両親が
《side矢場沢薫》
私が結婚するということに実感を持てないまま日々が過ぎていきます。
誰かを愛すること、誰かに愛されること、そんなことはもうないと、どこかで思う自分がいました。
それは、私が家族から愛されなかったから、そして、初めて愛した人に裏切られたから。
だから、誰かを愛することなど二度とないと思っていのに。
私の心を溶かしたのは一回りも上のオジサンでした。
どこまでも優しくて、どこまでも自分を曲げない。
頑固で頼りになって仕事ができるのに、どこか頼りなくてどうしようもない不安そうな顔をする人です。
恋愛は苦手で、甘えるのも苦手で、付き合いだしても敬語のままで。
だけど、その全てが愛おしいと思えるようになるなど思いもしませんでした。
最近は結婚式場のパンフレット、ハネムーンに行くための旅行先などを見る日々です。
ヒデオさんは、全て私のしたいことをしてもいいと言ってくれています。
ですが、ヒデオさんとミズモチさん。三人で幸せに暮らしていけるなら、細々とでも過ごせれば私はそれでいいと思っています。
阿部さんと二人で危険の少ないダンジョンに行く冒険者生活も悪くありません。
ミズモチさんの魔力供給をしながら、私のレベルを上げてもらって、若返りのアンチエイジングになっていいかもしれません。
私で効果が出たら、ヒデオさんに護衛してもらって、若返りたい人のレベルアップツアーなどを手掛ける会社を作ってもいいかもしれませんね。
ヒデオさんには仲間がいると言われていたので、その方々にも協力してもらって、大勢の方がレベルアップをすれば世界も魔物の脅威に怯えなくて良くなるかもしれません。
それにレベルを上げれば健康的で、美しい体作りができます。
日本の未来も明るくなるような気分になります。
「ふふふ、そんな大袈裟なことまでは出来ないかな?」
最近は、ヒデオさんとの未来を考えて、笑みが溢れることが多くなりました。
食事を作ればヒデオさんとミズモチさんが美味しい美味しいと食べてくれます。
誰かのために作る料理がこんなにも楽しいと思いませんでした。
他の家事はヒデオさんが、会社がないからと洗濯や掃除、ゴミ出しや風呂掃除までしてくださいます。
私は料理を作って、洗濯物を畳む係です。
私が洗濯物を畳んでいると、ヒデオさんが食器を洗ってくれて、そのあとは二人で晩酌をしてから眠りにつきます。
穏やかで、のんびりした日々が続いていて、こんなにも幸せでいいのだろうかと不安に思ってしまうほどです。
ですが、不安とは、いつもどこかで私たちを見ているのかもしれません。
「カオリ」
そう、私は最も不安に思っていたことが起きました。
「お母さん」
「久しぶりね。会いたかったわ」
うるうると瞳に涙を浮かべて現れた女性。
母は昔と変わらない地味な姿をしていました。
ですが、どこか小綺麗に見えるようにしているのがあざとい。
「……何しにきたの?」
「あなた! 無職の中年男に騙されているのでしょ? ハローワークで退職願いを出しているのを見たわよ!」
何を言っているのだろう? 会社を辞めたのは事実だけど、ヒデオさんは冒険者として働きながら、貯金もしっかりしている。
最近は剣術道場に通い出して、体は引き締まって冒険者としての風格も増してきている。
「あんな男と一緒にいてはカオリが幸せになれないわ! ついてきて頂戴。あなたに紹介したい人がいるの!」
「やめて! お母さんには関係ないでしょ! 私はもう大人よ。お母さんの言うことなんて聞きたくない」
「そう、そうね。私はあなたたちに迷惑をかけた。だったら、あなた」
そう言ってお母さんが呼んだ先にお父さんがいた。
お母さんに捨てられて、荒れていたはずのお父さんは、お母さんに呼ばれて出てきたのだ。
「お父さん!」
「カオリ、母さんの言うことは事実か?」
「えっ?」
「あの、男が会社を辞めたということだ」
「ええ。事実よ」
「やっぱりか、私はあの男に会った時から気に入らないと思っていたんだ。頭は禿げ上がり、情けない顔をして、仕事もろくに出来なさそうに見えたんだ」
何を言っているのだろう? この人は? ヒデオさんのことを何も知らないのに、どうしてそんなことを言えるんだろう? 私はグルグルと思考が追いつかないまま気持ち悪さまで感じ始めていました。
「カオリ、母さんの言うことを聞きなさい」
「なっ!」
お父さんがお母さんを庇うなんて思いもしなかった。
お父さんはお母さんに捨てられたはずなのに、両親は手を握り合って私を叱りつけている。これがどういう状況なのか理解が追いつかない。
「カオリ、まずは顔合わせだけでいいの。ついてきて頂戴」
強引に手を引かれ、両親によって私は帰宅を邪魔されてしまう。
せめて、ヒデオさんに連絡しなければならないと思いながらも、意味がわからない状況によって混乱して、気持ち悪さと思考がおいつかないまま流されてしまう。
両親の手を何度も振り払おうとしたが、レベルが上がった私が力を加えてしまうと、両親が怪我をしてしまうかもしれない。
そう思うと力を入れることすら躊躇われてしまった。
もっと、力の使い方をヒデオさんに教えてもらっていればよかった。
私はそのまま両親に連れられて、一軒の豪邸に案内される。
「ここよ。ここに居られる方とね。お見合いをして欲しいの。もちろん、そのまま結婚してもいいのよ」
「そうだ。こんな立派な家の方なら、私も大賛成だ」
両親は頭がおかしくなったのではないだろうか? 私は何もわからないまま、豪邸の中へ入っていった。
そこにいたのは五十歳ぐらいの男性で、醜く太ってジャラジャラと宝石を指にはめる気色の悪い見た目をした人だった。
「ほう、これはこれは上玉ですなぁー」
「はい。亀津さん。うちの娘です」
「うんうん。ええよ。ええよ。これほどの娘さんなら、あんたらの借金、全て帳消しにしたるわ。娘さん。あんたは親孝行やな」
ここにきて私はやっと状況を理解した。
両親は、自分たちの借金を帳消しにするために、私を売ったのだ。




