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ある夭逝した天才の記憶  作者: 千艸(ちぐさ)
4/7

別離の兆し

(…クリスに雷の剣を持たせて、僕はモジュールとして、あいつに付いていく…?)


七神剣の森のBLスピンオフ!リノがブーストモジュールを発表しようとしていた武闘会。それは、二人の別離の兆しだった。

リノはブーストモジュールの改良に注力し始めた。今まではリノと、せいぜいクリスのためだけのモジュールしか開発していなかったが、公開するとなれば万人に適合するモジュール製作が必要になる。彼は今まで稼いだ資金を使ってサーバー群を作業部屋に整備した。それから、琥珀宮に一度帰ると言ってクリスを仰天させた。

「何でそんなに驚くんだよ。僕の実家だぞ」

「いや、そうだけど…大丈夫か?」

「何?もう全部処分されてるとか?それなら凹むけど」

「いや、そんなことはされてない。全部いつお前が帰ってきても良い様になってる。人も最低限だけど配置されてる」

「…お前詳しいな?」

「な、何もしてねぇよ!?」

何をしたとは聞いていないのだが、まさかこいつ、僕の部屋で。リノは軽蔑した視線をクリスに投げた。

「…作業部屋ではするなよ。僕がこれからも住む場所なんだからな」

「うん……」

クリスは遠い目をしている。こいつ、ここでも既にやったのか。いつの間に。馬鹿なのか?馬鹿だったな。

「心配要らない。琥珀宮に戻るのは僕が二年前まで使ってたマシン群の回収だ。作業部屋の僕のベッド片付けてそこに置く。僕はお前のベッドで寝ればいい、二つも嵩張って邪魔なだけだ」

「…せめて片付けるベッド逆にしない?」

「変わんねぇだろ。何がせめてだよ」

「駄目だよー!俺のベッドでお前が寝るのはなんか駄目!」

「いや分かんねぇよ…日当たり的にも動線的にもそっちの方が良いんだけど」

「じゃあ俺がベッド交換するから。片付けるのも俺がやっとくから。」

「何で…」

「大丈夫だから!!」

まあ、僕としてはどっちでもいいから、クリスがそこまで拘るなら任せよう。リノはクリスを放置して琥珀宮に向かうことにした。


二年半ぶりの琥珀宮。さすがに少し勇気が要ったが、リノを見て主人と判らない人間は置かれていなかった。

「そのサーバーも運び出して。この端末は僕が自分で持っていく。それからそっちのシミュレータと…」

『リノ、戻ったか』

リノが指示を出していると、入口から声を掛けられた。否、これは転写だ。リノの会話モジュールのようなものだ。

「…父様」

リノが振り返ると、部屋の入口に初老の男性アバターが立っていた。威厳だとか神っぽさだとかに振った、父の対外用の姿だ。本来の姿はもっと若い見た目をしている。

『大きくなったな』

「父様は相変わらずの様で」

『それはまあ、そうだろう。私が変わるのは不都合しかない。…今そちらに向かっている。この後時間を取れるか?』

「あんまり時間は無いよ。クリスを待たせてるんでね」

『クリスには伝えておこう』

リノは明確に顔を顰めた。そういう立場だと分かってはいたが、僕らの間の取り決めに越権行為をしないでほしい。神と人じゃなく、父と子として。

「…何か用なの」

『親子三人で話す機会も必要だろう』

「ああ…そう」

母様もいるんじゃ、仕方ないな。リノは諦めて、自室での作業をさっさと片付けることにした。


兄と言えるくらい見た目の年齢が近くなってしまったカミナに連れられて、リノは金剛宮に足を踏み入れた。応接間に、白髪の混じりはじめた母、リンスが座っていた。

「リノ…!大きくなったわね!」

「二年半ぶりだね、母様。背伸びたでしょ」

「そうね…、…」

母の視線がリノの喉に、遠慮がちに釘付けになる。

「母様、心配かけてごめんなさい。でも、僕にはこうする必要があったんだ」

「ええ…クリス君から聞いているわ。守ってあげられなくて、ごめんなさい」

母の目が潤む。リノは慌てた。傷付けたのは自分。親不孝なのは自分なのだ。

「良いよ。僕は今、生まれてから一番自由で幸せだから」

「そうなのね。兄さ…モルガンは貴方に何か師匠らしいことはしてるの?」

「色々仕事は貰えてるよ。そろそろ自分のブランド立ち上げようかと思ってる」

「応援してるわ、リノ。私もカミナも、いつでも貴方のことを応援してるから」

「ありがと」

カミナも頷いたが、リノは母親にだけ微笑んだ。この母にとっては息子は僕一人、当然そうなのだろう。父にとってはどうかな?何百人といただろう過去の子供達の中で、名前を覚えてもらっていただけで驚きなんだけど。いや、そりゃほぼ機械なんだから、記憶は確かなんだろうけど、僕の人格まで区別出来ているとはあまり思わなかった。


