第32話 フルボッコ
「ちょ、なんですって!!! いきなり失礼なんじゃないの!!!」
「性格ブスやろうに遠慮なんてするわけねぇだろ!!!!」
大人の余裕など一ミリもなく、本音がボロボロと零れる。
しかし、男としての本能が顔面やスタイルがブスではないと認識しているため、嘘の暴言は吐かなかった。
(なんか……珍しいタイプの野郎だな)
(この男性冒険者とは初対面、だよね? でも口ぶりからすると、ナリッシュとはどこかで会ったことがあるのかな?)
ナディアはギールのナリッシュに対する態度に、ある意味好感を持った。
パーティーの裏リーダー的な存在であるガルネは目の前の青年が自分たちと初対面であると確信はしているものの、ひとまずナリッシュのフォローには入らなかった。
「…………」
そんな中、ただ一人……パーティーのブレインであるファナだけが固まって動かなかった。
「あ、あの……一先ず座りませんか?」
今回の件を担当する受付嬢に促され、一旦席に着く一同。
(ハードメタルリザードを倒せる実力があるパーティーってこいつらの事かよ……はぁ~~~、今からでも断るか?)
前金だけでも金貨五十枚という仕事は非常に美味しい。
美味しいのだが……依頼を受けている最中、永遠とストレスが溜まるのは間違いなかった。
「という訳で、ギールさんにはファリエの方々と一緒にハードメタルリザードの討伐を行って欲しいのですが……」
受付嬢も険悪な空気に耐え切れず、最後の方はやや声が小さくなっていた。
「この人、Dランクなんでしょ。だったら、別にいてもいなくても変わらないじゃない」
「……はっ?」
「危機管理力とか、そこら辺はファナがいるから大丈夫だし。こんな男なんかいなくても、私たちだけで討伐してみせるわよ」
「…………はっ!! んだよ、ただのクソミーハー女なだけか」
明らかに目の前の同じ人族の青年を見下す発言。
これまでの冒険者人生から、レオル以外の男に対してあまり良い態度を取らないことは、ファリエのメンバーたちは理解していた。
そしてナディアたちも果たしてハードメタルリザードの討伐を行うにあたって、本当に目の前の青年の戦力は必要なのかという疑問があった。
ただ……口でギールに喧嘩を売ってしまうと、本来の歳の差的にレスバ能力や頭の回転では一歩上をいかれているため、カウンターでハートブレイクショットを放たれてしまう。
「レオルさんのことが好き好き大好きみたいな態度を取ってるくせに、ランクに釣り合わない実力で今現在も駆け上っている本人を否定するような発言をするとか……お前、ただの迷惑ファンじゃねぇか」
「は、はぁあああっ!!??」
かつての親友をさん付けで呼ぶのはきついという気持ちがある。
しかし、目の前で焦った表情を浮かべる小娘を見て、一先ずこれまでのストレスが幾分か解消された。
「す、好き勝手言ってんじゃないわよ!!!!」
「図星突かれたからって焦ってんのか? まっ、ファンも行き過ぎればクソ邪魔な存在だしな。それを認めたくないって気持ちはほんの少しだけ解らなくもねぇけど、今のお前はまさにそんな存在なんだよ」
「っ~~~~~~~~~!!!!」
強烈過ぎるマシンガンワードによる攻撃が止まらず、ナリッシュはあと一弾……あと一弾、攻撃性が高いワードを食らえば、完全に噴火して武器に手をかけてもおかしくなかった。
「そこまでにしてもらえないかな」
しかし、ギリギリを見計らったタイミングでガルネが間に入った。
「最初に失礼したのは私たちのリーダーだ。それは認めるけど、これ以上は虐めないでほしい」
ナリッシュは言葉によってボコボコにされているという事実を認めようとしないが、冒険者ではない受付嬢から見ても、ナリッシュが一方的にボコボコにされていたのは明らかだった。
「……過去に何があったのか知らねぇけど、そういう態度を取られっと、こっちも嫌な気持ちになるんだよ。別に男に媚び売れって言ってんじゃねぇ。普通にしとけって話だ」
「はは、耳が痛い話だね」
「だっはっはっは!! 確かにうちのリーダーはちょっとレオル以外の男嫌いが激しいからな」
初対面の第一声が「ふざけんな!!! てめぇなんかこっちから願い下げだ!!!!」という、なんとも珍しい発言に加えて、それからのナリッシュに対する態度から、ナディアとガルネからの印象は一応プラス。
ただ、ファナだけは部屋に入ってきてから殆ど喋ていない。
「ナリッシュさん。ギールさんは半年もかからずにDランクへ昇格しています。ギルドとしては危機管理能力を一番に評価していますが、短期間でDランクまで上り詰めた実力も評価しています」
「…………解かった。解ったわよ!! とりあえずそいつと一緒に行動して、ハードメタルリザードを倒せば良いんでしょ。やってやるわよ!」
(おいコラ、糞ガキ。まだこっちはお前らと一緒に行動しても良いと一言も言ってねぇんだぞ)
思ったことを口にしたい気分。
しかし、ここで断るようなそぶりを見せれば、ナリッシュから煽られるのは目に見えている。
余計にストレスが増えると解っているため、仕方なく……本当に仕方なくナリッシュたちとハードメタルリザードを討伐することを了承した。
(チッ!! あの小娘と何日も一緒に行動するのか…………はぁ~~~、本当に憂鬱だ)
確認のやり取りが終わり、前金の金貨五十枚を受け取ったギールはささっとギルドから出て行った。
「……今すぐ殴り飛ばしたい」
「まぁまぁ落ち着いて、ナリッシュ」
「落ち着いてられる訳ないじゃない!! というか、なんで三人はそんなに落ち着いてられるのよ!!!!」
「いや、だって……私たちは特にあの青年と喧嘩したわけじゃないしね」
「うっ!」
「今回はあれだよな、珍しくナリッシュの方から咬みついたよな」
「うぐっ!!!! ……解ったわよ。無理矢理にでも落ち着かせるわよ」
パーティーメンバーから今回の態度を指摘され、仲間の前では大人しく自分の非を認めた。
「そういえば、ファナは殆ど喋らなかったけど、何か彼に思うところがあったの……ファナ?」
もうこの場にギールはいない。
だが、ファナの表情は先程までと同じくやや強張っていた。
「おい、どうしたんだよファナ」
「……解らない」
「は?」
「解らない……でも、私はあの人の中に、確かな恐ろしさを、感じた」
「「「ッ!?」」」
パーティーの賢者であるファナから零れた言葉に、三人はギールが去っていった方へ眼を向けた。
しかし、そこには既にこれから強敵へ立ち向かう青年の姿はない。




