お礼を伝えましょう 後半
ミズモチさんとカオリさんに留守番を頼んで、私はいつもよりも良いスーツを着て、お二人を迎えました。
「やぁ、阿部君」
「長さん、元さん。わざわざお越し頂きありがとうございます」
「君からのお誘いだ。喜んで来させてもらうよ」
「ん」
銀座の高級ビル。
夕方に差し掛かる時間に、私は二人にお礼がしたいといって連絡をしました。
お二人は、いつもの見慣れた服装ではなく、お伝えしていたとおりスーツを着て来てくださいました。
長さんはナイスミドルといった様子で、スーツが似合っています。
元さんは、盛り上がった筋肉がスーツを今にも破ってしまいそうです。
あまり似合ってはいないのですが、カッコよく見えるのは、私が元さんに憧れを抱くからでしょうか? お二人には個室の高級お寿司とフグ料理を出している店を予約しました。
「本日は、どれだけ食べていただいても、飲んでいただいても構いません。この後はいつものおでん屋も取っておきましたので」
接待というものは、相手の価値を示すことだと私は思います。
一軒目は私に取っては堅苦しく、行き慣れていない店ではありますが。
お二人の価値を示したかったので、高級で美味しい店を選ばせていただきました。
「私らのような者に気を使わなくて良いといつも言っているのに」
「私はそうは思いません。本日はお礼ですから、お二人には思う存分。美味しい物と美味しいお酒を飲んでほしいのです」
「ふふ、君は律儀だね」
寿司は全てが時価と書かれています。
フグのコースは予約で、三人で私の給料一ヶ月分ほどします。
冒険者の稼ぎがなければ来ることは難しいですが、相手への敬意として、今回だけは使わせていただきました。
「うむ。美味い」
お寿司は新鮮で赤酢最高です。
フグも甘味と歯応え、そして鍋の出汁が本当に優しく美味しいのです。
元さんは一升瓶を頼んで、コップに入れて楽しんでおられます。
大吟醸は値段が高級なだけでなく、美味さや味わいを楽しむ物なので、慈しむようにゆっくりと飲まれています。
元さんが味を楽しんでくれているようで、よかったです。
三時間かけて、ゆっくりと出てくる料理を楽しんだ後は、いつものオヤッさんがやってるおでん家さんに移動して飲み明かします。
私はいつものビールで。
長さんは焼酎に切り替え、元さんは冷酒をグビグビと飲んでいく。
「ここの小鉢はどれも美味いね」
「最近は締めのうどんが絶品だよ」
私よりも通い詰めているお二人は、新メニューも網羅されているらしいです。
「なぁ、阿部君」
「はい?」
「我々の人生はそれほど先が長くない」
「そんな! お二人はまだ」
「これは紛れもない事実だ。確かに六十代である私らは今でも元気に冒険者ができていている。だが、十年後はどうか? もしかしたら明日にも冒険中に大怪我をして引退しなくては行けなくなるかもしれない」
「そんな悲しいこと言わないでください」
酒が進み。今までとは長さんの雰囲気が違ってしんみりとした話になる。
それは、長さんや元さんと親しくなれたからなのだろうが、私は悲しくなってしまう。
「君もそれは考えておかなければい行けないことだ。今回、君は会社に残ることを選択した。だが、その道以外にも、会社を潰す選択も、会社を離れて独立する選択もあった。常に人生とは選択の連続だ。選択を誤れば大怪我をして、失敗することもあるだろう。だが、それもまた人生なのだ」
長さんが焼酎を見つめて私に語りかけてくれる。
それは、長さんにしては珍しい話で。
だけど、聞かなければいけないように思う。
「阿部君。この世界は歪だ。どこからか誕生した魔物たち。そしてダンジョン。それが当たり前だととらえる人々。我々の若い頃には存在しなかった物が多く存在する」
「はい」
「それを自分の中へ受け入れるのか、それとも自分には無理だと諦めるのか、私は六十歳になって新しいことに挑戦する道を選んだ。それは元さんも同じだ」
「お二人の背中はいつも見させてもらっています」
「うむ。だが、我々は先駆者ではない」
「えっ?」
私に取っては年齢を重ねて私たちを教えてくれる十分な先駆者です。
「我々は時代の変化に身を委ねたに過ぎないのだよ」
「そんなことはありません。お二人はギルドを作って私たちを導いてくれたではありませんか?」
「あんな者は真似事に過ぎない。誰かがやっていたことを真似ただけだ」
吐き捨てる長さんはこれまで多くのことを考えてこられたのでしょうね。
「何かを生み出すことができる者。生み出された何かに身を委ねる者。そして、生み出された何かを変化させ発展させる者。三つの人種がいる。君は変化を与えられる者であり、発展させられる者だ。私とは違う。だからこそ応援したくなる。これからも頑張りなさい」
いつも長さんからありがたい言葉をいただきます。
そして、元さんから背中で見せるかっこよさを。
私は二人から多くのことを学ばせて頂きました。
いつの間にか、たくさん飲んでしまっていた私は、毒耐性をオンにすることを忘れて酔ってしまい。お二人に奢っていただいてしまいました。
どこまで行ってもお二人にはまだまだ勝てませんね。