「そうそう、クリス君から聞いてる?あの子、次の武闘会に出るつもりらしいわよ。貴方はサポートに入るのかしら」

「…え?聞いてないよ。何だあいつ抜け駆けしやがって。それなら僕も出るよ」

「リノは…やめておいた方が良いんじゃないか?」

カミナが口を挟む。僕の体格は確かにお世辞にも良いとは言えない。身長はクリスより二十センチは小さいし、筋肉も最低限しかついていない。だが、筋肉量だけで勝ち負けを判断するなんて、野蛮な地上人類のすることだ。

「何で?僕、強いよ。何も鍛えてないけど平気さ。僕は一級技術士なんだから。武闘会までには仕上げるよ。いつ開催なの」

「開催時期も知らずに出るなんて言う奴がいるか。…少し外せない予定があって、早めた。二ヶ月後だ」

「もうすぐじゃん!?」

「その頃に、遠方から客人が来るのだ。彼らは若いが、才能がある。剣の才能というより、魔法の才能だ。だから是非武闘会に出席させたいと考えている」

「魔法…ねぇ」

確かにこの父は神様で、そういう概念を持つと聞く。しかしつまりそれは、未知の技術ということだ。技術士としての父は恐らく、武闘会で戦わせ、他国の技術を盗みたいのだろう。

この世界では明確な国同士の潰し合いは絶えて久しい。だがそれは国同士の争いが無くなったことを意味しない。各国は折衝が上手く行かず一触即発になった場合、一人、戦士を相手の国に送り込む。それ以上の戦力は出さない。個人同士の戦いに、国同士の趨勢を仮託するのだ。それはまるで古代における騎士の一騎打ちだった。

武闘会はつまり、その騎士を選出するための神聖な儀式だった。戦士達はどんな状況にも知恵を振り絞り、どんな手を使ってでも相手に勝つ力が求められた。とはいえ流石に何でもありでは危険過ぎる。故にカミナの力で妨害行為は防がれるし、武器は近接武器一つだけ、医療モジュールが無かったら死んでいたと審判が降りた時点で敗北、と定められている。それでもそこで勝ち抜いた者は国を代表する戦士だ。クリスの父親もかつてそこで優勝し、次の武闘会で代替わりするまで実際に戦士として戦っていたことがある。現国王は戦士として敗北する前に国王となり、今に至っている。

クリスを次の王にさせるなら、優勝は必須だった。

「父様がそう言うってことは、その人達、国外の人だね?」

「そうだな。詳しくは言えんが。ただ、この近隣諸国ではない。だからこそ招き入れる価値がある」

「理解できたよ。その解析、僕がやる」

「やめろ。お前にそれは許可しない」

「何で…っ!」

突然の否定にリノは憤った。

「これは国の問題だ。お前は参戦するのだろう。であれば、度を超えた解析行為は妨害の一部だ。許可するわけにはいかない」

「…そう…」

リノは素直に引き下がった。確かに興味はあったが、それは自分がやらなくてもカミナが十全にこなす仕事だろう。それならば自分は出場者としての権利を剥奪されない程度に止めておこうと思った。例えば、武闘会が始まる前なら、やりたい放題だよな?


クリスが配置換えしたリノのベッドで寛いでいると、リノが帰ってきた。カミナに引き止められたからだろうか、かなり機嫌が悪い。

「おいクリス、武闘会に出るらしいな」

違った。俺のせいだった。しまったという気持ちが顔に出たらしく、リノはこちらを睨みつけてくる。

「…早いうちに言おうとは思ってたよ?俺も日程聞いて参加するって申し込んだとこだったんだ。リノに隠すつもりなんか無かったよ」

「昨晩でも今朝でも幾らでも話せただろ。お前の参戦を母親から聞く僕の気持ちにもなってみろ」

「ごめんなさい」

ここは素直に謝るに限る。リノは大抵俺の言い分なんか聞かない。自分で自分が悪いと思っていることには余り言及せず、自分に非がない箇所だけを非難してくる。だから俺は謝るしかない。全く、賢くて我儘なお姫様だ。

