第19話 跳ねる心臓
生まれ変わり、タレンからギールとなった。
しかし……先輩だった人物から頭を下げられるのは、色々と気まずいものがある。
「わ、分かりました。向こうが了承すれば一緒に行動するので、頭を上げてください」
「おぉ~、そうか。ありがとう。やっぱりこう……親バカだとは思うが、同世代にエリオと張り合えるルーキーがいなくて困ってたんだ」
ハコスタを拠点とするベテランからは、割とかわいがられている。
エリオも尊敬出来るベテランたちにはしっかりと敬意を持っている。
そんなベテランたちからもゴライと似た様なことを告げられるが……大前提として同世代で自分より強い者がいないため、素直に同じルーキーとパーティーを組もうとしない。
(数回ぐらいパーティーを組んで一緒に行動するのは構わないが、パッと見プライドが高そうだが……そこら辺は大丈夫なのか?)
その後は軽い世間話を楽しみ、頼んだ料理をがっつり頂いて終了。
翌日、特に予定は立てずに冒険者ギルドに出勤。
何事もなければ適当な依頼を受けつつ、奪えば戦力になりそうなCランクモンスターを探して討伐。
何かあるとすれば……エリオ、もしくはゴライからの接触。
(ゴライさんとネイさんはいない。お二人の子供のエリオもいない……であれば、先日同じルーティンで構わないな)
適当な討伐依頼を受け、即出発。
その日は運悪くCランクモンスターと遭遇出来ず、あまり戦力の増加は行えなかった。
しかし、街に戻ってギルドで依頼達成の報告や素材買取が終わってギルドを出た直後、かつての先輩であるゴライに声をかけられる。
「やぁ、ギール君」
「ご、ゴライさん。どうも」
「今夜、もしかしたら誰かと予定があったりするかな?」
「いえ、特にありません」
決して先輩の強制命令が発動されたわけではなく、本当に誰と食事を食べるなどの予定がなかった。
(このタイミングで声をかけてきたってことは、息子のエリオに会わせてくれるってことか)
大人しく先輩の後ろを付いていく道中……不意に心臓が跳ねる質問が投げかけられた。
「……もしかしてたけど、僕たち……どこかで会ったことあるかな? あっ、ナンパとかじゃないから安心して」
「う、うっす。特に会ったことはないですね」
どこかで会ったことあるかな? の次に言葉のお陰で、答えが顔に出ることはなく、平常心を保つことに成功。
「そうか、僕の勘違いだったか」
確かに、ギールという新人と会うのは初めて。
それはゴライも解っているが、伊達に歳は食ってない。
ギールの反応から……初めて会うはずなのに、反応からして自分のことを知っている様に見える。
(彼が子供の頃に会ったことがある? 可能性はゼロとは言えないけど、あれだけ動ける子なら直ぐ思い出せると思うんだけどな)
いくら思い出そうとしても、もしかしてと思い付くことはない。
ギールは身体能力だけではなく、容姿そのものが変化している。
加えてフレイムドラゴンやワイルドベア、オーガなどの強敵との戦闘を乗り越え、一応はそれなりの雰囲気が備わりつつある。
「っと、着いたね。ここが僕たちの家だよ」
「ッ……立派、ですね」
「これでも現役時代に頑張って稼いでたからね」
立派な一軒家に……屋内訓練場と庭。
土地の広さだけではなく、建物に使われている素材などからも若者たちに夢を与える。
冒険者は稼ごうとすればするほど、稼ぐために金を消費してしまう。
故に、ギールの前の前に存在する家や……ましてや、隣にある屋内の訓練場など建てられる金を貯めるのは、非常に困難。
「どうやら二人共先に帰ってきてるみたいだね。ただいま~」
「お帰りなさい、あなた。あら、そちらが昨日話してた子ね」
「ど、どうも。Eランク冒険者のギールです」
「どうも初めまして。ゴライの妻で同じくギルド職員をしているネイよ。よろしくね」
軽く挨拶を済ませると、即座に台所へと戻る。
(か、変わってないな~……俺はあれだけど、初めて会うルーキーは旦那がいようがいまいが、一度は惚れるだろうな)
ゴライで冒険者生活をスタートする男性冒険者が、一度は確実に通る道。
それほどネイは魅力と強さを兼ね備えている。
「ただいま、エリオ」
「……おかえり」
反抗期らしい返事。
だが、本気で父親を嫌っているほどの刺々しさはない。
「そいつが、昨日言ってた奴?」
「ギール君だよ。まっ、その話はとりあえず後にしよう」
直ぐにネイが作った夕食が完成し、リビングで夕食タイムがスタート。
(ネイさんの手料理って……なんだかんだ、食べるの初めてだな。普通に美味い)
きっちりネイの美しさを引き継いでいるエリオからの視線が少々痛い。
それでも二人が場を和ませようと過去話などを話し続けてたため、空気がお通夜みたいになることはなかった。
「さて、本題に入るとしようか」
「父さん。俺は一人でやれる。一人で十分だ」
話が始まる前に、フライング却下。
「……これから本題に入ると言ったばかりだろ」
「言葉通り、俺は一人で戦える。この街から出るとなれば話は別だが、今はまだ一人で十分だ」
「今はって、旅立つ日がいつ来るかなんて分からないじゃないか。いや、父さんとしてはなるべく目の届くところに居てほしいけども」
息子大好きな思いはゴライだけではなく、ネイも同じ。
できればハコスタで冒険者人生を送って欲しいという思いがある。
しかし、息子の行動を押さえつける様な真似は、自由を象徴する職業、冒険者として活動していたプライドが許さない。
「だいたい、同じルーキーで俺と同等の奴なんていないだろ」
自信満々な表情で同期たちを見降ろす態度。
そこにギールは多少の嫉妬こそあれど、変なツッコミを入れる気は起こらない。
(こう、近くにいると……解かる。今はまだ当然だが、レオルの方が上だ。でも、同じ十六歳という年齢であれば、確実に戦闘力はエリオの方が上だ)
世界はお前が思っているよりも広いんだよ! なんてそれらしいセリフを吐く気にならない。
悔しい事に、断言出来てしまう。
彼にはそこまで傲慢な……自信たっぷりの態度を取るだけの実力があると。
「ルーキーの域を超えた実力を持つルーキー……そんな存在がいるというのは、エリオ。君自身が証明しているだろ」
「っ……俺は、父さんと母さんの息子だ。例外に当てはまるのは当然だ」
しっかりとゴライ、ネイに対して敬意を抱いている。
二人と交友があった後輩としては、それだけであまり憎めない存在。
「嬉しいこと言ってくれるな~。でも、エリオはまだギール君と一度も手合わせをしたことないだろ。それに、鑑定のスキルを持っている訳でもない……絶対に自分の隣に立てないと、断言出来ないよね」
「ふん……戦えば良い、そういうことだな」
「っ!?」
模擬戦を行うとは聞いてない。
だが、息子の問いに父親が即答。
食後の運動も兼ねてということで、屋内訓練場へ移動。
(……元々引退してから冒険者ギルドの職員になるってのは決まってたんだろうな)
改めて使われている材質に驚きながらも、軽く準備運動を行い、常備されている木剣を何度か振るう。
(正直、これはまだ色々と手探りだが、良い機会だと思って色々と試そう)
準備運動終え、ギールは木剣を……エリオは木製の短剣を得物にし、ゴライが審判のもと、模擬戦が行われた。




