「はい。」
待機。
作業は続ける。
だが、役割はまだ決まっていない。
ただ、
配置が確定するまで、
この区画に留まれ、という意味だ。
その日の作業は、そこで終わった。
部屋へ戻る。
鍵の音はしない。
ベッドに腰を下ろす。
何もすることがないわけじゃない。
ただ、今は指示がない。
倉庫で働いていた能力者は、
もう“待つ側”じゃない。
配置が決まった人間は、
同じ場所には戻らない。
一哉のことを思い出す。
能力はない。
それでも、適性が高いと言われていた。
彼は、
早く配置される側に行く。
俺はまだだ。
能力がある。
速い。
異常なほど。
でも、それを使えば評価が動く。
逃げた瞬間に、
逸脱になる。
逸脱になれば、
下の区画に配置される。
だから使わない。
だから走らない。
そうして、
配置が決まらない状態に留まっている。
気づいてしまった。
ここでは、
配置が決まらないこと自体が、一つの立場なんだ。
配置されれば、
やることが決まる。
動く場所も、
進む線も。
でも――
戻れなくなる。
ここは、
人を閉じ込める場所じゃない。
人を壊す場所でもない。
人を、
使う前に分ける場所だ。
同じA区画にいても、
働く側と、待つ側がいる。
俺は、後者だ。
守られているわけじゃない。
従っているわけでもない。
ただ、
配置が決まるのを待たされている。
分かった。
ここでは、
選ばれたあとに自由はない。
だから――
選ばれる前が、最後の猶予だ。
廊下の向こうで、
また誰かの配置が決まる。
音もなく。
説明もなく。
俺は、まだA区画にいる。
それだけが、
今の立場だった。




