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ある夭逝した天才の記憶  作者: 千艸(ちぐさ)
5/7

年上の灰色の男

夢なんかじゃ、ない。こんな、こんな歌に、僕は泣いたりなんか。僕は。セルシアさんに、負けたりなんか…!


七神剣の森のBLスピンオフ!年上の灰色の男がやって来た。リノは彼に敵愾心を抱く。僕の代わりにならないで、と。

クリスが変なのを拾って帰ってきたな、とリノは思った。彼がここ数日森に行っていることは分かっていた。クリスに仕込んであるボディメンテモジュールは、僕が見ようと思えばどこに居ても彼の居場所と健康状態を送ってくる。プライバシー?そんなもの、僕の飼い犬には無い。

モルガン工房宛にカミナから一報が入る。クリスが今から連れて行く三人の客人に協力してくれ、と。拡張現実が使えないから、ヘッドセットを準備しておいてほしいと。このご時世そんな人間いるのかと僕は驚いた。故障だろうか。モルガン本人は未読無視するつもりの様だ。まあ差出人がカミナなのだから仕方ない。クリスが来てから説得させよう。

下が賑やかになった。客人達が来たようだ。ヘッドセットを三つ持って店に降りる。クリスの声がする。

「叔父貴、リノはどこ?俺はリノに会いに来たんだけどー!」

…もう酔っ払ってやがる。何かテンションの上がることでもあったのだろうか。声を掛けようとして、客人には聞こえないのだと思い直した。

カランッ……

鐘を鳴らす。客人達は一斉にこちらを向いた。

オレンジ色の髪の女の子。狐色の髪の少年。灰色の髪の男性。多分女の子と少年は僕より年下で、男性はクリスより年上だ。

あ、でもこいつ、美人だ。見たことのない、ガラスみたいに瞳孔のない銀色の目をしてる。多分こいつにクリスが引っ掛かったな。相変わらず面食いな奴だ。

「リノー!会いたかったよー!」

クリスが飛び付いてきたのでブーストで受け止める。百九十センチの巨体で子供みたいな動きをするんじゃない。

「なに、クリス、出来上がるの早くない?師匠、僕にも何か作って。度数は強くても大丈夫、減りの悪いやつで良いよ」

モルガンに注文すると彼は頷き、棚を物色し始めた。

「クリス、離れてよ。この人達にヘッドセット渡したい」

クリスは答えない。一晩会わなかっただけでこんなにべったりになるのは珍しい。

「…もしかして何かやましいことでもあるの?あの灰色の人?」

僕が問い掛けると、クリスは腕をぴくりと震わせた。僕はふん、と鼻で笑ってやった。今更この程度で嫉妬などしない。

「ま、お前面食いだもんね。引き摺るからいいよ」

ブーストを掛けてクリスを背負ったまま三人の客人の前にヘッドセットを置く。

「クリス。ヘッドセットつけてって伝えて」

「ヘッドセットつけろって言ってるよー」

客人相手に随分ぞんざいだな、と思ったがクリスなりの処世術なのだろう。こいつはこうやって人懐こくするりと相手の懐に入るのが上手い。三人はそれを聞くとめいめいにヘッドセットを手に取った。なるほど、言葉は通じるらしい。

ヘッドセットの着用を手伝い、キャリブレーションを案内してやる。ヘッドセットを被ったなら、僕の声はもう届いている筈だ。雷様特製パッチを当てると、客人達は嬉しそうに辺りを見回す。外国で自分の国の文字が読めると安心するのだろう。そういう気配りがカミナに出来るとは思っていなかった。人間らしいところも残ってるじゃないか。

