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ある夭逝した天才の記憶  作者: 千艸(ちぐさ)
2/7

献身の茶色の獣

「十歳の神童!俺の叔父さん!初めまして、俺クリス・カニスって言います!俺とお友達になりましょう!」


七神剣の森のBLスピンオフ!献身の茶色の獣は、リノの復調を複雑な気持ちで見守っていた。

信じられなかった。

大馬鹿者だと思った。

ただ、彼は本気だった。

捨て身で近寄ろうとした。

それは僕も十分理解できた。


僕とあいつ…クリスが出会ったのは、僕が十歳の頃。あいつは十二歳で、僕の住処であり檻でもあった琥珀宮に、あいつが忍び込んで来た時だった。

僕らは互いに王位継承権を持つ、言わばライバルだ。僕はカミナの直嗣、末の子。クリスは二人前の子の一人息子。つまり僕の甥に当たる。王は今三人前の子が務めているが、まあもう六十歳を過ぎているし、いつおっ死んでもおかしくない。僕が王になるためにはもう少し長生きしてもらいたいけれど。

僕の父親カミナは不死の神様だ。正確には半人半神というやつで、定期的に妻を替えては子を成す。僕は今の奥さんを母親に持ち、僕に母親を同じくする兄弟はいない。父親が同じという意味では、一人前から三人前の子も兄弟なのだろうが、あんなおっさんおばさん達を兄弟だとは思ったこともなかった。その息子娘達も、別に。叔父としての愛着など何もない。だって僕が一番若くて、僕が一番賢いんだから。有象無象にはせいぜい僕の道を邪魔しないでほしい。そう、思っていた。


その日、僕が今月号のナノ技を読んでいると、カチャリと部屋の扉が開いた。メイドか教師か、と思って見ていると、入ってきたのは茶色い頭の大型犬。

ではなく。

いかにもやんちゃそうな、あまり物を考えていなさそうな少年だった。

「うわー、ついに見つけました!」

少年は僕を視認すると嬉しそうに駆け寄ってきた。何だ?僕を探す遊びでもしていたのか?

「十歳の神童!俺の叔父さん!初めまして、俺クリス・カニスって言います!俺とお友達になりましょう!」

は?嫌だが。僕は視線をナノ技に戻した。

「あれ?リノちゃん…なんか駄目でした?叔父さん呼びが悪かったかな、それとも神童が嫌でした?」

「お前が嫌」

「わっ!お声まで可愛らしいですね!?聞いてた通りです!俺とお友達になってください!」

「嫌です。帰ってください」

「どうしてですか!俺十二歳なんです、歳も近いからきっと仲良くなれるよって雷様がおっしゃってました!ですから、ね!」

雷様とは、カミナの、神としての名前だ。

「……父様が」

僕は胸いっぱいの溜息をついた。それはこいつと仲良くなれと暗に僕に命令しているのか?冗談じゃない。僕はいつか父様だって追い抜いて、世界一のナノマシン技師として活躍するんだ。こんな無神経な馬鹿と一緒に遊んでやる時間なんかない。

「…クリス・カニス。カニスって確か犬って意味だよね」

「そうなんですか!よくご存知ですね!母様が似合うからと選んでくれました!」

「僕の犬になら、なってもいいよ」

「……!?」

よし、黙らせられた。流石にこれで食い下がるような真似は、王家のプライドが許さないだろう。僕はナノ技に視線を戻す。えーっと、どこまで読んだんだっけ。

「……犬って、どんな遊びなら出来ますかね…!そうだ、散歩!散歩に行きましょう!」

「はっ?」

呆気に取られる僕の手をグイグイと引いて、茶色の大型犬はあっという間に僕を部屋から連れ出してしまった。


僕は琥珀宮から自主的に外に出たことは無かった。教師はリモートか通いの者ばかりだし、科学実験も運動も琥珀宮の中の設備で事足りる。剣術の試合をやるから見学にと連れ出されたことはあったが、まあ何というか、子供に見せるもんではないよなと試合後の血まみれの床を冷めた目で見ていた。連中と来たら医療モジュールのおかげで普通の怪我じゃ死なないと分かっているせいか、容赦なく相手を流血させる。首が吹っ飛んでもすぐに繋ぎ直せば蘇生するし、片手が斬り落とされたくらいではあっという間にくっついて試合続行だ。並の子供なら恐怖で失神していたかもしれない。だが僕は、僕だ。自分に理解出来ることは、何も怖くなかった。

