隣人の誤算
「妻と別れる決心をしたんだ」
愛人関係を続けて5年。
待ちに待って漸く愛する男性から切り出された。
「ただ、妻は法外な慰謝料を請求していて」
今ならまだ別れる話は二人の内だけだ
「手を貸してほしい」
田中梨沙子は愛する男性の言葉に微笑んで頷いた。
「手伝うわ」
住んでいるマンションの両隣には対照的な人間が2人住んでいる。
左側には21歳の大学生。
この大学生は問題が無い。
大学の後に学費を稼ぐために何時もアルバイトをしている。
帰宅は夜の10時10分と決まっている。
特に稼ぎ時の金曜日にアルバイトを休むことはない。
右側に住む50代の女性が今回のターゲット。
梨沙子は笑みを浮かべるとテレビをつけて
「これを使えばアリバイを作れるわ」
と呟いた。
今日の為に部屋の配置を変えた。
電話をリビングの左側においてテレビは右側に移動した。
何時も10時前までテレビを見ていると決まって9時59分に左の隣人女性が苦情の電話を入れてくるのだ。
『10時まで煩いわよ。声が漏れているのよ』と。
その理由を実は知っている。
だから9時59分に入れてくるのは間違いないのだ。
彼女はニヤリと笑うと
「いつもは煩わしいけど今回は利用させてもらうわ」
と言い、8時から10時までの番組に録画設定をしてテレビをつけた。
そしてケーブルテレビのセットトップボックスの電源ボタンを押した。
画面には『録画の終了と同時に電源をOFFにしますか?』『YES』『NO』と表示された。
彼女は『YES』を選択しそっと家を後にしたのである。
10月23日の午後8時3分のことであった。
マンションの駐車場へ行き車に乗ってエンジンをつけてアクセルを踏んだ。
マンションの駐車場の出口は住宅街の少し狭い道を短距離だが走る。
彼女は用心に用心を重ねてライトを消したまま駐車場を出てフロントに射した光に目を瞬かせた。
「あ」
と声を漏らしてブレーキを踏んだ。
こんな時にこんなところで事故っては身も蓋もない。
計画が丸つぶれである。
梨沙子は運よく横手をスッと抜けたバイクに安堵の息を吐き出し大通りに面した交差点に着くとライトをつけて車を走らせた。
『妻を自殺に見せかけられれば保険金も入るし君との生活も手に入る』
だから手伝ってほしい
梨沙子は笑みを浮かべると
「待っていて、私……ちゃんと手伝うから」
と男性が指定した九十九里浜の人気のない一角へと急いだ。
所要時間で言うと1時間と少し。
往復で3時間を見れば何とかなるだろう。
『ただ妻が自殺したとしても最初は俺が疑われるから協力してくれ』
そう言うことだったのだ。
彼女はアクセルを踏み高速に乗って夜の帳が降りる中を目的地へと急いだのである。
二人の未来を夢見て。
隣人の誤算
その夜、一人の女が死んだ。
彼女のマンションは京成津田沼駅の近くにある単身者向けの5階建てマンションであった。
玄関を入って直ぐに水回り、その奥がリビングでその更に奥が続き部屋の小さな部屋となっていた。
勿論、部屋とリビングを襖で仕切ることもできる作りとなっている。
山口大輔は中に入り
「ここが九十九里浜で自殺をした田中梨沙子の部屋か」
と呟いた。
警察庁一課の刑事で今回は事件性のない初動捜査である。
溜まっていた書類の処理も終わって手が空いたので担当したのだ。
こういう事件性の低い初動捜査は余りやりたがらないので手を挙げたのだ。
「あー、やりますよ」と。
彼は部屋に入り周囲を見回し
「今回は自殺で決まりだと思うが」
と留守番電話の点滅に目を向けると
「留守電か」
と録音のカセットを取り出すと
「古いタイプだな」
と指紋採取などをしている鑑識にテープを渡した。
「一応、調べておいてくれ」
鑑識は敬礼をすると
「はい」
と答えテープを証拠品として袋の中へと入れた。
大輔は軽く息を吐き出し不意に戸口から入ってくる人物に目を向けた。
「おい、誰だ?」
無断で入るな
言われその人物は緊張気味に
「あ、すみません」
というと、100均のビニール手袋をして
「これで大丈夫です!」
と中へと足を踏み入れた。
大輔は怪訝そうに見つめ
「なんだ?お前は」
そんなことを言ってるんじゃない
「関係者以外は立ち入り禁止だと言ってる」
と注意した。
それにその人物は敬礼をすると
「警察庁刑事局長から依頼を受けて初動捜査から参加することになりました」
飯島功一と申します
と告げた。
