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ある夭逝した天才の記憶  作者: 千艸(ちぐさ)
6/7

最後の日

〈声が震える。本当は寂しい。でも、僕は決めたんだ。今度こそちゃんとお前の前で死ぬって。今度はお前の手で死ぬって。お前に、僕を殺させてやるって。〉


七神剣の森のBLスピンオフ!ついにクリスと結ばれたリノは、自分の愛の形を表現しようとする。


本章のエロシーンだけを抜き出しR18描写したものはこちらです↓

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19953976

「…リノ、寝ちゃったみたいだ」

クリスは腕の中で泣いていた最愛の人が静かになったので抱きかかえ直して確認し、セルシアに報告した。

「そうみたいですね。ちょっと可哀想なことをしてしまいました、泣かせるつもりは無かったんですが…」

「…こいつ、ずっと俺にべったりだったからさ。俺がセルシアさんと仲良くしてるのを見て取り乱したんだと思う」

「…あー。まあ、そういう面もあるんでしょうね…」

リノはそれよりもその先にある、避けられない別離の方をこそ嘆いていたようだけれど、とセルシアは思ったが、クリスには伝えないでおいた。クリス自身が雷の剣についてどう考えているかは分からないからだ。リノが勝手にクリスに雷の剣を持たせようとしているだけかもしれない。二人の間のことに首を突っ込むつもりは無かった。

「…可愛い奴だろ、リノは」

クリスが腕の中のリノの寝顔を見ながら唐突に惚気る。

「そうですね…十七歳でしたっけ。なんだか、随分幼く見えます」

「これでいて頭はすごく切れる天才なんだけどねー。心の方は…十四の時に一度赤ちゃんに戻っちゃったから…今三歳児かもしれない」

「なんとまぁ…」

セルシアとクリスは顔を見合わせてフフッと笑った。

「こんな美人な三歳児がいたらクリス君も大変でしょう」

「ほんとそれなんだよなー。理性が追い付かない」

「お兄ちゃんでしょ、我慢しなさい」

「えぇ…セルシアさん意外と厳しい…」

「三歳児に手出すのは犯罪ですよ」

「実際は花も恥じらう十七歳なんですけどね!」

クリスは自分の名誉のために弁明した。

「…クリス君にとって、この子はどんな存在なんです?」

「えー?それ聞いちゃうー?」

クリスはにへへと笑ってから考え込んだ。

「…何だろう…俺の…一番大切な人で…愛してる、初恋の相手で…すごい身勝手な奴で、どんな酷いことされても許せて…抱きたいけど一度も抱かせてもらえない…つらい…」

「うわぁ、聞かなくて良かったかも。でも何で抱けないんですか?今とかほら、無防備そうなのに」

「この状態でも唇と尻は防御してくるんですよこいつ」

「えっすごいな、その…執念ってやつ?でも、手足縛っちゃえば大丈夫でしょ?」

「…せ、セルシアさん…」

クリスは絶句する。

「あれ、そういうの駄目な方ですか、もしかして」

「…いや…え、プロの方?」


「抵抗されないように徹底するなら、ベッドの四足に両手両足一本ずつ。更に胴回りを横に縛るのもありですが、あんまり可哀想だとこっちが萎える可能性があるので初めての人にはオススメしません。身をよじった時の見た目を考えて遊びを作るのがコツです」

