幸せな時間
【side矢場沢薫】
朝起きた時、自分の顔を見て嫌な気分になる。
不幸そうな幸が薄そうな顔をしている。
気弱な目元は、優しそうと言われて、他の人から軽んじられてきた。
だから、誰にも負けない強い化粧をするようになった。
だけど…… 最近は化粧をすることよりも、料理のことを考える時間が増えた。
私の作るお弁当を、本当に嬉しそうに食べてくれるあの人がいるから。
今日は何を作って持っていけばいいのか、ついつい考え込んでしまう間に時間が過ぎていく。
せっかく早く起きて準備をしているのに、お化粧をする時間すら惜しい。もっと仕込みに時間をかけたいな。
だけど、そうすると化粧ができない。
「あら〜カオリちゃん。最近、化粧薄くした?」
同じ職場の三島さんは50歳を超えているのに綺麗にされている。お子さんが大学生で、何かと大変な時期だと言っていた。
それでも人の変化に、すぐに気づいてくれる人なので、少しの油断もできない。
「ちょっと、化粧をする時間がなくて、ナチュラルメイクです」
「なんだ〜そっちか〜私はてっきり、好きな人でもできて、綺麗に見られたいって気持ちになったのかと思ったわ。それで化粧を変えたのかと」
三島さんは鋭い。
しかも気遣いもできる人なので、私がお弁当を作ってきているのを知っている。
だけど、何も言わずにニヤニヤして見守ってくれている。鈍感な阿部さんは気づいていないようだけど、私は扉の隙間から、こちらを見ている三島さんを何度か見たことがある。
「違います。本当に時間がなくて」
「そういうことにしておくわ。でもね、一つだけ言わせて」
「なっ、なんですか?」
「あなた、綺麗よ」
「えっ?」
「色々とあなたにもあるんでしょうけど、今日のあなたは凄く綺麗よ。その辺に歩いている男なら、あなたを見たくて振り返っちゃうんじゃないかしら?さぁ、今日も外でランチでも食べてこようかしら」
三島さんは楽しそうにランチへ出て行かれました。
凄くパワーのある人なので少し苦手なタイプです。
でも、嫌いではありません。
ふと、あの人はいつもと違う化粧をした私をどう思うのか視線を向けてみると、阿部さんが私を見ていました。
「えっ?」
「あっ!すいません。お二人の話が聞こえてしまって。
私も今日の矢場沢さんは綺麗だと思いますよ。
化粧を落とした姿を見るのは、まだ2度目ですが、今の矢場沢さんは凄く綺麗だと思います!」
少し恥ずかしそうに私を褒めてくれる阿部さんは、なんだか可愛くて、自然に笑みが出てしまいます。
「ありがとうございます。褒めてもオカズは増えませんからね」
「あっ、いや、そんな!」
冒険者をしていても、慌てる姿は変わりません。
最近は冒険者業が忙しいそうで、お疲れな顔をされています。
元気になってほしくて、栄養のある物や、野菜多めのメニューにしているけど、気づいているのかな?
「今日も栄養バランスが素晴らしい食事で助かります。1人暮らしをしていると、どうしても好きな物で食べて偏った食事になってしまうので……」
些細なことに気づくのは阿部さんも、三島さんも同じなんだ。やっぱり私よりも年上の2人は、色々なことに気遣ってくれているんだと思います。
「あっ、あの!」
「はい?」
食事を食べ終えて、ゆっくりとお茶を飲んでいると、阿部さんがいつもと違った、焦ったような顔をしています。扉が少し開いているので、三島さんが戻ってきています。何かあるのかな?
三島さんに二人でいるのを見られるのは、恥ずかしいのでそろそろ仕事に戻りたいのですが……
「これ、受け取っていただけませんか?」
「えっ?」
「すみません。知らなかったのです。
三島さんに、矢場沢さんのお誕生日が、1月20日だって聞きました。女性へのプレゼントに何を買えばいいのか分からなかったのです。
三島さんにアドバイスを頂いて買ってきました。
いつもありがとうございます。それと誕生日おめでとうございます」
誕生日?自分でも、忘れていた。
ずっと誰かに祝ってもらうことなんてなかったから……
自分の誕生日をお祝いしてもらうのって何年振りなんだろう?婚約者だった人にも祝ってもらった記憶がなくて、それもこんな不意打ちで……
「カオリちゃん、誕生日おめでとう!!!」
そう言って三島さんが、ケーキを持って入ってきました。
「阿部君、もっと堂々と渡さないとダメじゃない。出るタイミングがわからなかったわよ!」
「すっ、すみません」
「最近、いい雰囲気なんだから頑張んさい」
「いい雰囲気?」
ふふ、阿部さんは気付いていませんよ。
ふふ、グシュ……あれ?
「うわっ!えっ、そんなに感動してくれたの?」
「矢場沢さん?大丈夫ですか?」
あ〜ダメだな。人から優しくされるって、久しぶり過ぎて、なんだろう。凄く嬉しいことだったんだ。
「お二人ともありがとうございます。凄く嬉しいです」
あ〜せっかくの化粧が涙でグチャグチャだ。
「ほら、ハンカチないの?」
「えっ!私のでいいですか?まぁ使ってはいませんが、矢場沢さん。よかったら使ってください」
困った顔で私にハンカチを差し出す阿部さん。
私を見て笑っている三島さん。
仕事は大変だけど、私はここで働けて幸せです。