逆に言えば、今のこの状況は全く理解出来ない。怖い。クリスとは体格差があり、力では勝てない。何で犬に飼い主が引っ張られてるんだ?散歩って、どこまで行くんだろう。ちゃんと帰してもらえるだろうか。

「リノちゃんは蒼天を探検したことはありますか?大丈夫ですよ、どこにいても雷様が見ていて下さってます。危ないことはありませんよ」

何故か自信満々に僕を引っ張り続けるクリス。流石に抵抗虚しく引きずられるだけの僕を衆目に晒すわけにはいかないので、僕も仕方なく付いていってやる体で自分で歩き始めた。犬ならいいよと言った数分前の自分を恨む。いや、本当に犬役を引き受けるとは思わなかっただけなのだが。

「犬が喋んないでくれる?不愉快」

せめて精一杯嫌われる努力をしてみよう。僕はクリスを睨みつけた。

「はっ、そうか……わん!わんわん?わんわんわんっ」

クリスは突然犬の真似をしながら僕に飛びかかり、ゴシゴシと頭を僕に擦り付けにきた。

「うわっ!?やめろ!犬終わり!クリス!その遊びお終い!やめろーっ!」

僕が全力で拒否すると、茶色い大型犬はしょぼんとした顔になった。

「駄目、でしたか…。結構楽しかったんですが…」

「いや人間でいてくれよ…」

「犬がお好きなのかと思って…」

「…嫌味とか通じない奴なの?お前」

「人並みには分かりますよ?リノちゃんのは気にならないだけですね!」

ああ、これは勝てない。僕ははっきりとそう認識した。こいつ、底抜けの馬鹿だ。僕に対する好感度がマイナスになるビジョンが見えなかった。

僕はクリスに連れられて、食堂に来た。初めて来る蒼天職員の食堂だ。場違い過ぎて、色んな大人が僕らをギョッとした目で見て、慌てて通り過ぎていく。中々どうして面白い体験だ。僕はクリスの小遣いでソフトクリームを食べながら、そんな僕をニコニコと見つめるクリスに文句を垂れた。

「…なんかさぁ、お前と話してると、僕がお前に冷たく当たる嫌な奴みたいに思えてきて嫌なんだよね」

「そうですか?普通の反応だと思いますが」

「普通に嫌がられることしてるって分かってたの!?」

「仲良くなりたかったので!」

案外いい性格してるじゃねぇかこいつ。僕は思わず笑ってしまった。

「…自分のこと俺って言うあたり、その敬語も素じゃないんだろ。僕にいい子ぶらなくていい。腹立つから」

「それって…」

「…僕がお前で遊びたい時は呼んでやるよ。」

「よっしゃ!約束だぞ!宜しくな、リノちゃん!」

クリスはにかっと笑った。ほら見ろ、それが素なんだろ。そっちの方がよっぽどお前に似合ってる。少しだけクリスが僕寄りになった気がして、僕は嬉しかった。


それから暫く、僕はクリスのことを忘れていた。言い訳をすると、無視したわけではなく本当に忘れていたのだ。端末に溜まるメッセージなんか気が向いた時にしか確認しないし、日に一、二件溜まればいい方だった。それがある日突然、九十九件以上の未読通知になっていた。え!?何だこれは、こんな表記見たことない。慌ててメッセージを確認すると、その殆どがクリスからのチャットだった。最初は数日に一件のペースだったのが、昨日何かの限界に達したのか、八十件以上も構ってアピールが続いている。ヤバい。どうしたらいいのか分からないがとにかく何かがヤバい。

