失恋
楽しい時間はあっという間に終わってしまうものです。
カリンさんがタツヒコ君を服屋さんへ連れて行って、着せ替え人形にする。
私とユイさんは、待っている間に話をしました。
タツヒコ君の着替えの感想を述べるのを二時間ほど続けたところで、ランチ休憩を取ることになりました。
「ふぅ〜色々見たけど、こんなもんでいいんじゃないかな?」
「カリンさん、ユイさん、本日はお付き合い頂きありがとうございます」
「ありがとうございます」
私が礼を述べると、タツヒコ君もお隣で礼を口にする。
現在は、カリンさんが行きたかったというランチにやってまいりました。
隅田川沿いのカフェは雰囲気がオシャレで、私などがいても大丈夫なのかと緊張してしまいます。
それはタツヒコ君も同じ様子で、落ち着かずにチラチラと景色を見ています。
「今日は阿部さんの奢り! お昼からお酒を飲むぞ〜」
「もう、カリンはほどほどにしなさい!」
「ヤダ! 美味しいお酒とご飯は絶対やめない!」
「ユイさん、いいんですよ。これもお礼の一つですから、遠慮しないでください。お二人の貴重な時間を頂いたのですから、これぐらいはさせてください」
「ほら、阿部さんがいいって言ってるじゃん」
「もう、少しは遠慮しなさい」
姉妹のように会話をする二人を見ていると、私は微笑ましく眺めてしまいます。
タツヒコ君の瞳には、無邪気にお酒を楽しむカリンさんが美しく写っているのでしょう。
私はどのタイミングでカリンさんに彼氏がいたことを告げましょうか?
「イエーイ」
お酒が入り、カリンさんが陽気に楽しんでおられます。
ワインは、飲みやすくてついつい飲みすぎてしまいますね。
私は毒耐性があるので、酔うことはありません。
横では、タツヒコ君はお酒で潰れて、意識を失ってしまいました。
「ふふ、可愛いねぇ、坊やは」
「カリンさん。随分と酔われていますが大丈夫ですか?」
「ダイジョウブダイジョウブ」
「もう、カリンのバカ。あなたはいつもそうやって他の人に迷惑かけて」
ユイさんは酔うと少し愚痴を言ったり、可愛くなるので、本日はカリンさんを嗜めています。
「え〜私は悪くないし。悪いの全部阿部さん!」
「えええ! 私ですか?」
「そう、阿部さんはいったいいつまで童貞でいるつもり? いい歳なんだから、いい加減に彼女を作りなさい!」
そういえばお二人にはカオリさんと付き合い出したことを告げていませんでしたね。
「あっ、いえ、それが私彼女ができました」
「はっ?」
「えっ!?」
お二人が同時に驚いた顔をします。
「かっ、彼女? 阿部さん彼女できたん?」
「はい」
「あっあの、ヒデオさん。彼女さんは私の知っている方ですか? まさかシズカちゃん?」
「いえ、前にユイさんと食事に行った先で働いていた会社の同僚です。彼女から告白して頂きまして、お受けすることにしました」
恥ずかしいですね。
ただ、シズカさんの時のような苦しい告白では無いのでありがたいです。
カリンさんやユイさんは仕事先の方と言う印象なので、仕事先の方に彼女が出来たと伝えるのは初めてです。
どういうリアクションをされるものなのでしょうか?
「あっ、いや、それは」
カリンさんが何やら慌てています。先ほどまで酔って、陽気にしていたのにどうしたのでしょうか? ユイさんは、一瞬だけ驚いた顔をしておられましたが、今は微笑んでおられます。
「ヒデオさん。おめでとうございます」
「ありがとうございます。ユイさん」
「ハァ、そうか。自分から、その手があったんですね」
「ユイ?」
「うん。大丈夫。ヒデオさん、タツヒコ君も酔い潰れてしまったので、今日はお開きにしましょうか」
悪酔いしてしまう前に終わる方がいいですね
「そうですね。お二人とも本日はありがとうございます。また冒険者ギルドに行った時は、タツヒコ君共々よろしくお願いします」
私は深々と頭を下げて、お礼を言いました。
パシン!
私の頭をユイさんが叩きました。
痛くは無いですが、いきなりのことでびっくりします。
「えっ?」
「ハァ! スッキリ。すいません、阿部さんの頭を見ていると一度やってみたかったんです」
「あっいえ、それはいいのですが、ユイさん?」
「阿部さん。今後は受付として、しっかりとサポートさせて頂きます」
「はい。これからもよろしくお願いします」
「それでは。カリン、行こう」
「うっ、うん」
お二人が去っていく姿を茫然と見つめました。
「師匠」
「ああ、起きましたか」
「色々とありがとうございました。だけど、師匠は彼女がいたんですね」
「聞いていたのですか?」
「途中からですが……僕もカリンさんと」
「すいません。タツヒコ君、カリンさんは彼氏さんがいたそうです」
「えっ! あぁ、まぁそうですよね。あれだけの美人ですもんね」
「私も知りませんでした」
「ハァ、いえ、告白とかして振られる前で、すぐに気づけて良かったです」
明らかに落ち込んでいるタツヒコ君。
お酒が入り、感情というものは正直になってしまうものですね。
ユイさんは、怒っても、悲しんでもいませんでしたが、どこか清々しい顔をして帰っていかれました。私には女性の心を理解することができません。
本日のユイさんの態度は、私にとって一番理解できない行動でした。ですが、それをカオリさんには聞いてはいけない気だけはします。
「帰りましょうか」
「はい」
「明日は、平日ですから、タツヒコ君はゆっくり休んでください」
「いいですか?」
「ええ、冒険者は体が資本です。休息の頻度は自分で決めなければいけません。仕事と休息のバランスをちゃんと取ることも大切です」
「わかりました。師匠に従います」
素直に私を聞いてくれるタツヒコ君。
なぜか、私の心はシズカさんの時と同じように何かを失ったように感じるのはなぜなのでしょうね?




