杖術 上級
私はいよいよ明日の新発見ダンジョンに向けて、何かできないかと考えた時に、ふと柳先生の顔が浮かびました。杖術は、すぐに身につく物ではありません。ですが、知っているのと知らないのでは意味が変わってくるように思えます。
知っていれば使えたということがあるかもしれません。折りたたみ杖はミズモチさんが吸収してしまったので、ミズモチさんにお付き合い頂いて私は金曜日の夕方に柳先生を訪ねました。
「柳先生」
いつもの場所でプルプルと腰を曲げて立たれている柳先生。
なぜか、物凄く老け込んでおられる様子です。
「何じゃお前は、ブウッホン、ブウッホン」
「大丈夫ですか?」
「気にせんでええ。わしも歳じゃ、腰も曲がれば咳もする。それで? お前は誰じゃ?」
「私は、柳先生の弟子で阿部秀雄です。これが証拠の折りたたみ杖です」
私だって、三回目になれば柳先生の対応方法も心得たものです。
「ふむ。確かにワシが渡した物のようじゃな。それで? 何のようじゃ。見たところお主は十分に強い。ワシと変わらん強さを持っておるように見えるぞ」
「えっ? そうなんですか? ですが、私は先生から中級までしか杖術を習っていません。どうか上級を指導して頂きたいと思ってやってまいりました」
私の言葉に柳先生は鋭い瞳を向けました。
「上級のう。お主がどこまでできるのかわからないのに教えることはできんの」
「はい。それでは私のスキルを見てください」
私は柳先生から教えてもらった杖の端と端を持って一つ一つの技を披露していきます。
・薙ぎ払い
・刺突
・突き落とし
・引っ掛け
・受け流し
・常の型
一つ一つが前回の中級に習った時よりも洗練されていると自分でも実感できます。全ての技を披露したところで柳先生を見ました。
「型はできているようじゃ。ふむ、では一手、手合わせと行こうか」
「えっ?」
一手と言われて、構えを取る柳先生。
一度目、二度目と会いにきた時は、ボケ老人として惚けた様子だったのに、今日の柳先生はいつもと違う印象を受けます。
柳先生から、今まで感じたことのないプレッシャーを感じるのです。
「いくぞい」
それは何の変哲もない刺突。
だけど、鋭く無駄がなく澱みも無く、真っ直ぐに突き出される。
私は、咄嗟にミズモチさんが変形した折りたたみ杖で刺突を弾きました。
「なっとらん」
「あっ!」
柳先生の一言で、私は自分が型など関係なく折りたたみ杖を振るっただけなのを理解しました。
「いくぞい」
次に繰り出されたのは薙ぎ払いでした。
私は、受け流し。引っ掛けを常の型で止めました。
それは一つの一つの技に対して、技で返すという繰り返しでした。
柳先生から、今まででしたら一方的に痛みを与えられていただけでした。
ですが、全ての攻撃を全て受け止めることができました。
「ふむ。十分じゃな。対応できておる」
これまで柳先生が行ってきた攻撃を、私が受け止めることができていませんでした。それは私が悪かったのですね。柳先生は、惚けた様子など一切ありません。
「行くぞ。今より三つの技を見せる。受け止めよ」
それは柳先生が、見せた一瞬の輝きに思えます。
一つ目が刺突の発展系。
回突、それは足から腰、全身を捻らせるように右手一本に全ての体重を乗せて放つ一撃は受け止めきれないと判断して受け流しました。
「ふむ。よくぞ受けた」
もしも、ミズモチさんが変身して強度をアップさせてくれていなければ、折りたたみ杖の本来の強度では折られていたと思います。
「すみません。杖を代えます」
ミズモチさんにこれ以上負担をかけたくありません。
私は黒杖さんを取り出して構えます。
「ふむ。ならば次じゃ」
次は、連携技でした。
突き落としからの変化を無数に変える杖術の変化を見せられます。
「オロチ!」
それは右から来ると思えば下から来て、上から来ると思えば斜め下から現れる。杖の頭が無数の蛇のように変化をつけて襲いかかってくる。
私は常の型を維持して、迫る杖を必死に受け止めました。
変幻自在に使われる杖とはこれほどまでに自由に使える物なのでしょうか?
「ぐっ!」
「ふむ。よくぞ受けたのぅ。次で最後じゃ」
息つく暇もなく、最後だと放たれた一撃は全く見えませんでした。
気づいた時、私は床に倒れていました。
五メートルは離れた場所に倒れている私。
ヨボヨボな柳先生に私を吹き飛ばす力があるのでしょうか? 巨体の私を吹き飛ばすことができる原理が全くわかりません。
「ガハッ!」
胸に感じる痛みと呼吸困難に陥る苦しみで何度も咳をしました。
「ふむ。見事じゃな」
私を見下ろす柳先生には、鋭さや威圧はなくなっていました。
優しそうに倒れた私を見つめる、杖をついたお爺さんがそこにはいました。
「今の技を持ってお前を免許皆伝とする」
「えっ! 私は全く見えませんでしたよ?」
「いいや、お主は反応しておったよ。だからこそ、そこまで飛んでおり今お主は生きておる」
「はっ?」
「今の技、夢幻はそういう技なのじゃよ。ワシは主を殺そうとした。もしも、反応できていなければ主は死んでおった」
驚愕の事実に私は呆然としてしまいます。
「フォフォフォ。阿部秀雄よ。貴殿がワシにとっての最後の弟子じゃ。そして、唯一ワシの技を全て受け継いだ弟子でもある。ワシは本日で任期を終えることが決まっておる。あとは、自宅でのんびり過ごすつもりじゃ」
「柳先生……やっぱり」
「ワシはボケとらん!」
「何も言ってません」
「むっ、そうか?」
「本日の柳先生は、気迫も凄くて私ではまだまだ先生の領域まで達していないと思いました。本当に今までありがとうございました!」
私は苦しみと痛みはあるものの、必死に立ち上がって頭を下げました。
「先生の教えに従い精進いたします」
「うむ。頑張れよ」
そう言って去っていく柳先生の後ろ姿はとてもカッコよく見えました。
春は出会いの季節でもありますが、別れの季節でもあるのですね。