その後ろからピョコンと美少女が姿を見せた。
「……俺は参加しないが見学はさせてもらう」
ったく面倒くさいことを言ってくる
「あのオヤジ軍団め」
ハァ!とため息交じりに告げた。
大輔は眉間にしわを寄せると
「お前たちはそこで立ってろ」
確認する
と携帯を手に仕掛けて、彼女の後ろから現れた人物に目を見開いた。
「鮎原静音刑事……まさか」
鮎原静音は口元に笑みを浮かべると
「間違いないですね」
俺が厚村部長から連絡を受けてお二人をお呼びしたので
「迷探偵と名探偵さんです」
と功一と綺羅を示してニコニコと答えた。
功一は笑顔で
「はい名探偵の中の名探偵です」
と答えた。
美少女は「『迷』と『名』だ」と心の中で突っ込んだ。
静音は驚く大輔に
「あ、このめっちゃ可愛い子は探偵の皐月綺羅ちゃんです」
と言い
「じゃあ、二人とも入ってください」
ドゾドゾとまるで自分の家に遠慮なく、と言う感じに中へと誘った。
大輔は咳払いをすると
「まったく、昨今は外部の知恵を利用するとかで不用心に探偵なんて輩を現場に立ち入らせるのはどうかと思うが」
と言いつつ、端に寄って三人を入れた。
静音は皐月綺羅と飯島功一に
「自殺でほぼ決定なんだけど」
こういう経験は必要かと思ってね
と告げた。
「そうそう、綺羅ちゃんのお兄さんの悠君も来れたら良かったけど」
功一は首を振ると
「悠は模試だからなぁ」
けど本当に、いい経験になります
と周囲を見回した。
「普通の部屋ですね」
綺羅は部屋をゆっくり見ながら回り
「なるほど」
と呟いた。
静音は周囲を見回して
「意外とあっさりした部屋だけど」
と呟いた。
綺羅は奥の部屋の棚を見て
「その割に高価なシャンパンを置いてるな」
と言い、左側の台に置かれていた電話を見ると
「電話を調べたのか?」
指紋を取った後があるが
と聞いた。
静音は大輔を見ると
「どうなんですかねぇ?」
と聞いた。
それに大輔が
「ああ、電話の留守番メッセージボタンが点滅していたからな」
と不服そうに答えた。
「テープは鑑識に回して内容を調べさせている」
警察が探偵を頼るなど、と思っているのがありありと判る態度である。
綺羅は「ふ~ん」というとリビングでしゃがんで床をみたりしていた。
小学生の少女である。
しかも美少女モデルと言えるくらいの見目だけは可愛らしい女の子だ。
柔らかく長い髪にぱっちりとした瞳。
肌は白磁のように滑らかでまるで天才人形師が作った人形のような愛らしさである。
だが、大輔にすれば『探偵?お遊戯会じゃないんだぞ。ふざけるな』である。
功一は綺羅を見ると
「綺羅、あまり動き回って邪魔をするなよ」
と呼びかけた。
綺羅はそれに
「……さすがは迷探偵だな」
動き回わらんでどうする
というと、リビングから台所にある冷蔵庫を開けて目を細めた。
「これは中々のオードブルに……高級ホテルのビーフシチューか」
食べずじまいとは勿体ないな
そうぼやいて、部屋を出て右隣の部屋の戸を叩いた。
功一は驚いて部屋を出た。
「綺羅!」
静音はそれを手で制止して
「構わないから」
とニコニコと告げた。
部屋から出てきた女性は50代くらいの独身女性であった。
「あら、何かしら?」
綺羅はにっこり笑うと
「あのね、私のお兄ちゃんが探偵頑張ってて、そのお手伝いしているの」
と言い
「お隣のお姉さんが10月23日の夜の8時から10月24日の午前2時くらいの間に九十九里浜の方で亡くなったんだけど……その日のこと何か覚えてる?」
と聞いた。
女性は背後に立っている功一と静音を一瞥して
「警察にはもう話したんだけど~」
と言った。
が、綺羅はしょんぼりとして
「お兄ちゃんの役に立ちたくて……同じこと聞いてたらごめんなさい」
と目を潤ませて告げた。
彼女はそれに小さく笑むと
「そうか、お兄さん思いなのね」
と言い
「良いわ」
と頷くと
「あの日は彼女、夜の10時くらいまでは居たわよ」
テレビつけてて
「いつものように10時に電話したの……まぁ、ちょっとね何時も一分早くしているんだけどね」
でも、本当にしょっちゅうなのよ
「そうしたら『すみません気を付けます』って言って直ぐにテレビを消したわ」
もっと文句を言ってやろうと思ったんだけど直ぐに彼女切っちゃって
「でもその後は静かになったから私は暫くしてから寝たわ」
私が起きている間は戸の音とかしてなかったからその後じゃないかな?