「まあいいよ。僕も出ることにしたから。それまでにブーストを仕上げる。稼働時間と出力を伸ばして、体の負担を減らす。医療モジュールとの勝負はしたくないからな」

「マジでか…モジュール妨害受けたらどうするの?」

「妨害は無いだろ、妨害禁止はカミナの権能だぞ。それに打ち勝つ奴がいるとは思えない」

「分かんねぇぞ?例えばお前なら出来るだろ」

俺がそう指摘すると、リノは黙ってニヤリと笑った。

「…出来る。僕はカミナのモジュールを解析してある。勿論前回のだから、あいつもアップデートしてくるだろうが、試合が進めば対応出来る筈だ」

「ほら見ろ。なら、他にも出来る奴がいるかもしれない」

「カミナと、僕の他に?そんな奴この国に…、…」

「どうした?」

突然リノが押し黙ったので俺は先を促した。

「いや、この国にはいないだろうけど。カミナ、国外から客人を呼んでいるらしい。そいつらにも参戦させるって言ってた。魔法を使う連中なんだと」

「ま、魔法……魔法とは、大きく出たな」

「カミナが言うから質が悪い。あいつ自身が魔法使いのようなものだしな…」

神名、雷様の名の通り、カミナは自在に電場を操る。雷様が存在するからトニトルスのナノマシンは機能を十全に果たすし、雷様が存在しなければこの国は一瞬で無法地帯となる。リノが製作するモジュールも、結局雷様の権能ありきのものが多い。この街の大気中に隅々まで漂うカミナのナノマシン群。この街では当たり前のように存在するそれは、いまだ他国では再現すら出来ていない、魔法の技術だった。

俺やリノが結局国外を渋るのもそこだ。例えば医療モジュールは大幅に機能を落とし、体内のナノマシンを治療箇所に移動させることが出来なくなる。たまたまそこに存在していたナノマシンだけで治療を施すことになり、自然治癒力に毛が生えた程度の機能しか持てない。体内移動の不要な局所モジュール、リノの思考モジュールや会話モジュール、国外に出た時に使うであろう翻訳モジュールなんかは問題ないだろうが、ボディメンテすらままならないのは、それに慣れきった俺達には厳しいものがある。

俺はリノを見た。こいつなら、雷様の権能をいつか完全に解析し、その魔法を技術に落とし込めるに違いない。

…そうなった時が、こいつが真にカミナの影から解放される時なのだろう。



「…リノちゃーん、ハピバー」

俺は恐る恐るリノに声を掛けた。最近のリノは機嫌が悪い。武闘会が近付いてきていて、そこをブーストモジュールの発表会にしようと画策しているらしい。俺にも導入して、二人で勝ち上がる算段のようだ。それは確かにきっと最高の宣伝になるだろう。それに向けて今は最後の詰めの段階なのも分かる。でも俺の、いや、せめてリノ自身の誕生日は忘れないでほしかった。

「…え?何、もう五月?」

「五月どころか六月になりそうだよ〜!気付いて!ほら!俺の公開情報!十九歳になってるよ!」

「ああ、そりゃ僕の方が誕生日遅いんだから僕の誕生日が来たってことはそっちも歳食ってるだろ」

リノは何当たり前のこと言ってんの?という顔で流そうとする。

「あの…お祝いとか、しませんか」

「していいよ」

「左様ですか」

俺は作業部屋にバースデーケーキとシャンパンの出前を取った。机の上に並んだものを見て、リノが眉を顰める。

「甘いもんに酒合わすのって趣味悪いよね」

「去年のリノちゃんは喜んでくれたのに…」

「そうだっけなぁ。とりあえず、はい」

リノが作業部屋の食器棚からグラスと皿、フォークとナイフを取ってくる。一応文句を言いながらも食べてくれるらしい。ありがた過ぎて涙が出る。俺は不平不満を封印して、なるべく手早くお祝いを済ませようと決意した。


リノは余程限界だったのか、いつもの酒豪っぷりが嘘のようにシャンパン一本で眠ってしまった。普段酔い潰れるのは俺の方だから、何だかすごく特別なプレゼントを貰った気分だ。陶器のように滑らかな頬は赤く、寝息を立てる唇がとても色っぽい。起きている間はブーストで抵抗されるけれど、今なら悪戯をしてもバレないのでは?

