第3章:ゲームセンターでの出会い
ショッピングモール内に併設されているゲームセンター。モール自体が閉まろうとも、ここだけは騒々しく煌びやかだ。
予備校帰り、和哉はひとりでこの場所へとやってきていた。
誘うように輝く筐体の明かり。心躍らせるゲームミュージックの洪水。そして、人の気配を感じながらも、干渉はされない気楽さ。
そのどれもが、和哉の心を癒やしてくれる。
(優等生としては失格かもしれないけれどね……)
体調を案じてくれた光志郎のことを思い出すと、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。
だが、少しくらいなら、趣味を楽しんでもいいのではないだろうか。
和哉の中に溜まっている疲労は、肉体的というよりは精神的なもの。
好きなことをすることが、一番の回復になるはずだ。
「ちょっ……なんでそこで落ちるのよおおおお!」
ジャラリと手のひらの中で硬貨をもてあそびながら、和哉は無言でとある少女を見つめ続けていた。
ゲームセンターに置いてあるものの中でも、和哉は特にクレーンゲームが好きで。
どの台に挑戦しようかと見て回っているうちに、思わず足を止めて見てしまう光景に出くわしたのだ。
「だーかーら! どうしてもっとホールドできないのよ!?」
自分とさして年の変わらなさそうな少女が、ひとつの台を占拠していた。
しかも、かなり熱中しているらしく、独り言がやたらに大きい。
さらに言うならば、先ほどからずっと和哉が見ていることにも、まったく気づいていない様子だった。
「あっ、ちょっとズルくない? 今、絶対に引っかかったわよね? なんで動かないのよ!?」
台に拳を打ち付けて悔しがる少女。背まで伸びた銀の髪がサラリと揺れた。
(あんまりクレーンゲームやったことないのかなぁ……あの子)
その姿は、一度見たらそうそう忘れなさそうなくらいに華やかだった。
気が強そうな顔立ち。ゆるくウェーブがかった銀の髪。肌は抜けるように白い。華奢だがメリハリのある身体を包むのは、赤いキャミソールワンピース。
そして何よりも目を惹くのは、鮮血のように赤い瞳。
(観光客、かな? こんな目立つ美人、一度見たら忘れないだろうし)
それなりの頻度でこの店に通う和哉だが、この少女は見かけた憶えがない。
観光客なのだろうか、などと頭の隅で思いつつ、和哉は硬貨を握りしめる。
(ゲームを楽しんでるみたいだし、細かいことはどうでもいいか)
ややあって、少女は台から離れた。
「きょ、今日はこのくらいにしておいてあげるわ」
悪役めいた捨て台詞。しかし、未練はあるようで、少し離れた位置から、景品のぬいぐるみを恨めしそうに見つめている。
(一体何がそこまで気に入ったのやら)
少女が未練がましく見つめているのは、白猫を模した、大きなぬいぐるみ。
ひと抱えもあるそのぬいぐるみは、サイズこそ珍しいものの、景品としてはありふれたものだ。
(そんなに欲しがる物とも思えないけど……)
和哉は鞄が落ちないように肩にかけなおすと、ようやく空いたその台に歩み寄って硬貨を投入する。
背中に少女の視線を感じたが、気にしないことにした。
(今のを全部見なかったことにして、別の台にしてもよかったんだけど)
和哉は様々な方向から台をチェックして、景品の位置を確認する。
(でも、あの子は相当つぎ込んだだろうし)
この店には通い慣れているので、だいたいの感覚は掴んでいる。
指先を宙で軽く動かしてから、機体のボタンを押し込んだ。
(こういうゲームなんてつまらない、とか、嫌い、とか思って欲しくないしなぁ)
こんなもんかな、と思いながらクレーンの位置を調整して、ボタンから手を離す。
クレーンがぬいぐるみの頭を掴む……が、すぐにストンと落としてしまった。
「あっ!」
少女が声をあげる。おかしくて少し笑いそうになるが、和哉はぐっと我慢して硬貨を追加投入する。
そして再びボタンを押して……。
「なんでそんな……ああ、やっぱりまた失敗してるじゃない」
ブツブツと少女は文句を言いながらも、ずっと和哉のチャレンジを見つめている。
本人は喧噪に紛れてるつもりなのかもしれないが、少なくとも和哉の耳にはキッチリと届いていた。
(取れなかったのがそんなに悔しかったのかな?)
少女の小言を適度に聞き流しながら、和哉は挑戦し続ける。
何度か操作して、景品の位置を徐々に調整していって、そして。
アームはがっちりとぬいぐるみを掴み―――落し口へと運んでいった。
「わぁ……!」
ぬいぐるみが落し口へ落ちて行くのを見て、少女は歓声を上げる。
和哉は慣れた手つきでぬいぐるみを取り出すと、笑いを堪えながら少女の方へと歩み寄った。
「はい、あげる。これ、狙ってたでしょ?」
和哉がぬいぐるみを差し出すと、少女の赤い瞳が見開かれた。
「そ、そう、だけど……」
一度景品に目を落としてから、和哉の顔を見上げ、少女は「でも」と口ごもる。
「僕は取るまでの行程が好きで、もう十分に楽しんだから」
何となく取ってみようかと思っただけの自分。
欲しくてしょうがないといった顔をしているこの子。
このぬいぐるみにとって、どちらの手にある方が幸せかといったら、間違いなく後者だろう。
「家に持って帰っても、遊んでたのが親にバレて面倒なんだ。
それに、僕の部屋は割とこういうのでいっぱいで、置き場がなくて。
君さえよかったら、もらってくれないかな?」
少女に気を遣わせないため、和哉はそれっぽい言い訳を並べてみた。
「うん……」
和哉の言い分に納得したらしく、少女は抱えるようにしてぬいぐるみを受け取った。
「ありがとう」
花がほころぶように、少女が笑った。
例えるなら、野に咲く雛芥子の花。
頬を染め、大事そうに抱きしめるその姿は、可憐の一言に尽きる。
「…………」
幼子のように素直で、無邪気で、愛くるしいその姿。
和哉は目を奪われ、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「あっ、そ、そうだ、お代を」
少女はにわかに慌てだした。
どうやら取るのにかかった費用を渡したいらしい。
ただ、受け取ったぬいぐるみが大きくて両手が塞がってしまい、財布が出せずに困っている。
「別にいいよ。さっきも言ったけど、僕は取るまでの流れを楽しんでるだけだから」
軽く咳払いをして気を取り直し、和哉は何てことない風に言ってのけた。
君の反応を楽しませてもらったから、お代は別にいい……なんて本音は口にしちゃいけない。それくらい、和哉も理解している。
「お代はいらない。ただ、その子のこと、大事にしてくれたら嬉しいかな」
これ以上の会話は野暮というものだろう。
用件は済んだと言わんばかりの態度で、和哉は踵を返した。
「ま、待って。あ、あのね?」
「うん?」
少女に呼び止められ、和哉は軽く振り返った。
「……これ、絶対かわいがるから。本当に、ありがとう」
少女はぬいぐるみをギュッと抱きしめなおした。
「どういたしまして。じゃあね」
和哉は少女に向けてヒラリと手を振ると、ゲームセンターを後にしたのだった。