情緒を知りなさい
シズカさんから受けた衝撃は、これで二度目です。
一度目は、冒険者ギルドでスノーベアーの雪山に行く前でした。
そして、本日で二度目です。
二度も若い女性がオジサンにキスをするでしょうか?
これは私の勘違いではなく………
本当に命を助けられたことで、シズカさんは私のことを?吊り橋効果と言う言葉を聞いたことがあります。
危険な状態で、頼りになる異性に助けられたことで、そのときのドキドキを恋愛と勘違いしてしまうというあれでしょうか?
「ミズモチさん」
【進化ミズモチさん】『ヒデ~』
ミズモチさんは、そっと近づいて私の膝へと乗ってくれました。
こんな夜遅くにダンジョンに行くこともできません。
気持ちを発散したいと思ってもどこにも行けないのです。
ミズモチさんを抱きしめて、気持ちを落ち着けようとしました。
だけど、心臓が痛い位にドキドキして、20も歳が下の女性に私は恋をしてしまったのでしょうか?
いやいやいやいや、そんなことあり得ません。
だって、スキンヘッドです、ハゲで髪が生えてこないのです。
薬も飲みました。マッサージや髪を生やすのにいいということはもうほとんどしました。
ですが、全て効果が無くて、諦めたんです。
そんな未来の無い私に………女優さんのように綺麗な顔をしたシズカさん。
私のような平凡で冴えないサラリーマンを好きになるなど、夢を見てはいけないのです。
「でも、二度もキスをしてくれました」
ギュッとミズモチさんを抱きしめました。
ミズモチさんがプルプルと震えております。
強く抱きしめ過ぎました。
手を緩めて、優しく抱きしめ直します。
「ミズモチさん。ごめんなさい」
【進化ミズモチさん】『ヒデ~いいよ~』
プルプルスベスベのミズモチさんを抱きしめていると、凄く癒やされます。
「今日はたくさんのことがありました。三島さん、カオリさん、ユイさん、ハルカさん、白鬼乙女さん、シズカ………さん」
シズカさんのことを思い出すと、どうしても顔が熱くなります。
「あっ、皆さんにお礼を返さなければ」
ホワイトデーなど待っていられません。
すぐにでもお礼を言って返したいです。
そう決意して、シャワーを浴びることにしました。
二月ですが、水シャワーで頭を冷やします。
そうしないと身体を冷やすことができないほど、頭が火照ってしまいました。
次の日に、用意出来たクッキーを三島さんとカオリさんに渡そうとランチが終わってから近くのデパートへ行って買って帰ってきました。
丁度、ランチから帰ってきた三島さんが、ショールームで一人でした。
三島さんにクッキーを持参します。
「あの、三島さん。昨日はありがとうございました。これ、お礼のクッキーです」
「えっ?チョコのお礼?今日?」
三島さんは、私が渡したクッキーを見て驚いた顔をしております。
私は生まれてから、これまでバレンタインにチョコなど貰ったのは母ぐらいです。
何か間違えたでしょうか?
「阿部君。カオリちゃんには渡してないかしら?」
「えっ?はい。今、買ってきたばかりなので」
「そう、なら良かったわ」
三島さんは立ち上がって、カオリさんがいる事務所とは反対の通路へと私を連れて行きました。
「絶対に、今日お礼をするのはダメよ」
「えっ?」
「ハァ~鈍感だとは思っていたけど、朴念仁ここに極めりね。さすがにこれは年長者として、女として注意させてもらうわね」
そういって、三島さんは私へズイッと近づいて壁ドンをしてきました。
「情緒ってもんを知りなさい!!!」
「えっ?えっ?情緒?ですか?」
「そうよ。バレンタインはね。女性が男性へ気持ちを伝えるイベントなの。最近はお返しが大変だからって、義理チョコの風習すら廃れつつあるけど。だけど、本来は好きな男性に女性からチョコを渡して、あなたへ好意がありますよってお伝えするものなの!わかる?」
三島さんの顔はA級モンスターのビッグブラックベアーよりも迫力があります!
「えっはい。形式は………なんとなく」
「なら、その答えを言うタイミングも決まっているでしょ!」
私は3月14日のホワイトデーを思い浮かべました。
「一ヶ月間、もどかしくも互いに意識し合って気持ちを募らせるのよ。そして、断るにしても気持ちを受け入れるにしても、相手への誠意を物として返すの。それは気持ちを受け止める誠意を込めるのか、それともお礼をとして物を渡すだけなのか」
ギラリと三島さんの目が光りました。
「今日返すってことは相手の好意を踏みにじる一番最低な行為よ!それが例え義理でも最低なの!情緒を知り、チョコをくれた相手の気持ちを本気で考え、そして答えを出しなさい!」
情緒を知り。
チョコをくれた相手の気持ちを考え。
私の答えに誠意を込めるのか考える一ヶ月間。
私は、バレンタインがそんなにも大事なイベントだと知りませんでした!!!