13. 西郷隆盛
歴史が好きな『モトヤ』と『ソウマ』の何気ない日常。
また『モトヤ』がズレたことを言っているので『ソウマ』が困っています。
こっそり...聞いてみましょう。
【ソウマ】お前さ……
【モトヤ】あ、どうも。
【ソウマ】いや「どうも」じゃなくてさ、なんでその格好？ 着物に雪駄履いて犬連れて……時代劇の帰り？
【モトヤ】ああ、これ？ 俺、今日から西郷隆盛として生きていくことにしたんだ。
【ソウマ】は！？ ちょっと待て、お前が今日から西郷隆盛！？ 何言ってんの？
【モトヤ】いや、最近さ、人生に迷いが出てきてさ。一念発起して偉人の生き方を見習おうと思ったんだよ。
【ソウマ】いや極端すぎるだろ……で、西郷隆盛を選ぶ？
【モトヤ】そう。先月NHKの大河ドラマ『西郷どん』を全話一気見したら感動しちゃってさ。思わず「おいもこん男になりもす！」って叫んだんだ。
【ソウマ】ちょっと何言ってるかわかんないです…言ってるそばから鹿児島弁出てるよ！ 感化されすぎだって！
【モトヤ】もう心は薩摩藩士だから。
【ソウマ】現代によみがえった薩摩藩士!? タイムスリップしてきた人かな？
【モトヤ】違う違う、そういうコントじゃない。俺は本気で西郷隆盛の生き様を実践してるの。
【ソウマ】実践って…具体的に何してんだよ。
【モトヤ】まず衣食住を西郷さんに寄せてみた。
【ソウマ】衣食住？
【モトヤ】衣――つまり服装はご覧の通り！ 袴に刀差して、常に犬を連れて歩く。
【ソウマ】確かに西郷っぽい格好だけどさ…現代でそれやるとただのコスプレだからな？
【モトヤ】コスプレじゃない、本気。毎朝この姿で近所を散歩してるけど、最近は観光客が記念撮影してくれるよ。
【ソウマ】銅像と間違われてるのかお前？ 生きてるよな？ 動け？
【モトヤ】「動く西郷像」としてちょっとした名物になりつつある。
【ソウマ】変な知名度得てる！ 勝手に観光スポットになるな！
【モトヤ】そのうち区役所から依頼が来るかも。「公式西郷どん」として。
【ソウマ】来ねーよ！ 公認の着ぐるみじゃないんだから。で、衣はいいとして…食と住は？
【モトヤ】食事は薩摩の食文化を取り入れてる。毎朝の朝食はさつま揚げと芋焼酎。
【ソウマ】朝から芋焼酎！？ アルコール摂取が早朝！ お前、それただのアル中予備軍だから！
【モトヤ】薩摩の侍たちはそれくらい豪傑だったんだよ。俺もそれくらいで丁度いいの。
【ソウマ】令和の世でやるな！ 朝から焼酎なんか飲んでたら人としてダメになるわ！
【モトヤ】心配ご無用、今のところ体調は絶好調だ。むしろ酒が切れると震えが…
【ソウマ】完全にアル中の症状！ ダメになってるわ！
【モトヤ】住居はね、床の間に西郷さんの肖像画を飾って毎朝拝んでる。あと家の門に「西郷屋敷」って表札も出した。
【ソウマ】イタすぎるだろそれ…近所ドン引きだわ！ 郵便屋さん困惑するぞ！
【モトヤ】ちゃんとカッコで旧姓も書いてあるから。
【ソウマ】モトヤって書いてんのかよ！ 二重生活か！
【モトヤ】完璧だろ？
【ソウマ】どこがだよ！ 服装といい生活スタイルといい、近所では変な人認定されてるぞ。
【モトヤ】最近マンションの管理人さんに「あだ名が西郷さんになってますよ」って教えられた。
【ソウマ】だから誇らしげに言うな！ 完全にイロモノ扱いだよ！
【モトヤ】でもさ、やっぱり本気でやるなら周囲の目なんて気にしてられないよ。
【ソウマ】まあ好きにすればいいけど…で、その犬は？
【モトヤ】あ、この犬？ こいつは「ツン」って名前なんだ。
【ソウマ】ツン？ 珍しい名前だな。
【モトヤ】西郷さんが可愛がってた愛犬の名前がツンなんだよ。
【ソウマ】いやマニアック知識！しかも自分の犬にも同じ名前つけたの？
【モトヤ】そう。だから俺とツンで常にセット。西郷さん＋ツン＝最強コンビ。
【ソウマ】いやいや、人と犬のセットでコンビ名みたいに言うな！ 漫才師じゃないんだから。
【モトヤ】この前も上野公園の西郷像の前でこの犬と同じポーズで写真撮ったんだ。飼い主さん達に拍手喝采だったね。
【ソウマ】絶対嘘だろ！ どんな光景だよそれ。てか犬は嫌がらないのか？
【モトヤ】大丈夫、大人しいから何されても「モウイイヨ…」って顔してる。