「でも、まさか私の文句が彼女を自殺に追い込んだわけじゃないわよね」
と静音と功一を見た。
静音は苦笑いを浮かべて
「いえいえ」
と短く答えた。
綺羅は笑顔で
「ありがとうございます」
とぺこりと頭を下げた。
女性は安堵の息を吐き出しながら笑って
「良いわよ」
と答えた。
綺羅は彼女が扉を閉めると
「なるほど」
と呟き、驚いて見ている功一を見て
「もう一方の隣も行くぞ」
と告げて足を進めた。
が、隣は留守であった。
静音は手帳を出すと
「隣は21歳の大学生で学校が終わって10時まで何時もアルバイトをしていて、休みの日も夕方まで入っているって情報だ」
と告げた。
綺羅はそれに
「それで?」
そこは何処だ?
と聞いた。
静音は驚いて
「行くのかい?」
と聞いた。
功一も腕を組むと
「自殺だと言っているだろ?」
今日は経験を積む為だって
「鮎原さんを困らせるなよ」
ったく、相変わらず我が侭だな
とぼやいた。
綺羅はそれに
「お前たちは揃って『迷』だな」
とぼやき
「この事件が迷宮になっても俺は構わんが」
と告げた。
静音は目を見開き
「……綺羅ちゃんは自殺じゃないと……?」
と聞いた。
綺羅は静音を見て
「行くのか行かないのかを俺は聞いてる」
と答えた。
静音は頷いて
「勿論、レッツゴーだね」
と答えた。
綺羅は頷いて
「あ、一つ言っておく」
というと
「あの部屋は今のままキープしておけ」
と指示した。
静音は頷いて
「OK、OK」
というと大輔に
「早いけどお昼取って来るので戻るまでこの状態のままで宜しく」
と綺羅と功一を連れて左隣の大学生が働く居酒屋へと向かった。
大輔は溜息を零して三人が去っていくのを見送り
「ったく、台風一過だな」
まあいいだろ
と暫くして鑑識が採取をし終えるのを見届けると
「自殺で間違いないだろ」
撤収するぞ
「あー、立ち入り禁止のままで誰も立ち入らないようにしておいてくれ」
と告げた。
それに警察官の一人が敬礼をすると部屋の前に立って警戒に当たった。
大輔は最初に見つけた録音テープから前日の夜の無言電話の録音だけが入っているだけだと報告を聞き、その上で指紋についても怪しい人物のモノが出なかったことから
「やはり自殺だな」
と結論を出した。
元々が自殺として不自然なところが無かったのだ。
自殺でも初動捜査は行われる。
言わば、通過儀礼のようなものであった。
なのに。
大輔は警察庁の一課のフロアの窓から外を見て
「鮎原刑事にあのへんな兄妹も無駄足を」
と呟いた。
その頃、綺羅と功一は静音と共に居酒屋の一室で昼食をとる為に訪れていた。
そこにアルバイトをしている佐藤康作が姿を見せていた。
田中梨沙子の左側の隣人である。
綺羅は康作に
「23日の夜だがいつも通りに10時に帰宅したんだな?」
と聞いた。
康作は美少女とは思えない口調に一瞬驚いて戸惑いつつも首を振ると
「それがその日は大学の同期のやつが食べに行こうって煩くって仕方ないから休みを取ったんだけど」
と答えた。
綺羅は腕を組み
「それで?」
何時まで食べていたんだ?
