第59話 もう突っ込んでしまってる
「やぁ、吞んでるかい?」
「アミーディオさん……美味しく頂いてます」
大先輩たちの奢りということもあり、当然二次会であるバーでの吞みにも参加している。
「あの……奢ってもらえるのは嬉しいんですけど、大丈夫なんですか?」
「お金のことかい? それなら大丈夫だよ。また明日から冒険者らしく頑張れば良いだけだからね」
吞んで食ってと騒げば、当然金は消えていく。
現在アミーディオたちの懐には、冒険者が生きていく中で……一週間ほどしか過ごせない金額しかない。
ここまで吞んで食って、後輩に奢ったりすれば、底を尽くのも時間の問題。
「……強いですね」
「それはこちらのセリフだよ。大金を持っているのは、冒険者の強さを証明する一つの要素。そして君は……どうやら過去に数回、Bランクのモンスターを倒してるらしいじゃないか」
「運が良かった、もしくはその時一緒に戦っていた仲間に恵まれていただけですよ」
「ふむ。それが全て嘘だとは思わないけど、やはり君は謙虚だ」
ギール(タレン)は根っから謙虚な性格なのではない。
単純に大先輩を目の前にしてるからこそ、自然とそういった態度になってしまうだけである。
「…………そうまでして、倒したい相手がいるのかい?」
「ッ……」
喉を詰まらせて黙る。
それが答えを表していた。
「そう警戒することはない。冒険者にとって、倒したい相手がいるというのは、寧ろ至極当然だろう。私も、負けたくない相手というのは多かった」
「えっと……今は、いないんですか?」
「そうだな。疎遠になってしまった、音信不通。もしくは亡くなってしまった……そういった事情で負けたくないという気持ちを強く抱く者たちは減っていった」
冒険をしようと……強くなろうと臨み、実行しようとすればするほど死のリスクが高まる。
冒険者たちにとって周知の事実だが、だからといって安全に安全にとリスクを取らない行動ばかりしていれば、何も現状は変えられない。
「逆に、守りたいと思う奴が増えたな」
「……本当に、大先輩って感じですね」
「そんな大層な者じゃないよ。話を戻すけど、私は君の目標を止めようなんて考えてない。そこは安心してほしい」
百戦錬磨の経験を持つアミーディオ・シュルパート。
その瞳に殺意が宿っているか程度であれば、見るだけで解る。
「個人的には、これからも君が一人で行動するのが心配だけどね」
「心配してくれるのは嬉しいですけど、固定のパーティーで行動するのは……性に合わないんですよ」
「私の知人にも何人かそういう者たちがいる。まぁ……総じて、彼らは強い。勿論、ギール君もね」
「……ありがとうございます」
憧れ……話しかけるなど畏れ多いと思っていた大先輩からの褒め言葉。
嬉しくない訳がなく、頬が緩む。
「私たちはまだディーディアに残る。何か困ったことがあれば、声をかけてくれ」
「分かりました」
おそらく、目の前の青年は謙虚な言葉を口にする様に、自分を頼ることはない。
それでも……青年の危うさを感じてしまったが故に……いつでも自分を頼ってくれと、言わざるを得なかった。
その日から、ギールもギールでこれからの資金を集め始めた。
収納系のマジックアイテムが増えたこともあり、持ち運べる量が増えたので、以前よりもギルドで多くの素材や魔石を売れる。
とはいえ、珍しいモンスターと遭遇して無事に討伐し、得た素材や魔石は技術者たちの直接売っていた。
(割と溜まってきたけど、まだブラックマーケットに足を運ぶには早いな)
雷魔法のスキルブックを消費して雷魔法を習得。
霊化の効果が付与された指輪を身に付け、実戦でどれぐらいのタイミングで使用すれば良いのか……一日一度しか使えないが、数日でマスター。
しかし、雷魔法に関しては……完璧に使いこなすまでには、まだまだ時間がかかる。
(俺の戦闘スタイルを考えれば、体に雷を纏えるだけで十分な強化と言えなくもないけど……やっぱり、高威力の魔法をぶっ放すのはロマンだよな)
幸いにも竜魂の実を食べた影響で、魔法職でもないのに魔力量はかなり多い。
練習するには困らないが……何度か木を焼いてしまい、森林火災を起こしそうになった。
(つか…………絶対に見られてるよな)
森の中で冒険者活動を行っている時、どこからか見られているのを察知。
とはいえ、今のところ襲ってくる気配はない。
嗅覚強化で匂いを察知出来たため、見られているというのは、ギールの勘違いではない。
(ディーディアに来てから、面と向かって喧嘩はしてない。恨みを買ったかもしれない場面は……やっぱりオークションだけだよね)
心当たりはある。
しかし、オークションで競り合った相手に恨みを持つなど、逆恨みも良いところ。
(霊化の効果が付与された指輪、雷魔法のスキルブック。これらは確かに貴重なアイテムではあるけど、貴族や豪商ならまた別の機会で良いやってなるはず。となると……シール・サーブレットの一件か)
アミーディオは後一手の差で、とある人物との競合いに負けた。
(そんなにあの子を抱きたかったのか? 確かに良い体してて、顔も人形みたいにレベル高過ぎだったけど……まだ十五超えてないよな?? 世の中にはそういう年齢ぐらいの人じゃないとムスコが立たないって人もいるらしいけど……)
面倒な予感が頭の中を埋め尽くす。
自分を監視している人物たちが、裏組織に属している様な輩たちであれば、即座に動ける。
丁度人を相手に雷魔法を使って視たいと考えていた。
手加減しなくて良いのであれば、本当に丁度良い実験相手。
しかし……これが貴族お抱えの部隊などであれば、少し話は変わってくる。
ギールに一切非はなくとも、残念ながらそういった話ではないんだよ、という話になる。
(……引いてくれるなら良し。襲い掛かってくれば、正当防衛として潰す。難しい事を考えてもしょうがない)
観察者たちに対する対応は決まった。
ギールとしてはこういった事で問題を起こしたくはなかったが、既に自分から首を突っ込んでしまった一件。
今更逃げ出すことは出来ない。
そして四日後……十体近くのオークと遭遇した、一人で性欲チョモランマな豚たちを叩き潰した直後、観察者たちがようやく動き始めた。