【ソウマ】犬なりに呆れてんじゃねーか！ お前に付き合うの。
【モトヤ】ツンもきっと「こいつほんとに西郷と思ってんのかワン？」って思ってるだろうな。
【ソウマ】自覚あんのかよ！ 犬にも心配されるレベルってことだぞ。
【モトヤ】まあ聞けって。衣食住は整えたから、次は言動を西郷化してる。
【ソウマ】言動まで？ お前普段から結構デカい声だけどさ。
【モトヤ】挨拶は「チェストー！」って言うようにした。
【ソウマ】叫ぶな突然！ 「チェストー！」は薩摩示現流の気合だろ、それ！ 挨拶じゃないから！
【モトヤ】近所でも会う人ごとに朝は「チェストー！」って挨拶するんだ。
【ソウマ】近所迷惑極まりないよ！ 急に叫ぶなって苦情来るぞ。
【モトヤ】それから語尾も「～でごわす」に変えてみた。
【ソウマ】急に殿様口調！ お前侍キャラが渋滞してんぞ！
【モトヤ】「～でごわす」は西郷さんというより薩摩藩士の一般的な喋り方らしい。
【ソウマ】いや詳しいな無駄に。で、実際言えてんの？
【モトヤ】もちろん。「拙者、腹が減ったでごわす！」とか日常で言う。
【ソウマ】言うのかよ！しかも腹減った程度で武士アピールすんな！
【モトヤ】家族にも敬語は廃止した。「おはんはもう飯は食ったか？」とか話しかけてる。
【ソウマ】家族ドン引きだろ！ 突然江戸時代の人になった父ちゃん嫌すぎるよ！
【モトヤ】子どもには「西郷パパ」と呼ばせてる。
【ソウマ】子どもも巻き込むな！ かわいそうに学校で変な噂立つぞ！
【モトヤ】PTAで有名になった。「あそこの家、西郷さんがいるらしい」って。
【ソウマ】完全にイロモノ一家だよ！ 近寄りづら！
【モトヤ】そして座右の銘も取り入れてる。「敬天愛人」って額を床の間に掛けた。
【ソウマ】まあいい言葉だけどね。天を敬い人を愛せよ、だっけ。
【モトヤ】そう。だから毎朝天を仰いで拝んでから、すれ違う人全員に抱きついて愛を表現してる。
【ソウマ】やめろ変質者！ 警察沙汰一直線だそれ！ 抱きつかれた人トラウマなるわ！
【モトヤ】ちゃんと「敬天愛人でごわす」って言いながらやってるから大丈夫。
【ソウマ】大丈夫じゃない！ 標語唱えながらハグしてくるおっさん怖すぎるから！
【モトヤ】やっぱ有言実行が大事かなと。
【ソウマ】方向性間違ってんだよ！ 愛人ってそういう意味じゃないからな！
【モトヤ】天も敬ってるしバランス取れてるでしょ。朝は太陽に手を合わせてる。
【ソウマ】太陽拝んでんの!? 近所で「あの人太陽崇拝してる…」って噂だよ絶対。
【モトヤ】神々しくていいだろう？
【ソウマ】勝手にやれよもう…で、他には何してんの？
【モトヤ】あと西郷さんといえばやっぱり「狩り」と「戦」だよね。
【ソウマ】物騒なの出てきたな！ 狩りと戦は現代じゃアウトだぞ！
【モトヤ】いや狩りって言っても、近所で野良猫を…
【ソウマ】絶対ダメ！！ 飼うほうにしろよ！ 何とらえようとしてんだよ！
【モトヤ】冗談冗談。さすがに猫は捕まえないでごわす。
【ソウマ】キャラブレブレだなおい。ってか動物愛せよ！ 敬天愛人どこいった！
【モトヤ】戦の方は、一応いつでも蜂起できるように同志集めを…
【ソウマ】やめとけ！ 通報されるわ！
【モトヤ】隣町の歴史好き仲間と「薩摩同志会」ってLINEグループ組んだ。
【ソウマ】現代的な通信手段使うなよ！てかLINEかい！ 普通にSNS使ってんのかよ！
【モトヤ】やっぱ便利なもんは取り入れないとさ。
【ソウマ】なんか現代に適応してんのかしてないのか中途半端だな…。
【モトヤ】一応グループ内で俺は大将。他のメンバーも西郷軍の参謀役に任命した。
【ソウマ】勝手に役職決めんな！ 痛い集団だなおい！
【モトヤ】いざとなったらこの同志たちと戦に挑む覚悟でごわす。
【ソウマ】どこで戦う気だよ！ 現代日本に戦なんてねえから！ せいぜいサバゲーにしとけ！
【モトヤ】サバゲーじゃ生ぬるい。やるなら本気の乱を…
【ソウマ】思想が危険！ 歴史に影響受けすぎて過激派になってるよ！
【モトヤ】大丈夫、まだ竹刀しか買ってないから。
【ソウマ】竹刀！？ 刀じゃなくて竹刀？ 微妙に平和！
【モトヤ】まずは形からと思って。
【ソウマ】そこは刀じゃないのかよ！ 急に腰引けてんじゃねーか！