拡張現実で僕らの公開情報を読んだのか、少年が声を上げる。

「クリス十八じゃねーじゃん!」

「たはーバレたー!」

僕の荷物が背後で大声を出す。

「え、どうして分かったんです?」

灰色の男が少年に尋ねた。

「クリスの顔に書いてあるぞ」

「顔?ああ…なるほどこれか」

「なんでそんなすぐバレる微妙な嘘をついたのよ…」

女の子が呆れたようにクリスにツッコむ。

「実は今日誕生日でさー」

「それも嘘だよ。クリスはそういう奴」

多分、明確に年下だとアピールして灰色の彼に気に入られようとしたんだろうね。

「リノちゃん酷い!俺は害のある嘘はつかないよー!ただの冗談さー」

「クリスってゲイなのか?」

少年が切り込む。この子、面白いな。確かに僕らはそう見えてもおかしくない。

「いー!?いきなり何!!?藪から棒過ぎない!?」

荷物がさっきから五月蝿い。ここいらで僕のポジションを明確にしておかないと。

「あ、僕は男は嫌です」

「リノちゃんは梯子外すの上手いね!?可愛いね!!俺もゲイじゃないです。好きな人がたまーに男の時があるだけでーす!」

「さっき僕にナンパ吹っ掛けてきたのは?」

「せせセルシアさんリノの前で言わないでくれるかなぁ!?それは勿論!好みだったからだよ!!」

やっぱりね。僕は肩を震わせた。多分、笑ったんだと思う。で、灰色の彼の名前も憶えた。セルシアさんって言うんだね。


その後も会話は続き、ようやくクリスが荷物役をやめた。ふと気付くと、レオンという名らしい少年が僕のことをじっと見ている。クリスもそれに気付いたようだ。

「あー、レオン君もリノに惚れちゃったー?サンリアちゃんに怒られるぞー」

「ちっ違えよ!いやサンリア関係ないけど!どうやって喋ってるのかなって気になっただけだ」

「ああ、僕はほら、喉を怪我していてね。声が出せないから会話モジュールをインプラントしてるんだ。脳内のニューロン活動をスキャンして言語化して電子音声出力に送信してくれるやつ。僕は技師だから色々モジュール作っては自分の脳で試してるんだよね」

ニューロンの下りは嘘だ。モジュールに全置換しているなんて、この国でも言いふらせることではない。他国の人間なら、尚更だ。

「喉、治せばいいのにねー。リノは頑固なんだよー」

そりゃ、この傷はお前との絆の証だからね。治すわけない。

「治す必要性を感じないんだよね。脳スキャン即出力だと、音声出力よりも余程高速にマルチタスクにこなせるから。この会話だって実際かかってる時間の半分くらいで脳の出力は終了してて、君達のヘッドセットの調整やお酒の味に意識を傾けることができる。むしろ皆こそ僕の真似をすればいいのにと思うよ」

これくらいの嘘、僕には何の苦でもなかった。

「はー…ん、すげえなー…」

「レオンはご覧の通り、口より頭の回転の方が遅いからきっと意味ないわね」

サンリアと呼ばれた少女が笑いながら言う。ヘッドセットの下から顎を指で支えていたセルシアさんが口を挟む。

「原理は分からないけれど、でもそれって、会話の途中で相手の反応や不測の事態で声を潜めたりトーンを変えたり中断したりはできるんです?ああ、出来そうかな、考えさえすれば上書きされるのかな。でも、やっぱり歌とは相性が悪そうですね。歌は自分の声が体を震わせることや相手と響き合いリズムになることを楽しむものですから。

 折角耳に届くのは鐘の音よりも美しい声なのだし、是非治せるなら治していつか僕と一緒に歌ってほしいな、金糸雀と見紛う貴方」

おおっと、セルシアさんはそういう奴か。僕は一歩たじろいだ。そういえばこの人、大きい楽器らしきものを背負っている。歌唄いに偏見はないけれど、とりあえずこの人は貞操観念の低いタイプらしい。

