英雄?
私がホテルにたどり着くと、カオリさんが出迎えてくれました。
もう、夜中です。いえ、明け方近くまで時間が経っています。
こんな時間まで、彼女は一睡もしないで待っていてくれたのですね。
「カオリさん、すみ」
「おかえりなさい。ヒデオさん」
私は謝罪を口にしようとしました。
ですが、それを遮るようにカオリさんが「おかえりなさい」と言ってくださいました。
「ただいま帰りました」
「ご無事で何よりです」
カオリさんが抱きしめてくれました。
ちゃんと無事に帰って来れたのですね。
狸たちは強かったです。
いきなり奇襲を受けて、最初から危なかったです。
それにあの規格外の城狸は街に出たらどうしようかと焦りました。
「汚れていますよ」
「わかっています。ここのホテル、大浴場が最上階にあるんです」
「あっ、それなら」
「でも、時間的にはまだ空いていません」
「あ〜それはそうですよね」
「ですから、お風呂を沸かしておきました」
「えっ?」
出来過ぎではありませんか? 寝ないで待っていてもらっただけでも恐縮です。
それなのにお風呂まで……、私、カオリさんに頭が上がりませんね。
「あの」
「はい?」
「一緒に入りませんか?」
「えっ!」
「ふふ、少しでもヒデオさんの側にいたいんです」
「わっわかりました」
私の理性は大丈夫でしょうか?
明るいところで、二人でお風呂に入りました。
ミズモチさんはリュックから出ると、すぐに寝入ってしまいました。
お腹いっぱいになって満足されたようです。
「お背中流しますね」
「あっ、ありがとうございます」
女性に背中を流してもらうなんて、私初めてです。
物凄く緊張しますね。
「ヒデオさんの背中は凄く大きいですね。痛くないですか?」
「あっ、気持ちいいです」
カオリさんに洗ってもらっている間も、私は別のことを考えて理性を保とうと頑張っております。戦いの後だからでしょうか? いつもよりも気持ちが昂っているのです。
「浴槽へどうぞ」
カオリさんに促されて、私は体を洗い終えて浴槽に入りました。
つい前屈みで身を縮めてしまいます。
「ヒデオさん」
「はい?」
「自然のことなんです。ですか」
私は、カオリさんに導かれる前にキスをしました。
二人で体を拭いて、ベッドに行って……。
私の腕枕で二人で寝ました。
朝には起きて観光をしようと思っていましたが、カオリさんを起こせる自信がありません。私もいつの間にか寝入ってしまって、次に気づいたとき、完全に日が傾いていました。
「おはようございます」
目が覚めると横にカオリさんが寝ておられました。
お風呂から上がった時の姿のまま、二人で抱き合って眠りについていたようです。
「おっ、おはようございます」
綺麗だな。好きな人の顔が目の前にあって、目が覚めるとってこんなにも幸せなのですね。
「昨日は、心配で眠ることができなかったんです」
「えっ?」
「本当は寝ようと思ってベッドにも入ったんです。だけど、ダメで、窓の向こうで戦う阿部さんを思って祈っていました」
「ごっごめんなさい」
「ううん。いいんです。だけど、冒険をしてる時のヒデオさんを待つことが、私の仕事なんだって思いました」
とても恥ずかしくて、とても嬉しくて、私は気付けば、カオリさんを抱きしめていました。華奢で、壊れそうなカオリさんが痛いと思わないように優しく包み込むように。
「ありがとうございます。本当はもっと危険ではないダンジョンでもいいのですが、目的がありまして」
「目的?」
「はい。どうしても攻略したいダンジョンがあるんです。そこを攻略するために、私はレベルを上げたいと思っています」
「そうだったんですね。冒険者をしている目的はミズモチさんの魔力供給だけだと思っていました」
「私にも一応、目的と呼べるものができました」
照れ臭くはありますが、私の脳裏にご近所ダンジョンが浮かびます。
「凄いですね。ヒデオさんは」
「凄くはありませんよ。誰でも、目標ができれば、邁進するものだと思います」
「そうであれば、幸せなことです。私は、まだ目標のない人生を生きているので」
カオリさんが落ち込んでおられます。
ですが、私はたくさんカオリさんに支えていただきました。
「カオリさんの目標や目的ができるまで、私を支えてください。私も、カオリさんを支えます」
「えっ? それって?」
「カオリさんがお嫌でなければ、私はいつかは」
ハッキリと口にして良いのかわかりません。
ですが、いつかはカオリさんと一生を共にしたいと思い始めています。
「そうですね。もっとお互いを知り、支え合うことにしましょう」
私たちは、寝起きのベッドでたくさん話をしました。
それから、1日を費やしてホテルを退室する時間になり、次のホテルへと移動を開始しました。
移動にはタクシーを使いました。
本当はレンタカーを借りるつもりでしたが、レンタカー屋さんに予約していた時間を大幅に過ぎてしまったので、キャンセルして、キャンセル料をお支払いしました。
「どこまで?」
「湯涌温泉までお願いします」
「はいよ」
カオリさんとゆっくりと温泉に浸かりたいと思って予約していたホテルを取りました。とても風情と格式があるホテルだそうです。
ふと、タクシーの中ではラジオのニュースが流れておりました。
「いきなりでかい音と共に馬鹿でかいタヌキの化け物が現れて」
どうやら昨日の城狸を見た人がインタビューを受けているようです。
「その後同じデカさの水色の角の生えた水まんじゅうが現れて」
ふふ、ミズモチさんは大きくても水饅頭ですね。
「化け物同士の闘いが始まって炎が舞って」
「良く見たら水まんじゅうの上に人?が居て」
おや? 私の姿が見えた人がいるんですね。
「何で解ったのかって?」
「炎が照らしてその人?が光ったんだよな」
「多分、その人の頭辺りだと思うんだ」
私ではありませんよ! 白金さんです!
「暫くして水まんじゅうがタヌキを体に閉じ込めて」
「その人?が又光ったらタヌキが消えたんだ」
まぁ夜でしたし、遠くから見ているとそのように見えたんですね。
キャスターの方が、私の名前を出すことなく、事件についてまとめて冒険者が解決したと報道しておりました。
「ヒデオさんは、金沢市の英雄ですね」
「私が英雄? ハハ、それはありませんよ。英雄がいるとしたら、ミズモチさんです」
リュックの中で眠るミズモチさんに今日も癒されますね。