『ごめん、見てなかった。今から暇だけど来る?』

僕は慌てて返信した。ドキドキして既読が付くのを待つ。

付かない。

待てど暮らせど付かない。

何なんだよ、昨日の頻度は何だったんだよ!僕はじりじりと端末を睨んで返信を待った。

扉がノックされる。無視したかったが、このまま端末を睨んでいるのも腹立たしいので仕方無しに扉を開ける。

クリスが立っていた。

「あ…その……」

「何だよ。お前の返信待ってるとこだったんだけど」

「えぇ!!?返事くれてたの!?」

おおかた我慢できなくて直接交渉に来たのだろう。タイミングが悪かっただけなのだが、僕はとりあえず文句を言ってやった。

「さっきした。全然既読つかないから苛々した。ちゃんと端末見とけ」

「それ俺のセリフなんですけど〜…なんて返信くれたの?」

「…ごめん、見てなかった。今から暇だけど来る?…って」

「…へへ、ありがとう。それ見て飛んできたってことにならない?」

「ならない。返事はしろ」

「気をつけるよー、リノちゃんも返事してね?」

「僕ならちゃんと謝っただろ。お前も謝れ」

「この数週間とそんな数分のことをおあいこみたいに言うじゃんか…」

クリスは不服そうだ。

「嫌ならもう帰っていい」

「えっ!それは困る、ごめん!リノちゃんごめんなさい!もうしません!」

クリスはすぐに全面降伏した。また僕は嫌な奴ムーブをしてしまったな、と思う。本当はもっとちゃんと謝りたかった。でも、クリスに大事にされるのは大人達に大事にされるよりも嬉しくて、そんな無理強いをさせられない対等な友達だなんて思いたくなかった。

その頃にはもう、クリスは僕の中で自分と対等以上の存在になっていたのだと、気付いたのはもっとずっと後だった。




…僕には不思議だった。こんなに昔のことはきちんと思い出せるのに、ある日を境に記憶が曖昧になるのだ。そして再び記憶が繋がり始めるのは、僕が自分を見失ったところからだ。僕は何かの事故にでも巻き込まれたのだろうか?

繋がり始めた記憶の中の僕は初め、脳細胞の活動のさせ方すら忘れてしまったように呆けていた。クリスに髪を梳かれ、体を拭かれ、食べ物を口に運ばれ、下の世話までしてもらっていた。

クリスが僕のことをリノと呼ぶので、少しずつ少しずつ、頭が働き出した。言葉の意味がまだよく分からない頃には、クリスの血を食べ物だと勘違いして彼を傷つけた。今では申し訳無いと思っているが、またそのうち舐めてみたいな、と悪い考えが過ぎることもある。あの時は僕がおかしかったから許してくれたけど、今ならどうだろうか。少し寂しそうに笑って、また抱き締めてくれるだろうか。


僕が段々と快方に向かい、頭が以前の冴えを取り戻してくると、クリスは辛そうな顔をすることが増えた。大抵クリス自身も気付いていないような一瞬だが、例えば僕があいつの端末を奪って動かし方を思い出していた時や、喉の傷の話をした時なんかは、はっきりとそう見て取れた。僕には、クリスが以前の僕に戻っていくのを嫌がっているように思えた。何か、思い出してはマズい事件でも、あったのだろうか。

決定的だと感じたのは、僕が久しぶりのナノ技に興味を持った時、昔のやつから読めとアドバイスしてきたことだった。その頃にはもう完全に、一年前くらいまでの記憶は取り戻していたし、その記憶がモルガンの店で脳細胞をスキャンした所で途切れているのも知っていた。恐らくその後、そこまでロールバックせざるを得ない程の何かが、僕の身に起きた。そして僕が再び以前の僕に戻れば、きっとまた同じことが起こると、クリスは思い込んでいる。つまりそれは、僕自身がしでかしたということだ。ナノ技の最近の号に何かのヒントがあるに違いない。そう思った僕は、クリスの寝ている間に、最新号から遡ることにした。


答えはすぐに見つかった。僕が研究していた色覚補正モジュールの特集が組まれていたのだ。

開発者は、リノ・カミナリノ。

ははん、なるほどね。僕は思わず鼻で笑った。そう、これは確かに、琥珀宮で鬱屈していた僕には耐え難い暴力だっただろう。

……下らない。


もう、今の僕は、琥珀宮のリノ・カミナリノじゃない。モルガンの店の上の作業部屋に命の恩人と二人で暮らす、生まれ変わったリノ・ライノだ。

間違いない、琥珀宮で僕は自殺を試みた。この喉の傷はそれだ。カミナが止めに来ないように、ひと思いに掻っ切ったのだろう。そこにきっと、クリスが先に来た。そして僕をここまで連れ出してくれた。蒼天の医療機関はどこよりも充実しているのに、わざわざこんなスラムのような所まで、恐らく復活した時の僕の気持ちを考えて、モルガンの腕と、僕らの悪運を信じて。

