第66話 変な信じ方
手負いの存在とはいえ、襲い掛かる敵はBランクモンスターの鬼熊。
油断すれば一撃であの世へ送られてしまう。
そんな状況下でギールは……なんと、動きながらの魔法発動の特訓を始めた。
(はっはっは!! 我ながらバカなこと始めたもんだ!!!)
ギールは土魔法、鋼鉄魔法、毒魔法に雷魔法と……一般的には考えられない種類の属性魔法スキルを敵から奪い、我が物にしている。
それらの属性魔法スキルを持ちながら、接近戦の腕だけを磨くのは、非常に勿体ない。
(足場を気遣いながら、魔法を発動するのは……かなり厳しいな! クソッ!!!)
慣れないことを実戦で特訓するギールの顔には、確かに笑みが浮かんでいた。
その笑みは、頭のネジが一つ外れた時に浮かび出る特有の笑み。
ギールが元々頭が狂った存在だった……と言う訳ではない。
この笑みに関してはギールだけではなく元パーティーメンバーのレオル、リリーにミレイユやテオン、クリスタですら浮かべたことがある。
「チッ!! やっぱり二つ同時は、無理がある、か!!」
土属性と鋼鉄魔法の攻撃魔法を同時発動しようとしたが、発動したのはメタルボールのみ。
攻撃失敗ではないが、中途半端な攻撃になってしまった。
「ふんっ!!!」
「ッ!!!???」
当然と言えば当然、竜戦斧にそれらの属性魔力を纏った斬撃を放つ。
鬼熊は雷の斬撃を非常に嫌い、大袈裟に回避する。
因みにだが、既にギールは土魔法と鋼鉄魔法、そして雷魔法を使用してしまっており、オルディ・パイプライブによって生まれた縛りの限界数に到達。
その事実は……毒魔法を使おうとしたギリギリのタイミングで気付き、縛りを破らずに済んだ。
(あっぶねぇ、あっぶねぇ。うっかり縛りを破るところだったぜ)
縛りを破ったところで、今回は特にペナルティはない。
ただ……現在戦闘中に鬼熊を相手に改めてオルディ・パイプライブは使用できない。
(そんな勿体ねぇこと、出来るかよっ!!!!!)
鬼熊は腕力強化の上位スキル、剛腕を有しており、それが今回の報酬。
所有スキルの中で腕力を重点的に強化スキルは持っていないため、ギールとしては是非とも手に入れたいスキル。
改めて気合を入れなおし、竜戦斧から放つ属性魔力の斬撃と初級魔法を動き回りながら放ち、鬼熊を攻める。
「ッ!! オオオォォオオオオオァアアアアアアアッ!!!!!」
それとほぼ同時に、鬼熊も完全に覚悟を決めた。
背中に負った傷を気にしている余裕は一切ない。
まずは目の前の人間を殺すことが最優先。
それからの攻撃は……非常に大雑把になるものの、威力は確実に一段階上がっていた。
「いっ!!??」
爪撃によって斬り裂かれるだけでは終わらず、思いっきり陥没した地面を見て、思わず変な声が零れてしまう。
(待て待て待て、この戦いの中で技術力が上がったのか!? そんな状態で!!??)
覚悟を決めた状態で……逆に冷静になれる者は、確かにいる。
しかし、鬼熊の場合は完全に闘志が超マックス状態になっているため、技術云々は一切考えずにギールを仕留めようと動いている。
だが……それでも現実問題として、鬼熊が放った一撃は綺麗に地面を陥没させる程の威力を集中させていた。
(あんなの食らったら、蟲甲殻を使ってても、死ぬかもな!!)
過程を想定するが、そもそも既にスキルを五つまで使用している為、蟲甲殻や効果は使用できない。
万が一のタイミングで疾風を使用して緊急脱出も出来ない……そんな状態でありながら、ギールは笑みを崩さなかった。
実際のところは既にアドレナリンが切れかけており、徐々に戦争開始から中盤まで感じていた恐怖心が戻ってきていたが、それでも無理に笑う。
笑ってる奴が一番強いから?
そんなポジティブな理由ではない。
ただただ……そうしていないと、鬼熊の圧にやられそうだから。
鬼熊はここに来て火を解放。
火爪となった強攻撃は確実にギールの精神をすり減らしていた。
(笑え、笑え!!!! 壁を、越えるんだら!!!!)
自身を鼓舞しながらも、決して冷静さを忘れず、初級魔法を放ちながら僅かな隙を生みだし、竜戦斧を叩きこむ。
「ッ!!!!????」
(今だっ!!!!!!!!)
戦闘が始まった当初と比べ、切傷の数が増え……より雷が体内を巡り、痺れさせるようになった。
当然、オーガウォーリアーの様に痛みなどを無視し、予測不可能な攻撃を仕掛けてくる可能性はある。
寧ろこういう場面でこそ、冷静さを発揮しなければならない。
それはギールも解っていたが……もう、魔力量がそんなに多くない。
マジックポーションを飲めば解決する話ではあるが、覚悟を決めている鬼熊がそんな行為を許すはずがない。
ギールは心臓を斬り裂く……つもりでダッシュ。
「グゥアアアアアアッ!!!!」
しかし、その動きを読んでいたかのように火爪によるクロススラッシュが迎え撃つ。
「ありがと、よっ!!!!!!」
「ッ!!!??? ギ、ァ」
雷による痺れを乗り越え、瞬時に攻撃を放った鬼熊の根性は、見事という他ない。
だが、少し判断が速過ぎた。
人間がモンスターを信じるというのは少しおかしいかもしれないが……ギールは偶に理解出来ない強さを見せるモンスターの底力を信じ、動いていた。
宙に飛んだギールは雷を纏った竜戦斧は心臓ではなく、頭部に向けて振り下ろした。
(さすがに、殺っただろ!!!)
フラグにも思える言葉を心の中で呟いてしまうが、見事に回避。
脳天に竜戦斧を叩きつけられた鬼熊は完全に力尽き、地面に倒れ伏した。
「…………っしゃ!!!!!!!」
周囲のことなど気にせず、思いっきり吼えた。
一人で手に入れた功績を噛みしめた。
幸いにも火爪によって森林火災が起きていないため、勝利の余韻に浸っても問題なかった。
「はぁ~~~、つっかれた~~~~~」
緊張の糸が完全に切れ、その場で大の字で寝転がる。
その顔は達成感に溢れた良い笑顔が浮かんでいた……だが、徐々に渋い表情に変わっていく。
「……薄々解ってたが、ダメだったか」
鬼熊とタイマン勝負を行った本人であるギール的には、殺されてもおかしくない……紙一重の場面が何度かあった。
しかし……どうやら、今のギールにとって鬼熊のソロ討伐は、壁を越えるに相応しい功績ではなかった。
それはそれで致し方ないと思いながら、斬り刺したままの竜戦斧を抜きに向かう瞬間……言葉で言い表せない恐怖感が背後から襲い掛かる。




