初詣
本日は、梅田さんに誘われて初詣に行くことにしました。
いばらき童子ダンジョンの報酬について連絡を入れたときに、梅田さんから初詣を一緒に行こうとお誘いを受けました。
人が多いところはミズモチさんと一緒に行くのは気が引けるので、本日は両親と共にお留守番をお願いしました。
本日は京都の伏見稲荷大社へお参りすることになって、待ち合わせをしました。
「阿部さんこっちやで」
振袖を着た梅田さんは綺麗でした。
いつものボーイッシュなヤンキー姉さんとのギャップが凄いですね。
「凄い綺麗ですね」
「馬子にも衣装やろ」
クルッと回る梅田さんは綺麗なのに可愛い印象を受けて、なんだか惚れてしまいそうです。
「それにすみません。待たせてしまいました」
「そんなことないよ。気にせんといて、こっちこそ急に言うたのに来てくれてありがとうございます。凄い人やね」
「年越しの時間はもっと多いそうですよ。門の前に人がギッシリになるそうです」
「へぇ~私は来るの初めてやから新鮮やわ」
駅を下車して改札を出ると、雀の串焼きと、うずらの串焼き屋さんがありました。
私は食べたことはありませんが、タレの良い匂いがしていますね。
うずらは肉厚な印象で、雀はほっそりとしていました。
「お腹空いてるん?」
「いえいえ、昼は食べたので大丈夫ですよ。ただ珍しい物だったので、先にお参りを済ませてしまいましょう」
「そうやね」
「それよりも、明けましておめでとうございます!」
「ふふ、メールでも言うたやん。おめでとうございます。それよりもあの写真はヤバかったで、笑ってしばらく寝られんかったわ」
笑って頂けてよかったです。年始早々にミズモチさんで福を届ける笑いです。
伏見稲荷大社は、大量の鳥居が有名ですが、門を通ると二匹の狐さんが出迎えてくれて、立派な本殿があります。
本殿の裏に回ると鳥居が並んでいて、それを通ると奥に小さな神様が祭られておられました。そこから山へと道が続いていて、たくさんの鳥居が飾られているのです。
鳥居一つ一つに想いが込められているのでしょう。
ただ、神社の空気は……ダンジョンに入ったような錯覚を覚えます。
不思議な感覚で引き込まれそうで……
「阿部さんどないしたん?」
「えっ?あっはい。大丈夫ですよ。梅田さんは何をお願いしたんですか?」
「私?私は、これから先をどないしようか相談しとってん」
昨年は彼氏さんを失い、自暴自棄になっていた梅田さん。
今年は彼女にとって変化の年になるのでしょうね。
「そういう阿部さんは、どないなん?今年の抱負は?」
「昨年はミズモチさんに出会うという幸福に恵まれました。ですから、今年はミズモチさんと二人で穏やかに安全に暮らせればいいと想っています」
「なんや、欲がないね」
「過分なほどに幸せを謳歌しておりますので」
ミズモチさんが来てから本当に楽しいのです。
「まぁ、阿部さんらしいわ」
梅田さんと初詣は楽しかったです。
「なぁ、阿部さん。おみくじ引かへん?」
「いいですね。私、おみくじを引くのも4年ぶりです」
「まぁいろいろあったからね」
100円のおみくじを二人で引いて……一緒に開きます。
「うわっ!吉やわ」
「私は中吉ですね」
「え~阿部さんの方がええやん」
「おや?確か吉の方がいいはずですよ?」
「えっ?ちゃうやろ。だって、大吉、中吉、小吉、吉、半吉ちゃうの?」
「ああ、それは間違いです。大吉、吉、中吉(半吉)、小吉だそうです」
「えっ?吉って二番目なん。それに中吉と半吉って同じなん?」
私も詳しくはありませんが、豆知識の勉強を教えてくれる現代文の塾講師をされている先生がテレビで言っていました。
「らしいです」
「へぇ~知らんかったわ。なら、喜んでええんかな?」
「ええ。良いと思いますよ。あとは内容次第ですね」
「そやね」
私は中吉の内容を見ました。
【願望】夢は叶うでしょう。それには努力が必要。
【健康】怪我が多い年になりそうです。危険なことは避けましょう。
【待人】望めば現われますが、望まなければ現われません。
【縁談】縁多き年、繋がる人を選びましょう。
【商売】飛躍の年。
【失物】見つけるためには協力が必要。
【争事】様々な争いに巻き込まれる可能性大。
【学問】新たな知識を得られる年。
【住居】今の住居が最上で移転いらず。
色々とわからないことも多いですが、概ね高評価ではないでしょうか?
「へぇ~阿部さんとこはなんやええこと書いとるね」
「梅田さんはどうでしたか?」
「う~ん、どうなんやろね。【縁談】は新しい出会いありやったな。新しい彼氏できるんかな?あとは【住居】は移転が吉やって」
彼氏さんを亡くしたことを乗り越えて、違う場所でやり直した方がいいと言うことでしょうか?神様も酷なことを言われるのですね。
「うん。年末年始……阿部さんにはたくさんお世話になりました。ホンマにありがとうございます」
「いえいえ、私も実家に帰ってきて、梅田さんのおかげで色々な体験が出来て楽しかったです。大変でしたけど」
「もう、言わんといて」
電車に乗って枚方に帰る頃には、すっかり暗くなってしまいました。
「阿部さんはいつ東京に帰るん?」
「明日の夕方には出ようと思っています」
「急やね」
「元々、3日までしか休みがないのですよ。4日から仕事に戻らなくては」
「凄い大変なんやね。もういっそ冒険者になればいいのに」
「はは、この歳で冒険者一本に転職はなかなか勇気がいりますね」
私は梅田さんと別れる場所までやってきました。
「もしも、阿部さんが冒険者になるなら、私がパーティー組んであげようと思たのに、ミズモチさんと三人で最強やで」
「はは、それも楽しそうですね。ですが、私は冒険者は副業ですよ」
「残念、フラれてもうたわ」
大げさな身振り手振りで、残念感を表現する梅田さんは彼氏さんのことが吹っ切れたようにすら感じます。
「なぁ、阿部さん」
「はい?」
「最後にギュッとしてもええ?」
「こんなオジサンでいいですか?」
「もう一回してもうたけどな」
ダンジョンを脱出したときに後ろから抱きしめられました。
「わかりました。どうぞ」
私は目を閉じて両手を広げます。
抱きつきやすいように少し膝を曲げました。
「ありがとうな。阿部さん」
そういって梅田さんは抱きしめるのではなく、私の唇にキスをしました。
「えっ?」
「ふふ、お礼や。ダンジョンボスの魔石だけやと足りひんやろ?私を全部上げてもええんやけど。まだ阿部さんの気持ちは私に無いから唇だけあげる」
私、キスを初めてしました。
「今年も一年よろしくお願いします」
梅田さんが頭を下げて距離を取る。
「えっあ、はい。よろしくお願いします!」
「大阪から出るとき見送り行くね。そんときはまた会おう」
「はい。そのときは必ず」
私は……しばらく梅田さんを見送って呆然としていました。
私の初めてを奪われてしまいました……これは恋しても良いのでしょうか?