「流れで口説くな!」

サンリアちゃんがセルシアさんに肘鉄を入れる。

「まーたリノがモテてるよ。妬けちゃうわー」

クリスが何故か自慢気に僕の方を見る。何だその顔は。

「何で男しか寄って来ないのかなぁ、このお店のせいかなぁ」

「おいおい、俺の店辞める気か?」

モルガンが片眉を吊り上げる。

「冗談。師匠から離れたら面白い仕事絶対減るもん。追い出されても居座るよ」

これは本気だ。ただ、もしかしたらもうすぐ死ぬかもしれないけど。その準備をしていることは、誰にも内緒だ。


三人は店を去った。この後雷様に会いに行くらしい。あの三人が、恐らく国外の〈剣の仲間〉。サンリアちゃんは不思議な形の剣を持っていた。レオン君の剣は普通の片手剣の様だった。セルシアさんの剣は見当たらなかったけれど、あの大きい楽器が怪しい。三者三様で面白い。僕のクリスが巻き込まれないなら、気軽に応援出来たんだけどね。

僕はクリスに、ある玩具を渡すことにした。武闘会で危険なのはきっとセルシアさんだろう。あの人の情報が欲しい。何とかして武闘会の前に、あの人を解析してやる。

その夜、クリスが帰ってきた。珍しく歌なんか歌っている。


幸せな国とは何だろう

事故や病気は無くなろう

それでも闇は残るだろう

雲の上でもまだ足りぬ

これより上は堪えられぬ

陽の眩しさに目が灼ける

夜の冷たさに手が凍る

求めるほどに逃げてゆく…


「聞いたことない曲だな。どうしたの?」

「これはねー…さっきセルシアさんが即興で作った曲。なんか、頭に残っちゃったんだよねー」

「なるほどね…」

この国に来たばかりだというのに、中々正鵠を射ている。詩人としては有能な様だ。

「…クリス。セルシアさんってどんな人?」

「んー、お金貰えるなら何でもしてくれそうな人」

「ひっど…」

「本人が言ったんだよー!そういう商売だったんだって」

「それでお前がコロリとやられたワケね」

「…リノちゃん、妬いてます?」

クリスがまた僕に抱き着いてくる。僕は忙しいってのに。

「妬く訳ないだろ。お前が誰と遊ぼうと妬んだことあった?女の子なら僕にも友達とか紹介しろって思うけど、野郎はいいよ、興味ない」

「俺のことは大好きなのにね」

「体の関係は持つ気はないけどね」

「…大好きなのは否定しないのか?」

「否定してほしかったの?相変わらず変態だなお前」

「酷くない?でもそんなリノちゃんが好き」

「じゃ、僕のことが好きなお前に頼みがある」

「ええ!?なになに、何でもするよ!」

僕はプリンタでドラッグパッチを三枚出力してクリスに渡した。

「これ、機を見てセルシアさんに使って?僕に頼まれたことは内緒ね。どうせあの人誘って遊びに行くでしょ、お前」

「う、うん…それはまあ、行こうと思ってたけど…。これ大丈夫なやつ?」

「いや?まだ新しくて医療モジュールも対応出来てない、法規制されてないだけの、バチバチにキマるやつだよ。三枚あるのは抵抗された時のための予備。使ったら介抱するとか言ってここに連れ込んで。僕はあの人の情報が欲しい」

「…割と倫理観無いよね、リノちゃんって」

「やだなぁ、それは僕とお前だけの秘密だぞ?」

クリスに上目遣いでウインクしてやると、クリスはぎゅっと目を閉じた。

「…もう何も見ない。今の絵を俺の墓場まで持っていく」

「あー、もうやだこの馬鹿…」

僕は目を閉じたままのクリスの唇にキスをした。クリスがぱっちりと目を見開く。

「えっ、今口に…」

「ほら、今のが報酬。先払いだから、宜しくね」

うおーっ!とクリスは吠えた。

僕はしまったなぁ、と思った。

リノモジュールの準備を始めてから、クリスに触れたくて堪らなくなっている。確かに以前の僕なら好きだとか簡単に認めなかったし、キスやサービスもしなかった。弱気になっているのだろうか。やっぱり一度だけ、抱かれておくか?