「なるほどなるほど」

セルシアさんの指導を受けて俺は裸に剥いたリノをベッドに括り付ける。

「セッティング完了です。起こした方が良いですか、先生」

「反応が見たいなら起こしてもいいけど、恨まれても僕は知りませんよ」

「えぇ〜迷うな〜」

俺はそう言いながらリノの肉のない腹を撫でたが、ふと気付いて手を止めた。

「…しまった、駄目だこいつ。このまま合意無しに襲ったら起きてすぐ自殺するかも」

「えぇ…?」

「こいつ脳をいつでも破壊できるようになってるんだよね…前に変なことしたら死ぬからなって脅されたんだった」

慌てて縄を解き始める。

「…なぁんだ、ヤらないの?」

「げえっ!リノ、起きてたのか」

「途中で起きたよ、手足が擽ったいんだもん。残念だなァ、お前が僕のこと犯した瞬間にリノちゃん人形に成り下がる予定だったんだけどなぁ」

「やめろよバッドエンドじゃんそんなの…」

俺は急いで全ての縄を解いた。リノの顔を直視できない。

「ねぇ、ところでさ。縛ったということは縛られる覚悟もあるってことでいいの?」

「……もう一回言ってもらっていい?」

耳を疑った。俺の可愛いリノから出てくるセリフではない。

「僕、ずーっと隠してたんだけど、お前のことぶち犯したくて堪らないんだよね。端的に言うと、お前のこと縛って、ボコボコにしていい?」

俺はヒュッと息を呑んだ。何なんだ今夜は。リノはどうしたんだ。セルシアさんが来たせいか?武闘会が近いせいか?訳が分からない。でも、気付いた時には頷いていた。

そこからは酷かった。愛撫なんてものではない、野生の獣が捕らえた獲物で遊ぶかのような蹂躙が始まった。リノがこうなったのは俺のせいかもしれないと思い、クリスは呻きながら耐えた。鬱屈した自分。隠し通したい獣の本性。それを抱えながら、可愛いリノという嘘をこいつは俺のために今まで維持してくれていたのだ。

「クリス、医療モジュール切れ。治すんじゃない。痛みを受け取れ。僕に逆らうな」

リノはセルシアさんが見ていようがお構いなしだ。いや、むしろあの人がいるから止まらないのかもしれない。あの人は、少し眉を顰めるだけで何も言わず壁にもたれて俺達の醜態を見ている。それがリノを興奮させ、逆上させるのか。

「他所見か?妬けるな」

無理矢理向きを変えさせられ、顔に激痛が走る。でも、俺は今初めて、本当のリノを見ている。こんなに苛烈で、淫靡で、美しいリノを、俺は知らない。下腹部が熱を帯びてくる。マズい、今のリノに気付かれたら危険だ。口の中の血の味に集中しようとする。するとリノは俺にキスして、口の周りや中の血を丁寧に舐めとった。ニヤリと獰猛に笑う。この、獣は、俺の血の味を覚えていたのか。

背後でコトンと音がした。セルシアさんが横になっていた。マジか、この惨状見ながら寝落ちしたの?!どんだけ修羅場潜ってるんだあの人は。俺とリノは二人して呆れてセルシアさんを見た。そして、お互い向き直った。

