第46話 切り替え速過ぎ
「よぅ、ちょっと良いか」
(……誰だ、この人)
言葉だけで嫉妬嫉みボーイズたちを黙らせた日の夜、ギールは一人でバーに訪れていた。
吞んだ杯数はまだまだ三杯目と、ギールにとっては酔ったうちに入らない。
そんな中……一人の見知らぬ冒険者が声をかけてきた。
(今日、言葉で叩き潰した奴らの先輩か?)
一気に警戒心を強めるギールだが、声をかけてきた男は慌てて両手を上げる。
「おいおい、落ち着いてくれ。別に店を出て殴り合おうぜってわけじゃねぇんだ」
「……そうですか」
嘘を言ってるようには思えない為、一先ず戦意を収める。
(こ、このガキ、なんつー切り替えの速さだ。普通、突然声をかけてきた大人にそんな戦意をぶつけるか?)
ギールに声をかけてきた男は……あまり冒険者にしてはいかつい見た目をしてないため、確かにギールの対応の切り替えは速過ぎると言える。
しかし、嫉妬嫉みボーイズたちの関係者であることに変わりはなかった。
「名前は、ギールであってるよな。俺はバロンだ、よろしくな」
「どうも、よろしくお願いします」
「ギールに声をかけたのは……あれだ、俺の後輩たちにこう、説教みたいなもんかましただろ」
「…………」
「うぉいうぉい、だから戦意を出さないでくれ! お前と殴り合おうと思って声をかけた訳じゃねぇんだ」
やっぱりといった表情で戦意を放つギール。
声をかけて隣に座った男、バロンは慌てて再び両手を上げて何もしないという意志を表示。
「多分あいつらが悪いだろうから、別にお前にどうこうしようなんて考えてねぇから」
「それなら、なんで俺に声をかけてきたんですか」
「いや、お前があいつらに説教した影響で、ちっとブレーキが壊れちまった気がすんだよ。叶えたい目標があるなら、まずは命をベットしろ的なことを言ったんだろ」
「そんな事は……まぁ、それに近いことは多分言いましたね」
中々に厳しい内容を嫉妬嫉みボーイズに突き付けた、それはギールも解っている。
とはいえ、間違ったことを伝えたとは思っていない。
「というか、そもそもあいつらこれ以上調子に乗るなら、グロンの奴を一目が付かないところでボコろうぜって話してたから、色々と現実を少し大げさな言葉で伝えただけですよ」
「グロンって……あのいつも無茶ばっかりしてるグロンか?」
「目標の為に毎日自分から死戦に飛び込んで、本当に命懸けで達成しようと前に進んでるグロンですよ」
少し強めの口調で正解だと伝え、残っていたカクテルを呑み干し、また別の一杯を頼む。
バロンは知らなかった事情を知りつつ、ギールが自分に何を言いたいのか……長文をギュッと凝縮した思いを感じ取った。
(こいつは……マジでガキなのか? 歳はあいつらと変わらない……確か十七、なんだよな?)
正確には二十二。それでも人生経験はまだまだ足りない方だが、険しい道を進んだかもしれない自分……といった感じで己と重ね合わせてる部分があり、グロンが性格的に言わなそうな鬱憤をある程度把握していた。
「バロンさんはあいつらに変な無茶をして欲しくないと思ってるようですけど、俺があいつらに説教した云々かんぬんは関係無く、無茶をするかどうかは結局あいつらの責任で本心ですよ」
「無茶をするのが、責任で本心か……なぁ、中身が八十歳だったりしねぇよな」
「ピチピチの十七歳ですよ。それに、そんなに後輩たちのことが心配なら、後輩にある程度成功する無茶な方法でも教えたらどうですか」
「……参った。別に戦ってた訳じゃねぇが、完敗だよ」
バロンとしては本当にギールと喧嘩をするつもりなどなかった。
ただ、これ以上嫉妬嫉みボーイズたちになるほど! と納得してしまうような考えを伝えないでくれと、釘を刺そうとは思っていた。
「変な絡み方して悪かったよ。今日は奢らせてくれ」
「どうも。それじゃ、遠慮なく」
宣言通り、本当に遠慮なくカクテルを頼んでは呑み続け、バロンの財布に決して小さくないダメージを与えた。
そして約十日後、その間ギールが今度は交換条件なしに女性冒険者、受付嬢と一晩過ごしたという話が流れようとも、嫉妬嫉みボーイズがギールやグロンに絡んでくることはなかった。
(後数日ぐらい休んだら、そろそろ新しい目的地を探して……強くならないとな)
適当に森を探索しながら、これからのことを考えるギール。
ミディックに滞在中もそれなりに依頼を受け、モンスターとも戦ってはいたが、それは全て体が鈍らない為の運動。
技術の向上や壁を越えるための準備や、武器や防具の素材集めなどではない。
(それなりにスキルの数は集まった。優れた短剣と二振りの戦斧がある……そろそろ次の壁を越えにいくか?)
己の壁を越えることが出来れば、劇的に身体能力が上がる。
しかし……今のギールが己の壁を越えるとなれば、Bランクのモンスターをソロで倒す……だけでは越えられない、打ち破れない可能性がある。
Aランクモンスター一体、もしくはBランクモンスター二体。
それか、Cランクモンスターを約五十体、一人で倒すことが出来れば、一つ上のステージに上がれる可能性が高い。
とはいえ、いくらギールが生まれ変わって、以前とは比べ物にならない戦闘力や手札を手に入れても……壁を越える何かに挑むということは、死ぬ可能性が大いにある事とイコール。
(もうちょい、マジックアイテムを充実させてからの方が良いか……はぁ~、あの野郎が今どれだけ成長してるのか直ぐに解れば、もうちょい計画を立てられるんだけどな……まっ、ぐちぐち考えたところで仕方ないか)
ミディックに戻ってから面倒事を考えると決め、遭遇と戦闘を繰り返す。
「……結構大きい音だな」
大きな音が一瞬だけではなく何度も聞こえ続けるため、ギールは誰がどんな敵を戦ってるのか興味を持ち、足音と気配を消しながら現場に急行。
(っ!!!??? まてまてまて、いくらなんでもそれは速過ぎるんだろ!!!)
目線の先では友人であるグロンと……オーガの上位種である、オーガウォーリアーが激しい攻防を繰り広げていた。
上位種とはいえオーガウォーリアーのランクは通常種のオーガと同じCだが、武器を持ったとなれば話は変わる。
最終的な攻防まで見守るよりも早く、ギールは声を張り上げた。