【モトヤ】やっぱ銃刀法あるしさ、本物はまずいでしょ。
【ソウマ】いや現実的配慮！ 変なとこ冷静だな！
【モトヤ】だから竹刀で居合いの練習してるんだ。目指せ人間離れした斬撃！
【ソウマ】何目指してんだよ…てか西郷さん剣豪じゃないだろ別に！ ずれてんだよ！
【モトヤ】そろそろ愛犬のツンにも戦闘訓練積ませようかと。
【ソウマ】犬を巻き込むな！ 犬は戦わせるなよ！
【モトヤ】じゃあ俺一人で特攻するしか…
【ソウマ】やめとけ悲劇しか生まれん！
【モトヤ】俺が討ち死にしたら、お前頼むぞ。
【ソウマ】何を？
【モトヤ】俺の首を胴体から…
【ソウマ】やらんわ！ 誰が介錯するか！ 何頼んでんだお前！
【モトヤ】西郷さんの最期もそうだったからさ。
【ソウマ】知らんけども！ 真似すんなそんなところ！ 縁起でもない。
【モトヤ】武士としては本望でごわす。
【ソウマ】現代人としては本望じゃないの！ 家族泣くぞ！
【モトヤ】もし俺が死んだら写真撮ってSNSに「#西郷どん散る」とかタグ付けて広めてくれ。
【ソウマ】絶対嫌だよ！ 何その遺言！ てかハッシュタグつけるな縦書きの時代に！
【モトヤ】あ、時代錯誤か。
【ソウマ】全部時代錯誤だわ！ もうわかったから落ち着け！
【モトヤ】なんだよ。
【ソウマ】お前の気持ちは十分伝わったけどな、西郷さんってのはそんな軽いノリで真似してどうこうって人じゃないの。
【モトヤ】いや俺は本気だって！
【ソウマ】本気なのは伝わるよ。でも歴史上の偉人の生き方を現代に持ち込んでもうまくいかないこともあるだろ？
【モトヤ】それは…まぁ多少は壁にぶつかってる。
【ソウマ】だろ？ ゴミ出しトラブルに命賭けることないのよ。
【モトヤ】隣の家の不燃ゴミルール違反は見過ごせなくて…
【ソウマ】通報で十分！ 刀持って乗り込むな！
【モトヤ】刀じゃなく竹刀だよ。
【ソウマ】竹刀でもやめろ！ 十分怖いわ！
【モトヤ】でも俺が正さねばこの地域のモラルは…
【ソウマ】お前一人に託されてねえよ地域の未来！ 大丈夫だから！
【モトヤ】そっか。
【ソウマ】そうだ。それに西郷さんは西郷さん、お前はお前だ。無理に同じ生き方しなくても、お前にはお前の良さがあるだろ。
【モトヤ】俺の良さ？
【ソウマ】そうだよ。例えば…んー…まぁ今は思いつかないけど…探していけよ自分の道を！
【モトヤ】無責任だな！ そこ考えといてくれよ！
【ソウマ】知らねーよ！ とにかく他人になろうとすんな。歴史に学ぶのは大事だけどさ、時代に合った生き方ってもんがあるから。
【モトヤ】うーん、そうかな。
【ソウマ】そうだよ。だからその格好もそろそろ脱いで、犬の名前も普通にポチとかに戻してさ。
【モトヤ】え、ツン気に入ってるのに。
【ソウマ】犬は名前より散歩とか餌を気にしてるから！ 絶対わかってないよその由来。
【モトヤ】うちの犬、歴史に詳しいかもしれないだろ？
【ソウマ】どんな犬だよ！ いねーよそんなの！
【モトヤ】でも生き様はともかく、西郷さんの心意気は見習いたいんだよなぁ。
【ソウマ】まあそれはわかるけどさ…その心意気を普通の形で活かせよ。無茶するな。
【モトヤ】普通の形かぁ。つまんないんだよなぁそれ。
【ソウマ】贅沢言うな。充分目立ってるから。
【モトヤ】分かった、じゃあちょっと休むわ。
【ソウマ】休む？
【モトヤ】西郷隆盛として生きるの、ちょっと小休止。
【ソウマ】おお、まあそれがいい。そのまま普通に戻れよ？
【モトヤ】でもまたいつ火がつくかわからないけどね！
【ソウマ】いや戻れ！ 完全に戻れ！
【モトヤ】次はそうだな、織田信長とかも…
【ソウマ】範囲広げるな！ 別の偉人に乗り換えるな！
【モトヤ】ダメか。
【ソウマ】ダメだよ！
【モトヤ】じゃあやっぱり西郷さんで…
【ソウマ】いい加減にしろ！…じゃあ最後に一つ言わせてくれ。
【モトヤ】お、俺への呼びかけか？
【ソウマ】呼びかけじゃねえよ！ 今の「さいご」は終わりの方だ！ ややこしいな！
【モトヤ】紛らわしかったか？
【ソウマ】お前がややこしくしてんだよ！ …もういいわ。どうもありがとうございました。
ありがとうございましたー！！！！
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