「あ、…その。クリス、ごめん」

「…ちょっとはスッキリした?」

「うん…ごめん、ごめんね……」

「良いよ、別に。お前になら何されてもいい。だから、こんなになるまで溜め込むな。俺なら大丈夫。ほら見ろ。興奮してる」

「…うわぁ。変なもん見せんじゃねえよ…」

「リノが綺麗過ぎるからだよ」

俺が上体を起こしてリノの頬に頭を寄せると、リノは微笑んで俺の頭を撫でた。

「…ちょっとなら、良いよ。今ならもうセルシアさんも見てないし。僕がちょっとスッキリするまで頑張って耐えたご褒美をあげる…」

そんなもの、お互いちょっとで終わる筈もなく。

俺とリノは血だらけになりながら、朝まで体を交えた。


その後、リノから傷を治療する許可が下りたので、俺は綺麗な体になってセルシアさんを彼らが滞在している瑪瑙宮まで送り返した。

「あの後丸く収まったんですか?」

セルシアさんが事も無げに聞いてくる。やっぱりその道のプロの人は違うなぁ。

「うん、俺もリノも大満足。セルシアさんのお蔭だよー」

「僕は唆しただけで何もしてませんけどね…、まあ楽しかったなら何よりです」

「次は是非交ざって!」

「クリス君がそんなだからリノちゃんがああなるんですよ。自重しなさい」

「ハイ…」

セルシアさん、昨晩は俺の味方だったのに、今はリノの肩を持っている。長い物に巻かれる主義なのだろうか。

「それじゃ、また明日。いい試合にしましょう」

「うん、また明日ねー」

俺はひらひらとセルシアさんに手を振って、瑪瑙宮を後にした。


リノは作業部屋で惚けていた。夢みたいな一夜だった。僕はクリスにとうとう手を出してしまって、それでもクリスは僕を抱いてくれた。セルシアさんのあれ、多分最初は狸寝入りだったよな。でも、お蔭で正気に戻れた。二人で愛し合うやり方を選ぶ余裕が出来た。まあその後も何度か怪我はさせたけど、あの位ならプレイの範疇だろう。

さて、どうしようね、明日は。この記憶までを保存して、モジュール化して、この体は捨てようか。でも何だか勿体無い気もしてきたんだよな。折角クリスに愛して貰えた体なのに、捨てちゃうなんて。

とりあえず準備はして、決行するかは、土壇場で考えよう。リノはそう保留して、リノモジュールを完成させた。



武闘会が始まった。

〈剣の仲間〉のレオン君は、どうやら視覚妨害をカミナに邪魔されずに使いこなせるようだった。それは問題ない。妨害対策ナノマシンを会場内に充満させた僕の敵じゃない。セルシアさんは多分、聴覚の方なんだろう。スキャンデータを読む限り、元々あの人は素の状態でも聴覚が著しく発達していた。そして今のところ、魔法を使って勝つ様子はない。普通に剣の腕も立つ。

クリスの持っている剣豪データ、こっそり僕にもコピーしておいて良かった。ただ疾いだけでは恐らく無駄に動き回らされて終わるところだった。

僕とクリスのブースト機能は、大抵の試合を一瞬で終わらせた。予選の試合に掛かった時間で決勝トーナメントの配置が決まる。一位がクリス、二位が僕。だからトーナメントでは決勝まで僕とクリスは当たらない。そして、セルシアさんは順調に行けば準決勝で、僕と当たる。

絶対に負けたくない。

レオン君が準々決勝で、新技を見せた。視覚妨害ではなく、影分身。自己の幻影に攻撃を誘導させて、虚を突く技だ。

「あんなことも出来るのか…!」

クリスが顔を引き締める。僕らは王位継承者用のVIP控室のモニタから大会の試合を見ていた。クリスのブースト機能にはアイシングが必須だから、僕は手を冷たくしながら彼の面倒を見ている。モジュールを十全に動かすための技師の仕事だ、怠るつもりはない。しかしその技だけはしっかり目に焼き付けた。

「あれに対応するには僕の妨害対策ナノマシンから視覚以外の情報を受け取るのがいいね」

「リノなら勝てるってことか…」

「クリスにも出来るよ。妨害対策ナノマシンの出力先は運動野に直だから、体が勝手に対応するかもしれないけど。送信先を僕だけじゃなくてお前にも設定すれば反映される。ナノマシンの方の書き換えは間に合わないから、お前の知覚IDを僕のにすり替えよう。それで有効になる筈だ」

果たして準決勝戦、クリスはレオン君を一方的に追い詰め勝利した。

「リノ、今回もありがとー!」

「こんくらいお安い御用だよ。でもま、まさか僕のナノマシンが会場の空気中に無数に紛れてるとは思わないよね」

レオン君は恐らくサンリアちゃんの力を使って文字通り飛んで逃げたが、そんなことをしても無駄だった。だって、彼の体を浮かせるその風の中にも、僕のナノマシンが含まれているのだ。

「リノは最高の技師だよやっぱり。知ってた。俺のメンテも毎試合バッチリしてくれたしねー。という訳で抱かせて?」

「馬鹿野郎次僕の試合なんだよ!マスかいて見てろ!」

レオン君がサンリアちゃんの力を使ったということは、セルシアさんもレオン君とサンリアちゃんの力を使えるということだ。クリスのおふざけに付き合う余裕は、今の僕には無かった。