と聞いた。
康作は『なんて言うか……違和感が』と思いながら
「8時前くらいまで食べてたらそいつ彼女から電話だって携帯に出ると急に『ごめん』って行っちまってそれで家に帰って本を読んで寝たけど」
と告げた。
綺羅は目を細めると
「なるほど」
と言い
「ということは隣の田中梨沙子のことなんだが」
彼女が何時ごろ出て行ったとか分かるか?
と聞いた。
康作は「あの自殺した人だろ」と言い
「自殺はダメだよな」
と言い
「8時過ぎ頃に一度彼女の車が出ていくのを見たけど」
ライトも付けないでさ
「俺バイク乗ってたんだけど事故りそうになってびっくりした」
と答えた。
「その後に一度帰ってきたのかな?」
テレビつけっぱなしだったし
「その後、反対側のおばさんが文句を言ってきたみたいで彼女『すみません気を付けます』って謝ってた」
けど、あの日のテレビは煩かったな、確かに
「留守電もあったみたいだけど気付かなかったくらいだった」
綺羅は目を細めて
「留守電?」
隣の女性が文句を言いに来た時にか?
と聞いた。
康作は頷いて
「そうそう、テレビを彼女が消して……その時くらいに留守電のメッセージが聞こえた」
これまでは聞こえてなかったんだけど
「伝言を一件登録しましたって流れてたのそのとき聞こえたから」
と答えた。
綺羅は頷くと
「わかった、ありがとう」
この事は警察には?
と聞いた。
康作は首を振ると
「俺、夜10時以降しか家にいないし」
警察の人とは会ってない
「こんな事情聴取は初めてした」
と笑って答えた。
静音も笑顔で
「ご協力感謝する」
と敬礼した。
三人は康作が去った後で食事をした。
静音は唸りながら
「つまり彼女は8時過ぎ頃に一度外へ出て」
戻ってきて10時以降に家を出て車を走らせて自殺したって感じになるな
功一も腕を組み
「ですね」
まさかやっぱりテレビの音を怒られて……ショックで
と呟いた。
綺羅はふぅを息吐き出し
「あほか」
と言い
「そんなことでショックするならこれまでも怒られてきたんだ」
もっと前に自殺する
と告げた。
静音は綺羅を見ると
「綺羅ちゃんは自殺じゃないと思っているんだよね」
その理由を聞いてもいいかな?
と聞いた。
綺羅は静音を見ると
「仕方ない」
昼飯代くらいは応えてやる
と言い
「あの部屋、最近置き替えをしているんだ」
フローリングの痕と汚れが家具とちぐはぐだった
「ずれ具合からテレビ台と電話台を動かしたと思われる」
先の隣の青年があの日初めて聞こえたって言っていたので10月23日の少し前だと思う
と告げた。
「それに彼女の家の冷蔵庫に入っていた料理が手付かずだったし棚に一本だけ置かれていたシャンパンも気になる」
静音は綺羅を見て
「確かに冷蔵庫の料理が手付かずというのは気になるけど」
衝動的だったらそういうこともあるかも
と告げた。
綺羅は静音を見ると
「お前もそろそろ変だと勘づいているんだろ?」
と言い
「料理は結構高い目のオードブルと高級ホテルから取り寄せたビーフシチュー」
そこにシャンパンとくれば
「何か祝いをするつもりだったんじゃないのか?」
そんな人間がそんな料理を残したまま死ぬか?