クリスは森の調査を終えたらしい。森の拡がり具合を計算して、あと何年持ちそうかを雷様に報告したと言っていた。そして大会一週間前に、そろそろセルシアさんにカマしてくるぜ!と意気揚々と作業部屋を出て、そこから四日、帰ってこなかった。

流石に四日は長過ぎる。え、もしかして、失敗した?五日目、僕はクリスのボディメンテモジュールを呼び出した。酩酊状態だ。慌てて迎えに行くと、クリスとセルシアさんは二人とも全裸で虚空を見つめながら薄暗いホテルの廊下に放り出されていた。僕は状況を察した。クリスお前、予備を自分に使ったな?

「あーあ、ガンギマリじゃん。数日でこんななる?普通。勘弁してよね」

僕はとりあえずセルシアさんにヘッドセットを被せ直した後、クリスとセルシアさんの口の中に指を突っ込み、上顎にドラッグと対になる解除パッチを注入した。

「──っ、あー……効いたァ………」

クリスが呻く。

「だっさいなぁ…」

僕は鼻で笑ってやった。お前までそんな醜態晒す必要無かっただろ。するとクリスはガバリと僕に抱き着いてきた。いつものこととはいえ、全裸はキツい。

「うわっ!?ちょっと、もう大丈夫な筈だよ!まだおかしいフリなんて通用しないからね!」

「分かってる、愛してる、リノ、んちゅー」

「うわーやめろー!臭い!汚い!!水風呂で頭冷やせクソ野郎!!」

僕は気付くとクリスを床に叩きつけていた。

「こらこら…僕の前でイチャイチャするのやめてもらえますか…」

セルシアさんが力無く笑う。今のがイチャイチャに見えた?こいつも頭大丈夫か?

「おにーさんもだよ…何がどうなって二人素っ裸でこんなとこにポイされてるんだよ…」

白々しく心配してやる。いや、何故全裸なのかは素直に謎が過ぎるが。

「女の子達と楽しく遊んでるところで何か多分食べた?飲んだ?吸った?かして、そこからはちょっと自信ないです」

「無防備!!」

「いやー、うん…次から気をつけますね…」

「ラリッてるセルシアさんもーさいこーだったよぉ」

「…こいつの仕業?」

いちいちクリスが癇に障るが、セルシアさんの信用を得るためだ。ちゃんと芝居は続ける。

「あー、んー…まあそうかも?」

「なんか…ごめんね…。こいつに入れてあるモジュールがあんまり長いこと酩酊状態示してたから来てみたんだけど。もうちょい早く来るべきだったか」

「なーに、心配してくれたのー?リノも混ざるー?」

地面にひしゃげたクリスが手を延ばしてくる。お前、本来の目的を忘れていやしないか?巫山戯てるんじゃないんだよ。

カラン…

と鐘をひとつ鳴らし、冷たい目でクリスを見下ろす。クリスは我に返ったのか、床で震え始めた。

「…すんません」

「うん。次うざ絡みしたら捨てて帰るからね」

「ハイ…」

「あと国外の客人に変なパッチ使わないで」

「ハイ…でもセルシアさんが」

「言い訳無用」

「ハイ…」

これ以上今のこいつに喋らせるとボロが出る気がする。僕はとりあえずクリスを黙らせた。

「大方宿代が切れて部屋から追い出されたんだろうけど…まず風呂に入らないとだからまた一部屋借りたから。ほら二人とも荷物と服持ってそこの部屋入って。さっさとシャワって出て来て」

