第13話 最低な年の功
「がっ!!??」
「クソが! 粘りやがって」
「ルーキーのくせに調子に乗ってるからこうなるんだよ」
ペープルで活動する冒険者たちの多くは、主にギールという名のルーキーに嫉妬の感情を向けていた。
ルーキー、という割には身なりや装備が整っている。
依頼を受けて手に入れた金や、素材の買取金額などを考慮すれば……決して大金は手に入れていない。
にもかかわらず、ペープルの中では中堅……もしくは少し上の宿に泊まり、ルーキーらしい苦労を体験してるように見えない。
本来であれば、ギールもそこまで実力がないベテランに憎まれる存在。
現在……一人の街娘を人質に取られ、地面に転がっているムートの様に……はならずとも、路地裏に呼ばれて詰められていただろう。
しかし、どこからか元Cランク冒険者であり、現在もその力が衰える様子を見せないギルド職員、ボールドが珍しくルーキーを褒めていた。
「実力はまだなんとも言えないが、雰囲気はベテランに近い物を感じる」
雰囲気は現在ムートもリンチしている二人の様に悪い意味ではなく、良い意味で。
故に、ギールに嫉妬心を抱く小狡いベテラン達は、彼に絡まなかった。
そんなギールの影に隠れ、ムートも最近はルーキーらしからぬ活躍を見せ始めていた。
まだDランクモンスターをソロで倒せるかは怪しいが、Eランクモンスターとのタイマン勝負であれば、よっぽどのことがない限り窮地に追い込まれることはない。
それでも日々良い笑顔で冒険者活動を行い、着実に実力を伸ばしていき……受付嬢の覚えも良くなっている。
まさに、伸びしろがなく……本人たちもこれ以上伸ばそうという気がないベテランたちからすれば、この上なく憎たらしい要素を揃えている。
コボルトとの一戦で初めて壁を越え、その後直ぐにギールからその後の苦労を教わり、技術を疎かにすることはなく活動し……最近は魔力による身体強化方法を身に付けつつある。
とはいえ、ルーキー虐めをするような糞ベテランであっても、戦闘に関してはド素人ではない。
最低でも壁を一つは超えており、魔力による身体強化も行える。
加えて……最低な年の功ではあるが、対人戦……乱闘や喧嘩テクニックであれば、ムートよりも数枚上手。
一対一という状況であればまだしも、二対一では完全に勝ち目がなかった。
(クソっ、クソっ、クソっ、クソっ!! なんで、僕は……こんなに弱いんだ!!!)
心の中で、理不尽に自分を虐める糞先輩に対して、暴言は出てこなかった。
湧き出る感情は……この状況を打破出来ない、自分自身に対する怒り。
ただ、物語の主人公の様にその怒りが爆発することで、新たな力を手に入れて形勢逆転……なんて奇跡は起きない。
「はぁ、はぁ……おい、てめぇら。何やってんだ」
しかし……咄嗟に起こした機転が力となり、奇跡に繋げた。
「て、てめぇは!!!」
「ギール、さん」
何かしらの事情で、集合場所から移動した。
地面に薄っすらと殴り書きされたメッセージから事情を読み取り、全速力でペープルの怪しそうな場所を駆け回った。
(クソがっ! なんでもっと早く嗅覚強化を使わなかったんだ! 俺のアホ!!!)
慌てて行動に移したギールは、自身の強味を活かす前にその場から駆け出してしまった。
それでも、なにはともあれムートが完全に潰される前に現場へ到着することに成功。
まさかの助っ人登場に狼狽えるチンピラベテラン……ワステとシュトラ。
ムートは戦闘不能に近く、数としては二対一と二人の方が有利ではある。
ただ……ボールドの言葉通り、ギールからルーキーを完全に越え、ベテランに近い雰囲気が発せられている。
二人にそのつもりはなかった……そのつもりはなかった、思わず体が後ろに下がる。
「おい、逃げんなよ」
「っ! 嘗めてんじゃねぇぞガキがっ!!!!」
「ぶっ潰す!!!!」
ワステは戦斧を、シュトラはロングソードを抜き、完全に喧嘩と呼べる域を超えたバトルに突入。
(……使えるスキルは一つだけ、ね。上等だ)
このタイミングで、ギールは初めて人に対してオルディ・パイプライブを発動。
縛りは戦闘中に使用できるスキルは一つ。
勝利時に奪う事が出来るスキルは、ワステの斧技とシュトラの剣技。
「おらっ!!!」
「死ねっ!!!!」
喧嘩慣れしてるだけあり、同時に攻撃を放つことはなく、互いの攻撃がぶつからない様にタイミングをズラしている。
「ふっ! おらっ!」
「「っ!?」」
二人は魔力による身体強化を行っており、それを警戒したギールは身体強化を発動。
完全に二人の攻撃を見切りながら、ワステの腹に蹴りを、シュトラの肩に掌底をぶち込む。
「まだ終わらねぇぞ」
身体強化のスキルに加えて、更に魔力による身体強化を行えば、二人がどう足掻いてもギールに勝てる術はない。
それはギール自身も把握している。
やろうと思えば、一瞬で勝負を終わらせることも可能。
ただ……ギールにそのつもりは一切なかった。
ところどころゲスな部分があるギールではあるが、それでもムートのことを……友人だと思っている。
その友人を理不尽で身勝手な理由で虐めていたと解れば……そう簡単に制裁は終わらせられない。
「ま、参った。もう、もうお前らには絡まねぇか、ぎゃぁあああああああ!!!???」
「うるさいな。片腕を折っただけだろ」
数分に及ぶ適度な攻撃による制裁が続いた結果、二人の体は痣だらけであり、片腕は完全に折れた状態となった。
「はぁ……もう良い。消えてくれ」
「「は、はぃいいいいい!!」」
二人は脱兎の如くその場から走り去った。
「ギール、さん。助かりました」
「おぅ。ほら、これ飲め」
渡された回復薬、ポーションに驚き返そうとするも、返品不可能と宣言。
ギールに深く頭を下げてから飲むと、徐々に徐々にワステとシュトラから受けた傷が癒えていく。
「ありがとうございます」
「代金とか気にする必要ねぇからな」
「っ……本当に、ありがとうございます」
性格をある程度解ってきたからこそ、どれだけ自分がいつか必ず返すと言っても無駄な事を悟る。
「…………」
「あの二人の事が気になるか?」
「気になるというか……あのまま放っておいても良いのかと思って」
屑が一度叩きのめされた程度で屑から真人間に更生するのか?
答えはほぼノーと言える。
ギールが一方的に叩きのめしたからという理由もあるが、この程度の一件で更生するのであれば、既に二人は真人間として生まれ変われていた。
「安心しろ。あの二人は……もう立ち直れないだろうよ」
オルディ・パイプライブを発動した際、必ずしも相手を殺す必要はない。
真剣勝負を行った結果……生殺与奪の権さえ握ってしまえば、試練を越えた報酬を得られる。
つまり、ワステとシュトラは己が信頼出来る一番の武器を失ったも同然の状態となった。