俺はリノの顔に手を延ばした。

パシッと叩かれる。

「…え?」

リノの顔を確認する。熟睡中だ。念の為、顔の死角から背中を触ろうとする。リノの右手が的確に俺の手をはたき落とした。

「どうなってんの??」

眠っているリノと暫く攻防を続け、埒が明かんと俺は馬乗りになろうとした。リノは眠ったままずるりと起き上がり、謎の態勢から俺に回し蹴りを入れた。側頭部にクリティカルヒット。何この生き物。ついに人間をお捨て遊ばした?俺はそのまま半笑いで気絶、もしくは寝落ちした。


翌朝、リノは俺を起こし、面白いデータをどうもありがとうと言った。わざわざそう言うということは、俺はどうやら嵌められたらしい。

「あれ何だったのー?」

「妨害対策のプログラムだよ。僕が知覚できない状態でも体が動けるようにした。眠らされても大丈夫」

「どういう仕組みなんだ…」

「空中に僕のナノマシンを散布したんだ。それで知覚して、体を動かす」

「意識が無くても?」

「うん。便利でしょ」

「便利だけど、ここでは使わないでくれ」

「何で?あれがなかったらお前、僕を襲ってただろ」

「ぐぬ……、…一緒に寝れなくなるだろ、危なくて」

「ああ…、それは確かに。じゃ、ここでは感知範囲を限定しとこう」

「どこまでがアウト?」

「尻と唇かな」

「気をつけます」

俺は密かな楽しみである毎朝の首筋へのキスを取り上げられずに済んで、内心安堵した。



俺は何でも屋を自称したつもりはないが、王子であることと顔の広さから、たまに変な相談事をされることがある。その日は地上の門衛から、トニトルスの雲が拡散してるんじゃないかと相談を受けた。もしそれが本当なら、雷様案件だ。一兵卒に上申できるルートは無いから、俺が頼られた。

金剛宮まで遊びに行きカミナに問い質すと、あっさり答えが返ってきた。

「あれは雲が広がっているんじゃない、周囲の森が迫ってきているんだ。気になるなら調べてみるといい」

「何それ、森林破壊じゃなくて森林汚染ってこと?」

「まあ、そうなるかな。別にトニトルスの下が森に覆われても問題無かろうが」

「いや、発着所の門衛からしたら問題だろうよ…分かった、ちょっと暇を見てペース調べてみる」

俺は久々に地上に降りた。相談してきた門衛が申し訳無さそうに頭を下げるので、気にしないでーと手を振って応えた。

森に入る。確かに、違和感がある。外から見た森と、中に入って見る森とで雰囲気が違う気がする。ただ、一日程度では拡がり方は分からないだろう。発着所からの距離を測って、その日は終わりにした。


蒼天に帰るか作業部屋に行くか迷って、リノを選んだ。全然構ってくれなくなったが、頑張っているリノを眺めているのもそれはそれで楽しいからだ。

「クリス、ちょっとシミュレーション手伝って」

…部屋に入るなり、リノが声を掛けてきた。こっちで正解だったらしい。

俺はリノとシミュレータ内の闘技場に立った。片手剣を構え、ブースト機能が作動する。リノの飛びかかりに対応し、俺は剣を左に受け流す。そのまま体を翻し剣を返すと、リノも振り向きそれを受けた。押し込もうとするとリノの剣は跳ね上がり、俺の剣を上から叩き落とそうとする。疾いが、軽い。

「体重が乗ってないぞ、リノ!」

「んなもんねえからな!」

ブースト機能をつけた者同士では腕力で押し切ることは出来ない。そこで差がつくのはやはり体重であり、俺の方が有利だ。

そう、思ったのだが。

「…ごめん、今のブーストモジュールじゃこの辺が限界みたいだ」

五分経たないうちに俺のブーストが切れた。シミュレーション上の俺の体温が異常値を示している。この短時間でリノを押し切ることは出来なかった。

「まあ、リノと当たらなきゃここまで長引かないだろうし、これでもいいんじゃない」

「それはそうなんだけど…いや、やっぱり安心出来ない。お前のブーストは僕が遠隔管理する。付けっぱなしは危険だ」

「冷却機能とかは無いんだ?」

「…間に合わない。僕のには付ける予定だけど、安全性が保証できない。あと二週間ちょいしかないんだ。本番は実験じゃない、実戦なんだよ。いくら便利でも、危険なモジュールだと思われたら意味が無いんだ。あいつも見てる…」