「あの、リノさん…クリス君と一緒にシャワーはちょっと」

「お前ホントに何したの!?」


仕方なく、僕は大の男が二人で入る風呂場のドアを開けて見張り番をした。クリスが何故か喜んでいるが、変態のことはいちいち構ってられない。

「あのさぁ、大会までもうあと二日なの。知ってる?」

「お、もうそんなに経ってたかー」

「お、じゃないんだよ!僕が助けに来なかったらお前ら出場すらできなくなるとこだったぞ!?その場合クリス、お前は間違いなく有罪だ。雷様が呼んだセルシアさんを誑かした罪」

そんな下らないことで僕の計画が全部おじゃんになってたまるか。僕は二人にイライラしていた。

「そんなー、俺は誑かされた側だよー!有り金すっからかんだしー。こんな美人なお兄さんがさー、金さえ払えば何でもしますよーなんて言っちゃうのが良くないんだよー」

クリスが言い訳する。僕が指示したってことは伏せる辺り、一応正気は取り戻しているらしい。いや、お前自身にもパッチ使えとは僕は指示したつもり無いけどな。

「ははは、マスクは付けてないけどクリス君の声は普通に聞こえてるんですよ」

「そして否定はしないんだねセルシアさんも…はぁ、嫌な化学反応だな…。てか何?有り金すっからかんって言った?」

「あっ、そうじゃんリノちゃん貯金も…!ごめん!」

やっぱりね。僕は溜息をついた。お前の金銭感覚なんてそんなもんだろうと思ったよ。

「別に?元々クリス…脳味噌下半身野郎の金だし、謝らなくていーけど。僕んとこに来るはずだったものがこんな一時の快楽に使われたのは何となくムカつくな。その顔やめろ」

「リノ…そんなに俺に期待してくれて…無理、我慢出来ない。今から抱かせていただきます」

「え、何そういう流れ?お手伝いします」

「違あぁぁう!!!!!!」

僕は思わず壁を殴った。こいつらもうここに捨てて帰ってやろうか?勝手に二人でイチャイチャしてろよ。クリスを勝たせたい僕が無駄に健気で馬鹿らしく思える。

でも、本来の目的は一応ここからなのだ。二人が風呂場から出て来たので服を渡す。一着しか用意してないから、クリスは臭い服のままだが、自業自得だろう。セルシアさんがヘッドセットを被り直したのを見てから声を掛ける。

「セルシアさんも、流石に今晩はうちに来てメンテさせてもらうよ。ドラッグが残ってたらドーピング扱いになって大会になんか出られないし。良いよね?」

「はい、お手数お掛けします」

しおらしい笑顔。ホント、顔が良いって得だよな。僕が言えた話じゃないけどさ。



想定外のことも起きたが、何とか当初の予定通り、セルシアさんを作業部屋に連れ込むことに成功した。セルシアさんは何というか、好奇心の塊という感じの人で、僕が彼のスキャンを解析している間ずっと、クリスから作業部屋と僕の仕事について話を聞き出していた。なんか、仲良いじゃん。僕がいなくなっても、セルシアさんがいるなら平気か?お前は。

「…驚いた。セルシアさんはインプラントひとつもしていないんだね」

僕はわざと二人の話の腰を折りにいった。

「あ、はい、実はそうなんです。…サンリアちゃんが調べてくれました。ここでは〈剣の仲間〉は皆知ってるおとぎ話なんですよね。僕は、それです。他の世界から来ました」

セルシアさんの思わぬ返答に、僕は頭を抱えた。

「……あのさ。おとぎ話はあくまで、おとぎ話なんだよ。大真面目に言わないでくれる?剣の仲間?何の剣なのさ、セルシアさんは」

「それは言っちゃいけないことになってるんですよね…」

「ほら見ろ。僕は信じないよ、他の世界なんて」

「まあ、それは別に信じてもらえなくても良いんですが…」

セルシアさんは困った様に笑う。クリスが首を傾げる。

「でも確かに、サンリアちゃんが持ってた杖みたいなの、あれであの子飛んでたよな。あれが彼女の剣なのか?」

「言えませんってば…。でも、僕らの剣の中では彼女のが一番攻撃的です。彼女は今回の武闘会には出ません。僕とレオン君の剣は攻撃魔法は使えませんから、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ」

どうだか。そんな言葉を真に受ける馬鹿は…クリスくらいのものだ。僕は溜息をついた。会話対象をセルシアさんに絞って叱りつける。

(あのさ。クリスのこと揶揄うの、やめてくれない?こいつ素直なんだよ。セルシアさんみたいな悪い大人に慣れてないの。)

(…あれ、これ僕にしか聞こえてないやつですか?)