それって最早愛じゃんね、と僕は満面の笑みを浮かべた。隣で寝ているクリスに抱き着きたかった。でも、この大馬鹿者は、僕が生まれ変わったことに気付いていない。素直にご褒美をくれてやるのは癪だった。

そうだ、まだ知らないフリをしよう。喉の傷を治すのはやはりナシだ、これはクリスが僕を救ってくれた証。死ぬまで残しておきたい。ただ、鐘だけだと不便だから会話モジュールを作ろう。発話したいと思考するだけで相手の聴覚拡張モジュール(体内イヤホンなど)に届くやつがいい。

僕はクリスの前ではナノ技の古い号を読むフリをしながら、思考の内で設計を詰めていた。ニューロンスキャンは可能だが会話内容を推測するレベルの詳細化には毎回時間がかかり過ぎる。それならいっそ、思考自体をモジュールに移してそこで行えば毎回生体スキャンを実施しなくて済むのではないだろうか。幸い僕のニューロンは半分以上死に、既にモジュールに置き換えられている。こいつを弄って思考モジュールに組み換え、残りのニューロンもコピーしたのち無効化してやろう。他人の頭では到底実現出来ないが、僕の頭だから誰にも怒られない。

クリスが聞いたら、もしかしたら嫌がるかもしれないなと思う。ニューロンの全置換は、ヒトとしての最後のラインだと考える人間も少なくない。だが少なくともカミナはやっている筈だ。なら、僕がやっても問題無いだろう。あいつにやれて僕に出来ないことがあったなら、その時は無様に死んでもいい。小さい頃には純粋な尊敬だった筈の父へのコンプレックスは、いつの間にか自分を死に追いたてるまでに膨らんでいた。それが僕を成長させるのなら、構わない。あの時に死んだ筈の僕の頭、今度こそ捨て去ってみせる。


設計が定まったので、もうナノ技を読むフリは止めた。一心不乱にプログラミングを進める僕を、クリスが不思議そうに眺めている。あいつは僕の邪魔をしなくなった。僕が鐘以外で返事できないと思っているからだ。まあ、待ってろよ。これはそんな寂しい目をするお前のために組んでるモジュールなんだからさ。

もう僕は苦しくない。僕の持てる才能を全部、僕とお前が幸せになるために使おう。我儘な僕はお前が本当に望むようには生きてやれないけど、良いよな。お前だって、思い通りにならない僕の方が好きだろ?そんで、この激ヤバな会話モジュールを手に入れたら、何でもないことのように最初にお前の名前を呼んでやろう。ふふ、お前はどんなアホ面を晒してくれるのかな!

妄想が膨らんで、顔が緩みかける。危ない、またクリスがこっちを見ていた。僕の方がアホ面を晒すところだった。許せない。

『何?』

チャットを送る。それだけであいつの顔が目に見えて明るくなる。ホント、現金な奴。

『いや、頑張ってるなーと思って。何してんの?』

嘘つき。本当は今にも僕がまた自殺しようとしないか怖がっているくせに。リノ・カミナリノが死んだとは思っていないクセに。僕はイラッとして、まだ気付いていないフリを続行することにした。

『モジュール作ってみようと思って。僕専用のやつ』

『リノ専用?公開しないってことか?』

ほら見ろ。こだわり過ぎてバレバレだよ。

『公開とか別に良いよ…僕が便利ならそれで』

まあ、公開出来るようなシロモノじゃないしな。

『ふーん。ま、いいんじゃないか。応援してる』

何がふーん、だ。安心してるクセに。追い打ちで届いたスタンプ。クリスが昔から愛用しているやつだ。知らないフリするか一瞬迷ったが、ここは素直にいつもの反応を返した方が、変わらない僕らしさを感じられて嬉しいだろう。

『そのスタンプやめろ、不愉快』

僕が仏頂面でチャットを返すと、クリスは肩を震わせて笑った。ふん、今日もサービスしてやった。せいぜい楽しんでろ、このモジュールが完成したら、サービス代を一気に取り返すレベルで取り乱して貰うからな。


