A国からの仕事依頼
テレスさんの発言に私はしばし考えて、内容を聞かなければわからないと思いました。
「A国の仕事を手伝うことは嫌ではありません」
「ならば!」
「ですが、私はサラリーマンとして、通常業務を抱えています。そこへきて、最近はミズモチさんのために週末や夜はダンジョンに向かう日々です。長くても一泊二日の旅行程度であれば可能かもしれませんが、A国となると行き来だけで一泊二日が終わってしまいますね」
私は現実な話として、テレスさんの申し出が難しいと判断しました。
「ならば、会社側に交渉してOKをもらえれば可能でしょうか?」
「どういうことです?」
「阿部秀雄さんは、冒険者としてA級まで上り詰めました。それは冒険者の中でも高い功績です」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「冒険者ギルドは世界冒険者機構という名目で、国を跨いだ活動も認められています。阿部さんが世界のどこで冒険者の活動をしたとしても誰も止めません。むしろ、増え続けている魔物やダンジョンに対して、積極的に優秀な冒険者を支援する動きが出ています」
なるほど、ですから西園寺さんも私の支援者になりたいと口にされたのですね。
「阿部さんが会社を大切にされていることは知っています。ですから、やめてくださいとは言いません」
随分と私のことを考えてくれているとわかります。
「ですが、阿部さんの力を必要としている人たちが世界各国にいるのです。特にA国です」
「どうして? そう思うのですか?」
「空飛ぶ都市という言葉を、阿部さんは聞いたことがありますか?」
「ラ○ュ○ですか?」
「ファンタジーではありません。A国の一つの都市がハリケーンによって吹き飛ばされて、今でも世界のどこかでハリケーンとして飛び続けているのです」
なんと! ラ○ュ○は存在したのですね!!!
「他にも古代種と呼ばれる危険な魔物たちがA国にはたくさん現れています。軍が動き、冒険者を集め、強い冒険者を常に募集しております」
私が日本にいるだけで知らないことはたくさんあるのですね。
「テレスさん」
「はい」
「正直なことを言えば、申し出は嬉しく思います」
「ありがとうございます」
「ですが、私は戦闘を好んではいません」
「えっ?」
「できれば平和に過ごしていたのです。そして怖いところには極力行きたくはありません」
「そうだったのですね。勇猛果敢に、新たなダンジョンにばかり挑戦しているので、ダンジョン攻略を楽しんでおられるのかと思っていました」
あ〜確かに様々なダンジョンに挑戦してします。
ですが、それはミズモチさんに新たな食材を提供するような者であって、決して私が望んで向かっているわけではありません。
「阿部さんの気持ちはわかりました。ですが、A国では強く頼りになる冒険者を常に欲しています。それは人々を救うために必要な人材であると思っています」
「それはわかりました」
「そして、阿部さんの会社へ許可をとる準備もできています。《世界魔物対策機構》通称WMA(World Monster Countermeasures Agency)も冒険者の自由と対策こそが世界を存続させるために必要であると訴えています」
横文字は苦手です。
WHOぐらいしか覚えていません。
「他にもA語とかも苦手ですから」
「それは通訳をつけさせていただきます。なんでしたら、私が通訳についても構いません」
テレスさんは日本語も流暢なので、ありがたいです。
ですが、やはり会社のこと、冒険者ギルドのこと、何よりも家族であるカオリさんやミズモチさんの意見を聞かないで、一人で決めることはできませんね。
「色々と考えてくれてありがとうございます。家族と相談して、決めたいと思います」
「前向きな回答を頂けて嬉しく思います。でしたら、これは私からのプレゼントの一つです」
「プレゼント?」
そういうとA4サイズの封筒を差し出されました。
「中を見ても?」
「もちろんです」
私が封筒の中を見ると、写真に収められた年配の女性と。
その女性のプロフィールらしき物が入っていました。
住所や仕事、経歴などです。
「これは?」
「阿部さんの奥様に当たる矢場沢さんの母君の情報です」
「義母の?!」
「はい。矢場沢さんもお母様の情報は知らないのではないかと思って、こちらで調べて手配させていただきました。お父様の情報もありますが、必要になりますか?」
「……どうしてこのようなことを?」
私は少しだけ怒っていました。
勝手に人の家の事情に踏み込むのは、あまり感心できることではありません。
「一つは、阿部さんを調べる上で周囲の人間を調べた副産物です」
私を調べるついでということですね。
「もう一つは、阿部さんと矢場沢さんの関係が何も知らないままで進むことを懸念してです」
「懸念?」
「はい。矢場沢さん自身も多少は問題を抱えているようですが、ご両親も問題を多く含んでいるようですから」
他人から告げられることほど怒りを感じることはありませんね。
しかも、全く家族とは関係のない方からとなれば余計に。
「誤解をしないで頂きたいのですが、これが私の仕事です。あなたをA国へ招待したい。それが叶わないのであれば、冒険者として手助けを申し出たい。悪意からではないとご理解頂ければ幸いです」
仕事と言い切ったテレスさんに私は多少の怒りを残しながらも、深々とため息を吐いて気を鎮めました。
「仕事であることをは理解しました。ですが、テレスさん個人に対しては、少しだけ不快感を覚えたことは知っておいてください」
「善処します」
私は立ち上がって、西園寺さんに別れを告げて屋敷を後にしました。
西園寺さんからは、直接電話ができる番号と、高級なお菓子をお土産として渡されました。
本当に私を気に入ってくれた様子で、西園寺さんとは今後も交流がもてればと思っています。