やはり、最近の不機嫌の原因はカミナか。クリスは分かっていたが、もどかしかった。逃げることも出来た筈だ。途中までは確かにリノは生まれ変わったと思っていた。でも結局、カミナに立ち向かう道を選んでしまった。人間如きが、神に。それが叶うと思い上がる程までに、リノはカミナに近かった。モルガンを恨む。完全なリノを復活させてしまったあの男の腕を恨む。カミナを恨む。リノを歪ませた運命を恨む。俺自身を恨む。リノに有名になってほしいと唆した過去の俺を恨む。リノは生まれ変わってなんかいなかった。どうしようもなくリノ・ライノに憧れた、リノ・カミナリノのままだった。だからこそ。

「…お前に任せるよ。俺らでツートップ獲ろうな」

「ああ、僕以外の誰にも負けんなよ」

この武闘会で勝つ。突破口は、そこにしかなかった。



武闘会まであと二週間。武闘会の詳細が発表された。優勝者には、雷の剣が授与される、と発表があった。

それは神の権能を受け継ぐ剣。子供のおとぎ話にも出てくる、世界を救う剣。その剣さえあれば、雷様の領域を離れた他国でもナノマシンを作動させることが出来ると、一級技術士であるリノは知っていた。その代わり、この剣を受け継いだ者は死ぬまで戦士となる。つまりここで優勝しても、クリスは国王にはなれない。

予定外だった。確かにここ二十年ほど、雷の剣は所有者不在だった。しかし、雷の剣が必要になるほど、そんなに緊張が高まっている近隣諸国があるとは思っていなかった。

(…或いは)

カミナが言っていた、魔法の力を持つという国外からの参加者。それこそ、おとぎ話の「剣の仲間」なのではないか?雷の剣と同じ、他の神の名前を宿し、その神の権能を持つ人々が、この国にやって来るのだとしたら。

目的は雷の剣の主を迎え入れることだ。

(……僕か、クリスか)

どちらが優勝しても、避けられないのは別離だ。

なら、棄権するか?

僕が棄権しても、クリスは優勝してしまうだろう。

あいつは勝つ気満々で、父親から過去の剣豪データを譲り受けてインストールしている。正直ズルいとは思うが一子相伝と言えばそんなものだとも思う。

クリスにも棄権させる?

次の武闘会は、戦士が死ぬなどのイレギュラーが無い限り、更に十年後。クリスは二十九歳になる。その頃に武闘会と聞いて、あいつが今と同じくらいの情熱を傾けるとは思えない。そもそも僕が二十歳になったら、国外に連れ出すなんて言って!それではあいつの国王ルートが絶たれてしまう。今回良い成績を出す必要は、あるのだ。優勝されては困るのだが。

(…クリスに雷の剣を持たせて、僕はモジュールとして、あいつに付いていく…?)

逆は出来ない。自分が戦士になったら、クリスは国王だ。あいつと離れ離れになってまで、優勝したいとは思わない。

クリスが優勝すれば、僕は自由だ。つまり、ナノマシン技師リノ・ライノとしての生を選べる。あいつが雷の剣でどんな戦いをすることになっても、僕が付いて行って死なせなければ問題ない。リノ・ライノはいつかは雷様の権能を剥ぎ取り、雷の剣の縛りを解く。そしてあいつは目出度く国王エンド。

問題は、この体に残った方のリノ・ライノだけど。


「お前、あいつがいない人生、耐えられそう?」

僕は鏡に聞いた。

他方の自分があいつと一心同体になったと知りながら、残される方の自分に聞いた。

「…死んでいい?」

僕は答えた。

まあ、そうなるよねー。分かるー。だって僕だもんねー。


茶番は止めにして、僕は準備にかかった。別に、クリスの方の僕が生きてるなら良いやと思った。この体で得したこと、一度も無いし。

作るのは、リノモジュール。うん、シンプルで分かりやすい。作ると言っても下準備はほぼ整っている。思考モジュールをそのまま突っ込んでやりゃあいい。いや、流石にあいつのニューロンと記憶が混同するのは不味いから、APIはちゃんと整えるべきか。余計な…危険な記憶を逆に読まれないように、載せる記憶も減らしておこう。作業はそれくらいかな。

ブーストモジュールの補助機能だって嘘ついて、こっそり仕込んでやろう。そしてこっちの僕が死んだら起動する。トリガーは、あいつの絶望かな?ふふふ、めちゃくちゃ楽しみだ!


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