出来た。その頃には僕は十五歳になっていた。設計は完璧の筈だし、テストも十分行った筈だが、流石に実行は手が震える。これから僕は、取り返しのつかないことをする。失敗すれば即廃人。一応十秒入力がなければ切り離したニューロンを再接続する機構も準備して保険としたが、元の僕に戻れる保証はない。でも、いい。これは喉を治せない僕の我儘から来ている。それはクリスに対する僕なりの愛だ。十五歳で愛に死ねるなんて、カッコいいじゃないか。

震える手で実行を押した。思考モジュールが起動する。最初に考えるのは天気のこと。晴れてる、よし、作動している。それじゃ、僕にサヨナラだ。僕が作ったナノマシンは、ニューロン間の接続を断ち、未分化ニューロンに戻していく。頭が痛い。ナノマシンが毛細血管を駆け巡っているからだろうか。思考モジュールが機能しているからか、酷く頭が痛くても、思考はクリアに出来る。良いじゃん、順調だよ。後はこの頭の痛いのが…待て医療モジュール、排除しないでくれ。痛みの遮断だけで良い。そう、いい子だ……。

進捗ゲージが伸びていく。思考は衰えない。ここまでは成功、かな。僕は思わず安堵の溜息をついた。百パーセントに達し、全置換プログラムが終了する。完璧だ。さあ、報酬を貰いに行こう。


『出来たから、試させて』

クリスにチャットを送る。

『いいよ』

秒で返事が来た。駄目だと言われても試すつもりだったが、そもそもクリスが僕の頼みを断る訳がなかった。僕は上機嫌でクリスの机に座り、カランと一つ鐘を鳴らした。

「クリス」

彼の名を呼ぶ。

呼ぶと決めたのは思考モジュールで。

彼の耳に届けたのは会話モジュール。

僕の生体機能は、何も使っていない。

え?でもクリス反応遅くない?何これ失敗した?クリス、だけじゃ幻聴だと思われた?何か言った方がいい?好きだとか、愛してるとか。は?言う訳ないだろ何考えてんの思考モジュールさん。言える訳、ないだろ。

クリスの目がゆっくり見開かれていく。あ、うん、多分届いてるっぽい。何で僕の方がこんなにドキドキさせられてるの?予定外なんだけど。

「……リノ、お前……」

「お、届いたみたいだね、良かった。反応遅いから失敗したのかと思ったよ、焦らせんなよな!もし失敗してたら僕がただ意味深にお前見つめに来ただけの変な奴になるとこだったじゃねぇか。それより、僕だって分かったってことは声のシミュレーションも上手くいったってことかな?多少記憶に残ってた自分の声再現してみたけど、自分に聞こえる声と他人に聞こえる声って違うって言うからさ」

「うるさっ!」

クリスは耳を塞いだ。

(ははん、なるほど。今まで声の制約でゆっくりとしか発話出来ていなかったものが、制約無しで垂れ流しになるからめちゃくちゃ怒涛の勢いで喋ったようになるんだな。)

冷静に分析する僕と、

(何だこいつ、僕のこと拒否しやがって。もっと喜んで抱き着いてきたり泣いたりするところだろそこは。衝撃が足りなかったか?どうすりゃこいつを泣かせられるかな。)

感情的になる僕がいる。

僕はとりあえず些細な修正を加えるために自席に戻った。お喋りな僕なんてカッコ悪い。会話モジュールの出力スピードを制限できるようにしよう。気分次第で多少早くしたり遅くしたりもできるように。デフォルトはこ、の、く、ら、い、だ。そう考えると会話ってかなりの時間の損失だな。発話ってアウトプットがメインに思えて、その実ほぼインプットの時間なのか。相手の反応、周囲の気配、自分の声のフィードバックをインプットし、自分の制御に反映させる時間。つまりどうでも良い相手、どう甘えてもいい相手には、そんな時間を割く必要はないということだ。なるほど、中々これは効率がいい。

クリスが謝りにくる。怒ってなんかいない、お前に怒るなんて僕がお前のこと大好きみたいじゃないか、みっともない。ただ、そうだな、そろそろタネ明かしをしてもいい頃だろう。こいつにリノ・カミナリノは死んだことを、思い知らせるには良い機会だ。


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