(そうだけど。…え、セルシアさんも同じことしてる?)

(ええ、まあ、僕の魔法で同じこと出来るので。…僕にモジュールが入ってないのにこういうこと出来る、ってことで、少しは信じて貰えました?)

僕は気付くとセルシアさんを睨みつけていた。〈剣の仲間〉なんだろうなとは、最初から思っていた。それがもっと英雄的で、クリスみたいな奴ばかりなら、僕は安心して雷の剣をクリスに持たせるつもりだった。だがこいつは駄目だ。こいつといると、クリスは駄目になる。

(…僕は、クリスに雷の剣を持たせる気でいる。だから約束して。セルシアさんは悪い大人だから、クリスに手を出さないで。…僕の、代わりにならないで…)

(…リノちゃん。君は…)

僕は泣きそうになり、思わずクリスとセルシアに背を向けて端末の方に向き直った。

(…そうだよ。僕にとってクリスは特別なんだ。お前になんか、やるもんか)

「あれ、リノ、どうした?」

クリスからすると僕は突然黙り込み、セルシアさんを睨んで、それからそっぽを向いた様に見えていただろう。

「…どうもしてない。クリス、お前は…」

その先は言えない。聞けなかった。お前は雷の剣を手に入れたら、セルシアさんと一緒に行くのか、なんて。そんなこと、聞かれてもクリスは困るだろう。行かなきゃ駄目なら行く、それだけだ。僕の気持ちなんか、介在する余地はない。何でそんな当然なことを聞こうとしたかというと。結局、僕はクリスに、セルシアさんより僕を選んでほしかっただけなのだ。口だけでも気休めがほしかった。

…お前と、違う世界に生まれていれば良かった。ここまでの僕と、これからの彼。どちらが長い付き合いになるかなんて、分かりきっている。

セルシアさんが突然、あの大きな楽器を手に取り爪弾き始めた。


優しい夢が 終わりを告げる

別れの時が 近付いてくる

僕らは皆 旅の途中で

偶然ここに 集ったのみで

それはほんとに 奇跡でしょうか?

そこに意思など ないのでしょうか?

思い出してご覧 僕らはいつも

逢いたくて手を 延ばしてたんだ

君と一緒に 生きたかった

君と一緒に 死にたかった

それが叶わぬ 夢だとしたら

僕はただ願う 忘れないでと

この延ばした手 届かないなら

僕はただ願う 強く生きてと……


「……!」

夢なんかじゃ、ない。こんな、こんな歌に、僕は泣いたりなんか。僕は。セルシアさんに、負けたりなんか…!

「…おい、リノ。大丈夫か、お前……」

クリスが僕の様子に気付き、優しい手を僕の顔に延ばす。クリスの手は当たり前のように僕に届いて、僕は、もう、駄目だった。

「嫌だ、クリス、僕は嫌だ…」

涙を溢しながら、クリスの手に縋りつく。

「こんな世界、こんな最後、こんな運命、全部嫌だ…!」

「お前は何を…」

クリスは困惑している。そりゃそうだろう。こいつはちっともピンと来ていやしないみたいだから。

お前は何だかんだ言って、僕がいなくても大丈夫な奴だ。もしおとぎ話が本当だったとしても、やがて使命を終えて僕のところに帰ってくれば良いと思っているのだろう。

耐えられないのは、僕だけだ。

みっともないのは、僕だけだった。


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