ご近所ダンジョン 5
金沢から帰ってきた土曜日は、ミズモチさんとお昼に中華を食べて、夜は松坂牛さんをカオリさん、ミズモチさんと一緒にお腹いっぱい食べました。
私にとっては、もっとも贅沢な肉と言われると松坂牛さんなんです。調べてみるともっと高級な牛さんもいるみたいですが、どうしても同年代の野球選手の名前で覚えてしまったので牛と言えばとなってしまいます。
満足して、死んでもいいというぐらいお腹いっぱい食べた土曜日が終わり。
休みの最終日。
昨夜から降り出した雨足が強くなって、不吉な空模様に感じます。
掃除をしたおかげで部屋の中が綺麗になり、気持ちは晴れやかです。
昨日の、松阪牛さんの幸せを噛み締めて私は身も心も引き締めました。
冒険者としてできる完全な装備を整え、ご近所ダンジョンに向かいます。
到着すると、スーパーカブさんをいつもの場所に留めて、ミズモチさんとご近所ダンジョンさんの入り口に向かいます。
向かう途中の石畳も、すでにご近所ダンジョンさんなんだと認識して警戒しながら進みました。
察知さんには反応がありません。
魔物がいないはずですが、ご近所ダンジョンさんは油断ができません。
「ミズモチさん。いかがですか?」
察知さんでもわからない魔物をミズモチさんは見つけて教えてくれます。
『誰もいないよ〜』
「ほっ! よかったです。それでは進みましょう」
入り口に辿り着くと、黒い石に注連縄が巻きつけられ、紙垂が垂れ下がっています。まるで神聖な場所を表すように、そして白鬼乙女さんを封印するように見えるのは気のせいでしょうか?
「ふむ。まるで封印ですね。本日は石川土産を持参したので、お供えに来ましたが、これでは白鬼乙女さんも出て来れませんかね? 濡れないように、傘は用意しましたが、大丈夫でしょうか? 前回のようにはいれたりはしませんか?」
岩戸にもたれさせるように傘を立てかけ、風で飛んで行かないように重い石で固定をします。
私は黒い岩を触ってみますが、通り抜けることはできません。
ゴツゴツとした冷たい石の感触だけが返ってきます。
「白鬼乙女さん、今の私ではレベル不足ということでしょうか? まだあなたを救うことはできないようです。もしも、この貢物が届くなら、あなたに届いて欲しい」
私は石川県の美味しいお酒と、干物などのツマミを黒い石の前に並べて、ミズモチさんと一緒に祈りを捧げました。
「白鬼乙女さん。必ず、あなたを助け出すように頑張ります。ですから、今しばらくお待ちください」
私たちが立ち去ろうとすると、察知さんが魔物の出現を知らせました。
「白鬼乙女さん?」
私が振り返ると、そこには灰色オーガが立っておりました。
白鬼乙女さんではないことにガッカリとしてしまいます。
「今は戦う気分ではありません。ですが、あなたが戦うというならやりますよ」
悲しさと苛立ちが、私を好戦的にさせます。
ですが、灰色オーガは、お坊さんが来ているような袈裟を纏い。
錫杖と呼ばれる特殊な武器を持って、こちらを睨むだけで攻撃を仕掛けてはきません。
「あなたが会話ができるなら、何を思っているのか聞きたかったです」
背中に流れるのは冷や汗です。
金沢の化け狸ダンジョンで対面した城狸よりも、目の前に無言で立っている灰色オーガの方が遥に怖いと感じてしまいます。
城狸はB級ダンジョンのボスなので、A級クラスです。
ですが、目の前にいる灰色オーガは、灰色忍者や灰色侍よりも、もっと怖くて恐ろしい存在だと理解できてしまいます。
もしも、閉じられたご近所ダンジョンさんの中で、目の前の灰色オーガが大量に作られていたら……。
「一体でも倒せるのか不明ですね」
恐怖耐性(中)を持っている私でも恐怖を感じているということは、灰色オーガはAランク以上の魔物だということです。
ですが、ボスでもない魔物がAランクということは、もしかしたら白鬼乙女さんはSランク以上なのではないでしょうか?
冒険者ギルドさんの評価よりも高い?
恐ろしい想像をしてしまいました。
私が唾を飲み込むと、灰色オーガはいつの間にか姿を消してしまいました。
察知さんにも魔物の存在は感知できません。
ドッと冷や汗が流れて私は自分が戦って勝てる想像ができないことに今更ながら気づきました。
「まだまだ強くならなければいけないのですね」
《ヒデ! レベルアップ!》
「ええ、ここにいると白鬼乙女さんから魔力をいただいているような気がします。どうやら経験値は足りていたようですね。魔力が足りなくてレベルアップができていなかったようです」
灰色オーガと戦った訳でもないのに、私の耳にはレベルアップ音が響きました。
「他の方々よりもレベルアップが早いと思っていましたが、どうやらご近所ダンジョンに来ていると魔力の蓄積量が他のダンジョンよりも多いようです」
まるで、灰色オーガは私のレベルアップをすることを見越して、足止めするために現れたように感じました。
ふと、お供物をみると傘ごと全て消えていました。
灰色オーガさんが、白鬼乙女さんに届けてくれたのでしょうか?
それなら嬉しいと思います。
私は深々と息を吐いて、雨足が強くなる山道を警戒しながら降りて行きました。