第55話 あり得たルート
ギールが目を付けた指輪は、霊化の効果が付与された指輪。
一度使用すれば、一日チャージしなければ再度使用できないが、使用すれば体を数秒間、体を霊化することが出来る。
「もしかして、これから誰かを殺すつもりかい?」
「さぁ、どうだろうな。とりあえず、欲しいと思ったから買っただけだよ」
その言葉通り、今のところ殺すつもりはない。
(色々と嫌いなだけで、殺す程では…………もし、次会った時にクリスタの腹が膨れてたら、とりあえず殺意は芽生えるかも)
遥か昔に捨てた初恋であっても、未だ想う心は深かった。
その後もフラフラと役立ちそうなマジックアイテムなどを探すが、結局購入したのは一本のポーションのみ。
効果は飲むことで身体能力を超向上させる……ポーションと言うより、ほぼ劇薬。
一日一本使った程度であれば体に支障は出ないが、連日使用すると吐き気が現れ、一日に複数回使用すれば……人によっては意識不明に陥ってもおかしくない。
それでも、それ一本で戦況を覆せる効果を持っている為、お値段は……一本、金貨四十枚。
地上では購入するのに、冒険者であればランク制限があるほど、お金よりもまず先に強さを手に入れなければ購入できない。
とはいえ、以前ギールが購入した魔剣よりお値段が高い
(ふざけた値段してるよな……買ってしまったもんはしょうがねぇけど)
その日の買い物は終了し、夕食を食べ終えた後……ギールはルンルン気分でムフフなお店へ向かった。
「凄いな……他の都市じゃ、ちょっと考えられないだろうな」
ディーディアの歓楽街は他の街の歓楽街と比べて、非常に建物のつくりなどが豪華であり、その存在を一切隠そうとしない。
そしてギールが選んだ店は、チップを払って宿の店員に教えてもらったお店。
入店して直ぐ、情報提供してくれた従業員に感謝。
「あの子をお願いします」
「かしこまりました」
九十分コースでダークエルフの美女を選び、お部屋にご案内され……攻めたり攻められたりを繰り返し、ギールのムスコは無事にすっからかん。
既にお金は払っている為、部屋を出たらそのまま退店。
中々良い値段がしたのだが……シュバリエ時代の様に、懐を一々気にする必要はない。
(……まっ、これもあの時……本当に偶々竜魂の実を食べられたからだな)
ソロで行動しながらも、意外と同業者と一緒に行動する機会も多い。
本当に運だけは良い……そう自分を過小評価しながら、眠りにつく。
当然ながら、翌日は朝っぱらから遊びに行く訳にはいかず、情報収集がメインの仕事。
一部の店で売られているマジックアイテムは、ギールの要望に一応適う物があるが……いかせん、値段が微妙と思う物が多い。
しかし、オークションでは多くの優れた物……もしくは人が売りに出される。
中にはオークション側が詳細を理解していない物もあり、知識がない他者を出し抜ける可能性もある。
一般的な都市でも偶にオークションが開かれるが、欲望都市ではその規模と数、ペースが違う。
(……ついでに、まだ余ってる素材とかも売っておくか)
白蛇の素材はギルドで一部売ったが、まだ手元にそれなりの量が残っている。
その日は情報収集を行いながらも、腕が言い錬金術師にBランクモンスターの素材を少々売り、オークションの軍資金を稼いだ。
「やっぱり、七日後に開催されるオークションが一番良いかな~」
どのオークションに参加するかを考えながら夕食を食べ、その後……当然の様に娼館へ足を向けていた。
そして溜まった性欲をバッチリ吐き出した後の賢者モードの帰宅中、後方から野太い声が聞こえてくる。
「ぶっ殺されたくなかったらどけぇええええええッ!!!!」
「なるほど、確かに治安が悪いな」
後ろを振り向き、眼に入ってきた人物は……おそらく金貨、もしくは白金貨が入っているであろう袋を、更に後方から走ってくる者から奪った比較的大柄な男。
男は少々不衛生な匂いを垂れ流しており、一目で浮浪者と解る……が、意外にもその脚は速い。
(……ある意味、さすが欲望都市ってところだろうな)
「どけええええッ!!! クソガキ!!!!!」
目の前に人がいようとお構いなしに突っ走る盗人野郎。
他の通行人の様に避けるという選択肢もあったが、ギールは反射的に体を動かしてしまった。
「っと」
「ッ!!!??? がっ、ぶばっ!!??」
ゆっくり……ギリギリのタイミングで盗人野郎の突進を躱し、脚を引っかけた。
今、ここで逃げることに命を懸けていた盗人野郎にそれを回避する余裕などなく、盛大にすっ転び、顔面から地面に激突。
幸いにもカジノの警備員が後方から走ってきていたため、盗人野郎が起き上がる前に確保された。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……き、君」
「あの、まずは息を整えた方が」
「す、すまな、い。はぁ、はぁ、はぁ…………ふぅ~~~~。いや~、本当に助かったよ。君があの男を倒してくれなきゃ、今夜の勝ち額を全部盗まれてた」
「どうも」
金貨や白金貨が入った袋を持っていた男性が貴族だと直ぐに見抜き、ギールは失言してしまわない様に、口数を少なくするように心がける。
「これはあいつを捕まえてくれた礼だ」
「ありがとうございます」
男性がギールに渡した額は、金貨数枚。
なんとも太っ腹な臨時報酬。
「クソッ!! 離せよ!! 離せつってんだろ!!!! 金が、金がいるんだよ!! 俺を、カジノに行かせろ!!!!!」
盗人野郎は娘や家族の為に犯罪を犯してでも大金が必要なのではなく……単にカジノでギャンブルをして借金を返したかっただけの、超ド屑野郎。
(視た感じ、別に弱くなさそう……てか、普通に整った装備さえあれば、Dランクのモンスターでも一人で狩れそうな実力を持ってそうなのに……ギャンブルって恐ろしいねぇ~。まっ、あの様子だと借金もしてそうだし、犯罪奴隷コースまっしぐらだろうな)
盗人丁度屑野郎の背中を見た瞬間……嫌な幻影が頭を過った。
(……チッ! 否定出来ねぇのが、悲しいところだな)
今見た盗人超ド屑野郎は、あそこで自暴自棄に……ある意味勇気を振り絞れず、違う道を進んだもう一人の自分。
そのリアルなイメージが頭の中に浮かび、先程までのスッキリ気分から一転、急に虚しい気持ちが胸の中から湧き上がり……少し酒を呑みにバーへと足を運んだ。




