ギルド勧誘
仕事終わりに、長さん、元さんと共に、いつものおでん屋さんにやってきました。
「今日は仕事終わりにすまないね」
「いえ、お二人からお誘いを頂けてとても嬉しいです」
二人が、私の会社近くまで来てくれているので、申し訳ないと思います。
「すっかり暖かくなったが、歳なのか朝晩の寒さはまだまだ堪えるよ」
「長さんは年齢を感じさせないので、そう言われて実感が湧きませんよ」
「そうかい? ふふ。 とりあえず乾杯を」
私はビールを注いでもらい、おやっさんが適当に見繕ってくれた料理をつまんでいく。冬のおでんも最高ではありますが、春になると煮物を多く出してくれるので、これがまた美味いしいのです。
豆と卵の和え物が私は一番のお気に入りです。
他にも長さんが頼んだ、魚を丸ごと煮付けた料理や、山菜の天ぷらなども美味しいですね。
「ふむ、やはりここの料理は間違いないね」
「はい、とても美味しいです」
元さんはバクバクと、春野菜とお肉の炒め物を食べながら日本酒を飲まれています。
「春になると、料理も彩りが綺麗になるね」
「そうですね。山菜やキャベツなど緑の物が多いように感じます」
「うむ。美味い酒と料理もいいが、そろそろ本題に入るとしよう。前に言っていたギルドの見学だが、どうかね?」
「すみません。ギルドという物がよくわからないのですが、所属すると何があるのでしょうか?」
「知らなければそこからだな。ギルドは、思想を集めた集合体だと私は思ってもらえればいい。何があるかと言えば、人同士が助け合える」
「思想を集めた集合体? 助け合いですか?」
長さんの言葉にますます理解できなくて、首を傾げてしまう。
「そうだ。例えば警察は、法律を犯す者を取り締まる集合体。病院は人が患う病気を対処する集合体だ」
「なるほど」
「うむ、政治であれば、それぞれの政党は思想を持って集まって、思想を叶えようと行動をしている」
「確かにそうですね」
「思想を理解して、共感できれば、仲間になれる。そうすれば、同じ思想を持つ者同士は情報を共有して、一緒に戦うこともできるようになる。だが、違う考えを持つ者も存在するのが人というものだ」
つまり、ギルドは政治に近いのかもしれませんね。
自分たちのやりたい思想があり、思想が近い者が集まり合う。
「では、長さんや元さんはどのような思想でギルドを運営しているんですか?」
「我々は、後進を育てるためにギルドを作った」
「後進を育てるですか?」
「そうだ。これからの世の中はダンジョンという不確かな存在が、生活に密接に関与してくる。それは自己防衛を覚えるだけでなはダメなのだ。数々の危険な出来事に対処する知恵が必要であり、協力し合うために先を見据えたアップグレードも考えなければならない」
20も歳の離れた先輩は、一つの職業を終えて冒険者をしているのだと思っていた。
お仕事を引退されて、それでも働くことが好きで、自分のために冒険者をされているのだと、バカにしているわけではなく、カッコいい生き方をしていると思っていました。
ですが、アルコールが入っているからでしょうか、私は長さんの話を聞いて涙が流れていました。
「どうして君が泣くんだい?」
「すみません」
「ふぅ、これは恥ずかしい話かもしれないけどね。酒の席だ。たまにはいいだろう」
長さんは冷酒を頼んで一気に飲み干した。
「私らの時代は職人の時代だった。職人がよく働き、遊びや音楽が発展させ、車や時計なんて物がステータスだった」
今の子達は教科書で学ぶかもしれませんが、私はそんな大人を見てきました。
「だが、十年も過ぎれば、時代は変わる。そんな職人の時代は過去の栄光だ。今は、冒険者の時代だ。科学の発展の時代。ダンジョンが発見され、パソコンやスマホが普及して、スマホがAIに変わろうとしている。もう、私らではついていけない時代が来ているのかもしれない」
「そんなことはありません! 私は、長さんにたくさんのことを教えてもらっています」
「ありがとう。ふむ、そこなんだよ。阿部君」
「えっ?」
「未来に繋がる先進技術についていけなくなってきている。だが、過去も現在も見ている我々は、何かまだ後進に伝えることができるんじゃないかと模索しているんだ」
長さんは、タバコに火をつけて、ゆっくりと煙を吐いた。
その姿が様になっていて、この人の生き様のように思える。
「後進を育てるとカッコよくは言ったが、我々も若者と触れ合うことで、自分たちを育てているんだよ。言葉にすればお恥ずかしいことだ」
長さんの思いが伝わってくるような気がします。
ただ、年を重ねただけじゃない。
長さんと言う人が、今の歳で何かをやろうとしている力を感じられます。
「長さん、ギルドに見学に行かせてもらってもいいですか?」
「もちろん、歓迎するよ。我々が教えられることは教えよう。君が知り得ることを私たちにも教えてほしい」
長さんの言葉に胸が熱くなるような気がしました。
自分は、タツヒコ君やサナさんに何かを伝えたいと思っていました。
だけど、自分一人では伝えきれていない部分も存在します。
それをまだまだ私も教えて頂きたい。
そして、若い子たちに伝えていきたい。
長さん、元さんの背中は、やっぱりカッコよくて、ついていきたくなります。
お会計はいつの間にか元さんによって支払われておりました。
こういうところでも私はまだまだですね。
行動も、言葉も、自分に足りないところを勉強させてもらえるなら、私にも意味があるように思えました。