離脱の理由
私はカオリさんから質問を受けて、今後の自分はどうするべきか考えるようになりました。
ミズモチさんに出会って、冒険者を始め、会社と両立させながらやってきましたが、私は会社を遅刻してしまいました。
これは自分のキャパを超える働きを続けていたからだと思います。
最近は、タツヒコ君やサナさんとパーティーを組んで師匠の真似事しておりました。
それは楽しかったのですが、自分のことだけでなく他の人のことを考えるというのは、想像しているよりも大変だったのかもしれません。
そこにきて高位ランク挑戦や絆ギルドへ参加など、コミニティー参加を増やしてしまいました。いつの間にか自分のできる範囲を超えてしまっていたようです。
そこで、私は一つの結論を出しました。
圧倒的に考える時間がありません。
このままサラリーマンを続けるにしても、冒険者として独立するにしても、また別の道を選ぶにしても、考える時間がないのです。
そこで時間の確保をすることにしました。
私はタツヒコ君を呼び出して、二人でお酒を飲みに行きました。
夕暮れ時、古びた酒場の一角で、どう見ても熟練冒険者に見える私と、若者冒険者のタツヒコ君が静かに話をします。
どうしてもしんみりとした雰囲気が漂い、寂寥感が心の奥深くに広がります。
「今日は呼び出して悪かったですね」
「いえ、師匠からなら喜んで」
「ありがとうございます。タツヒコ君との付き合いもそろそろ三ヶ月ほど経ちますね」
私は短い期間ではありましたが、様々なことを思い出してしんみりとしてしまいます。
タツヒコ君に向けて言葉を紡ぎます。
「タツヒコ君、君とパーティーを組んでいた日々は私にとって貴重な時間でした。君のひたむきさと情熱は私の心に責任感と成長への楽しみを与えてくれた。だけど、私はこの先の冒険に向かう前に一人で時間を過ごすことが必要だと思いました」
タツヒコ君に体調面や、会社との両立などの話をさせてもらったので、寂しげな表情で頷いてくれます。
私の言葉に耳を傾けてくれる彼は最初の頃よりも本当に成長しましたね。
「師匠、俺も本当に感謝しています。師匠と出会っていなかったら、俺は勇者っていうだけの痛い奴になっていて、最初に師匠に出会って規格外を見たから自分が特別だとは思わなくて済みました」
「うん。君が何を言っているのかわからないけど、私は普通だよ」
「それはどうでもいいです。でも、なぜ一人で時間を過ごす必要があるんですか? 会社を辞めて冒険者だけになればいいじゃないですか!」
私はゆっくりと深いため息を吐きました。
ビールを一気に飲み干して、眼差しは遠くを見つめます。
「私はこの長い社会人人生で多くの時間を失ってきました。それは私にとって人生そのものだった。拾ってもらった社長に恩義はあります。ですが、それ以上に今という環境を変えることが私にとって、勇気がいることなのですよ。私も二十代でまだまだ次があると思える年齢なら簡単に会社を投げ出していたかもしれない。ですが、勢いだけで冒険者一本にする勇気は四十歳を超えるとなかなかに考えなければ答えは出ません。一人で自分自身と向き合う時間が必要なんです」
タツヒコ君は静かに私の言葉を聞いてくれました。
「俺は、人付き合いから逃げてきたと今ならわかります。師匠の言葉があり、用意してくれた仲間がいるから、師匠の望みに従います。一人で過ごすことが師匠に必要なら、俺は師匠が戻ってくる場所を守ります」
彼は本当に成長して、私のことを考えてくれるまでになったのですね。
二人の間には静寂が訪れました。
互いに言葉を交わすことなく、ただお互いの存在を感じながら時間が過ぎていきます。
淡い日差しが酒場に差し込み、寂寥感が増していく中で、私とタツヒコ君の絆が深まっていくのが感じられました。
私はゆっくりと立ち上がり、タツヒコ君に微笑みかけます。
「ありがとう、タツヒコ君。君は素晴らしい冒険者になりました。まだまだ人間的に成長して欲しい部分はあります。ですが、それは時間が必要なことなので、頑張ってみてください。こうやって食事や相談はいつでも聞きますから」
タツヒコ君は深々と頭を下げました。
「俺もまだまだだって自覚があります。でも、冒険の日々を楽しみたいと思うようになりました。師匠、一人で過ごす時間が終わったら、また一緒に冒険しましょう」
二人は互いに握手を交わし、タツヒコ君に見送られて私たちは別れました。
タツヒコ君から見たら、私の背中には哀愁があったかもしれませんね。
ですが、新たなステージを考えるようになり、私の心に決意と希望が宿っています。
まだまだ決めかねていることは多いですが、タツヒコ君やサナさんのお世話をすることを一旦休憩させて頂き環境を整えることにしましょう。
どうも作者のイコです。
200話を超える長編にお付き合い頂き本当にありがとうございます。