「えっ!?見抜きいいんすか!?」

「あー!!今のは違うやめて同類にしないで」

完全に余計なことを言った。僕は顔を顰めた。

「一昨日の晩は最高だったねー!終わったらまたセルシアさんも呼んで三人でイチャイチャしようねー」

「地獄絵図やめろ!」

僕はセルシアさんのことなんか、これっぽっちも好きじゃないのだ。クリスはその辺り、無神経というか脳天気過ぎる。

僕が溜息をつきながらアイシングを終えようとすると、クリスは僕の腕を引っ張り無理矢理抱き寄せて、額に噛み付くような乱暴なキスをし、そのまま耳元で囁いた。

「…おい。セルシアさんに負けたりしたら、許さないからな」

僕はフンと鼻を鳴らした。

「…負ける訳ないだろ。お前の相方はこの国で最強なんだよ」

クリスは僕をぎゅうと抱き締めた。もうこのまま、離れたくない。呼び出しの鐘が鳴った。


僕のブースト掛けた攻撃を、セルシアさんは全て捌いていた。クラッキングか?しかし、僕の周囲のファイヤーウォールは何も反応していない。

僕と同じブーストの類か?しかし、スキャン情報には何も載らない。そもそも、セルシアさんのデータは一昨日すべて読んだ筈だ。確かに、この人は異常に耳が良い。でもまさかそれだけで、僕の動きを読み切れるのだろうか?

ついに僕の剣が押し返される。僕は距離を取り、敢えて余裕の表情を見せた。

「驚いたよ、セルシアさん。この僕のブーストに、生身でついてくるとはね。大した聴覚だ」

「やはり、ご存知でしたか。僕くらい耳が良いとね、その人の心の声まで聞こえてくるんですよ」

「…何だって?」

読心ということは、やはり盗聴されているのか?

僕は妨害対策ナノマシンの一部をファイヤーウォールの補助に充てて、周囲の防御を一段階高めた。セルシアさんは何かを聞き分けたのか、少し訝しげな表情を浮かべる。これでも読まれるならもっと防御を上げたいが、そうすると妨害対策の電磁スキャンに使っている分が足りなくなる。それはレオン君の影分身をセルシアさんも使ってきた場合に対処出来なくなることを意味する。さっきの読心の発言はフカシかもしれない、その為に実際発動しかねない技に対する防衛策を捨てるのは悪手だろう。読心されてでも、立ち向かうしかない。それに僕には、奥の手もある。

僕が覚悟を決めて打ち込んだ瞬間、バーン!と何かが破裂するような激しい衝撃が頭を襲った。一瞬にして防御モジュールが打ち消したが、思わず後ろにふらつく。僕には知覚出来なかったが、妨害対策ナノマシンが僕を動かし、セルシアさんの追撃を防いだ。影分身とは違う想定外の攻撃だったが、やはり、残しておいて正解だった。

直ぐ様僕は距離を取り、セルシアさんを睨む。

「危ないな……、おい、やってくれたな?」

「おかしいな、そんな反応出来るような半端なダメージじゃなかったはずだけど?」

「残念だけど対策済みだよ。音響兵器が使われてそうな入力はカットされるんだ」

「それでいて、僕の声は聞こえてるって訳か。流石の腕前ですね」

セルシアさんが顔を顰める。持久戦を覚悟したのだろう。僕も今ちょうど、そうなるかもなと思ったよ。

だから、終わらせる。

「次がある以上、お互いにこれ以上の消耗戦は避けたいだろうからね。悪いけど使わせてもらうよ」

「何を…、…っ何、だ、」

遠隔操作で、セルシアさんのドラッグパッチを再燃させる。セルシアさんは突然目を回した様にふらつき、踞った。

「これ、は…ぐ、うぅー…」

「はい、チェックメイト」

僕はセルシアさんの無防備な首に、トンと剣を置いた。勝利の判定が僕に入る。

「リノ、ちゃん…もしかして、あの時の」

「出来ればこんな勝ち方したくなかったけどね。貴方に負ける訳にはいかないんだよ」

僕はしゃがみ込み、だらしなく緩んだセルシアさんの顎に指を突っ込んだ。口蓋の解除パッチを起動してやる。すぐに正体を取り戻したらしく、あの温厚そうだったセルシアさんが僕をすごい目で睨んできた。その敵意に自然と僕の口許が吊り上がる。

ふふ、今更気付いたの?お前も僕の掌の上だったんだよ。


ついに残すは決勝戦、僕とクリスの試合のみになった。

セルシアさんはめちゃめちゃキレていたようだったけれど、今は何故か吹っ切れた顔で準備中のフィールドに乗り込み、雷様の席の隣であの楽器を抱えて独唱会を始めている。

「…何やってんのさーセルシアさん…これ金取れるやつじゃん…」

クリスがモニタを見ながらぎこちなく笑う。緊張している。

「良いじゃない、彼らしくてさ。それより、お前の準備がまだ終わってないんだから、もっかいここ座ってよ」

僕は左手で端末を操作しながら、右手で隣の席を叩いた。

「いいよーリノありきのブーストなんだから、リノと戦う時は無しで当然なんだよー」

「そんなの僕のプライドが許さない。座れ。僕無しでブースト出来る様に調整したから。あんまりソース整理する暇無かったから多少僕の声のシステムボイスが聞こえるかもしれないけど」

…という建前の、リノモジュールだ。やっぱりお前に入れておきたい。だってこれが、僕の。

「えぇ…愛かな?」

そうだね。愛だよ。ごめんね。

「…嫌な愛され方してんね、お前」

お前はこんなもの突っ込まれるとは思ってないだろう。

「リノから愛されるならどんな愛され方でもいい!」

クリスはそう言いながら素直に僕の右に座った。

「…ふーん」

その言葉は、前も聞いたな…。初めてブーストを使ってクリスを持ち上げて、僕がクリスに力で負けなくなった時。僕の愛はお前が想像しているより歪で、あの時のクリスにはとてもじゃないけど晒せなかった。

今は違う。一昨日僕達は初夜を迎えた。本当の欲望を剥き出しにして、互いを征服した。どんな愛され方でもいいっていうお前の言葉を、今なら信じられる。だから、良いよな?これから僕がしようとしていること、許してくれるよな?

そういえば、愛してるって、まだ言ってないね。言うならやっぱり、別れの時かな。



決勝戦が始まった。

ごめんね、クリス。やっぱり僕は、お前が苦しむ様が、どうしようもなく好きみたいだ。クリスがブーストを使い続けると、発熱量が激しい為に顔が上気し、汗だくになって、息も上がり、見苦しいったらない。実際には完成している冷却機能を起動してやらなかったのは、その様を見たかったからだった。

(雷様のお気に入り。僕の事が大好きなクリス。僕の光の英雄)

このみっともない彼が優勝し、そのまま次期国王に登り詰める姿を見てみたかった。これが普通の武闘会なら、十分にあり得る未来だった。

しかし、賞品があの、雷の剣だった。

その行く先はつまり、名誉の死。

或いは、本当に剣の使命を果たす時が来ているのかもしれない。優勝して、雷の剣を得て、世界を救う旅。

(…冗談じゃない)

握る剣に力が籠もる。何もかもカミナの思い通り、何もかも自分には与えられない。あいつのせいで僕の人生いつまでもこうなのか!

クリスはまだ体力に余裕はあるが、それでも苦しそうだ。こっちは体力がない分、思考の余裕が無くなってきている。

一旦距離を取らなければ。そして、どうするか決めなくては。

クリスの剣を弾き、彼の胸を蹴り飛ばし、そのまま後方に宙返りして離れる。クリスの目は真剣だ。私情を挟まず純粋に、この勝負に打ち込んでいる。それは正に、素晴らしい英雄の素質だった。


(…だったらやっぱり、最大限傷をつけてやるくらいしか。僕が最期に出来る贈り物は僕なりの愛で…そして僕が最期に貰う贈り物は、お前の絶望だ、クリス)


クリスの攻撃が大振りになってきている。さすがに冷却無しでここまで稼働させるのは無理がある。これ以上戦わせると、医療モジュールがブースト機能を排除しにかかるだろう。

僕は剣に圧されたフリをして、わざと一瞬前をがら空きにしてみせた。クリスが迷うことなく突っ込んでくる。


(馬鹿だなぁ、お前。こんな罠に引っ掛かる程、限界だったのか?)


僕はふわり、と両手を広げ、微笑んだ。

クリスの剣が僕の胸を刺し貫く。

「…っあ、やば」

水を打ったような静寂の中、クリスが声を上げた。怯えているね、可愛い子。大丈夫、そのままおいで。僕はブーストを効かせたままクリスの両腕を掴み、引き寄せる。

クリスの左腕のツボを圧した。そこは仕込んで眠らせておいた、ブーストの冷却機能を稼働させるポイントだった。

クリスは突然冷水を被った様に顔面蒼白になった。冷却機能のせいだけではないだろう。

僕は微笑んだまま、クリスの剣を抜かずに自分の首の方に力ずくで押し上げた。内臓が、上下に切り離される音。

そのままクリスの手にキスをする。

ぐ、がは、と声を上げて僕はその上から大量の血を吐いた。ふふ、良いぞ、間に合った。最後の舞台装置。僕の喉が治った証拠だ。


「リノ、お前…声が、」

クリスが僕の声に気付く。

嬉しい。やっぱり僕のことを一番分かっているのはお前だ。

「…クリス。僕の命の恩人。僕の英雄…」

声が震える。本当は寂しい。でも、僕は決めたんだ。今度こそちゃんとお前の前で死ぬって。今度はお前の手で死ぬって。お前に、僕を殺させてやるって。

離れ離れになるのは嫌だから。こんな運命、嫌だから。こんな世界で僕一人が生きるのなんて、絶対に、嫌だから。

僕はお前の消えない傷になりたいんだ。


「愛してる、ぐっ…、ありがと、」


担架が運ばれてくる。クリスは周囲などお構いなしに、僕から手を離さなかった。僕も、クリスの手を離せなかった。体の力がどんどん抜けていくけれど、この手はとても温かくて、優しくて、僕を抱いてくれた、あの手で。

「リノ、おい、早まるな、やめろ…」

泣いているね、クリス。その顔、大好きだよ。最高の贈り物をありがとう。あと何か言っておくこと、あったかな。


「…今まで……、黙ってて、ごめん……」

色んな意味で、ね。


僕はとても面白い冗談を最期に言えた気がして、幸せに包まれるみたいに、笑顔で目を閉じた。

「馬鹿…、馬鹿野郎ーーーッ!!!」

クリスの声がかすかに聞こえる。

ああ、そうだ。僕は天才で、馬鹿野郎だ。

あいつの世界から逃げたくて、でも結局、

あいつと同じ土俵で勝って出し抜きたい気持ちを抑えられなくて。

大好きな人と、死ぬまで一緒にいたくて。

なぁ、カミナは、少しでも傷ついたかな?

お前はどれくらいの傷を負った?

滅多に見られない、お前の焦る顔、絶望する顔。

もっと見ていたかったんだけど、

死ぬ時って案外瞼が重くてさ。

最後に聞いた声、どんなだった?

お前に愛を囁くための、とっておきだったんだぜ。


みんな、僕のこと、ずっと覚えていてくれるかな。


リノ・カミナリノじゃない僕、リノ・ライノの名前を。


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