「反対に自殺だとしても自殺前にそんな料理を用意しておいて手を付けずに自殺するか?」
と告げた。
「だが色々違和感はある」
静音は考えながら
「確かに」
ただ一つ言えることは確実に10時まで彼女は家に居て生きていたということだね
と告げた。
綺羅はフムッと息を吐き出した。
功一はハッとしたように
「こう言う時って被害者の身辺を探偵と刑事が調べるんですよね!」
テレビでやってました
「俺頑張ります!」
と告げた。
静音と綺羅は同時に
「「テレビか!」」
と心で突っ込んだが、綺羅は冷静に
「それは悪くない」
ある程度調べていると思うがその詳細を調べてこい
「だが功一じゃない」
鮎原、急いで調べろ
と告げた。
静音は笑顔で
「了解了解」
2人はゆっくり食べてといて
「支払いはしておくから」
と言い、支払いを済ませると店を後にした。
その後、綺羅と功一は静音が戻ってくると報告を聞いた。
田中梨沙子は大証商事の事務員で東京出身の東京育ちであった。
30歳を前に会社の同期の女性には
『近いうちに結婚する』
と話をしていたらしい。
ただその相手に関して
『結婚するまでは秘密なの彼はヒーローでないとだめだから』
とはぐらかして名前を言うことはなかったということだ。
彼女の職場にも何人かの独身男性がいたが同期の女性は
「全く分からないわ」
カッコいい子は何人かいるけどね
ということだった。
綺羅は小さく
「ヒーローか」
と呟いた。
静音は手帳を見ながら
「これから相手を調べていくことになるね」
門倉友司に長居太郎
「彼女と仕事上密に関係があったのは二人だから彼らからかな」
と告げた。
その時、静音の携帯に連絡が入った。
大輔から自殺で処理するという話であった。
静音はそれに関して
「いや、まだそれは」
と告げた。
が、大輔は呆れたように
「部屋の指紋に不審な点はないし彼女の死体にも争った形跡もなく海での溺死であることは間違いない」
靴も海岸で揃えているのが見つかっている
「問題ないだろ」
元々自殺だと判断されていた
と告げた。
綺羅は静音から携帯を奪うと
「電話の留守電のテープはどうだったんだ?」
調べさせたんだろう?
と聞いた。
大輔は一瞬言葉を止めたが直ぐに
「留守電のテープには前日の夜の無言電話が最後だった」
22日の留守録だ
「何も問題は無いだろ」
と告げた。
なんだ、この小学生は!?である。
綺羅は目を見開くと
「……そうか」
と言い
「そのテープの指紋は?」
と聞いた。
大輔は息を吐き出し
「本人……田中梨沙子のものだけだ」
当然だろ
と答えた。
綺羅は携帯を静音に渡すと
「……切れ」
と告げ、両手を合わせて
「ご馳走様」
というと立ち上がった。
「戻るぞ」
それに功一は
「は?家にか?」
と聞いた。
綺羅は呆れたように
「家に戻ってどうする?」
現場だ
と告げた。
静音は頷くと立ち上がり
「了解」
と答え、3人は現場へと向かった。
綺羅はその車の中で
「鑑識に現場検証の結果とあの留守電のテープを誰が最初に見つけその後の処理をどうしたか聞け」
特に電話の指紋の結果を詳しく
と告げた。
静音は頷いて
「わかった」
と答え、マンションに着くと二人を現場に戻して鑑識へと電話を入れた。
結果は家の中の指紋は本人のものだけで電話から採取された指紋も本人のものだけであった。
ただ、指紋の一部が極端に薄いものがあったが注視するほどのモノではなかったということであった。
綺羅は部屋の中に入り
「田中梨沙子は何故家具の配置を変えたのか」
残った料理やシャンパンは何のために用意したのか
「そして8時と10時以降に二度も出掛けたのはどうしてか」
と呟きながら、テレビのリモコンを手に電源を入れた。
画面には『録画の終了と同時に電源をOFFにしますか?』『YES』『NO』と表示されていたのである。
綺羅はそれに『NO』を選んで押し録画されている番組を見て固唾を飲み込んだ。
「ま、さか」
おいおい
「だが何故だ?辻褄は合うがそれじゃあ……おかしいだろ」
死んだのは本人だぞ?
功一はテレビの画面を見て固まる綺羅の前にしゃがみ
「綺羅、時々思うんだが」
お前、探偵みたいだな
と告げた。
……。
……。
綺羅は功一を見ると
「……お前が探偵になりたんだろ?」
何を言ってる
と告げた。
「俺は見学に来ておかしいから調べているだけだ」
功一は頷いて
「まあ、俺は名探偵になるつもりだけどな」
と答えた。
綺羅は呆れたように
「まあ、そのうち迷探偵にはなれるかもしれんがな」
と告げた。
静音は田中梨沙子の部屋に入ると調べた内容を綺羅に告げた。
「先ず指紋は彼女以外のものは出なかった」
指紋が薄い部分があったらしいがそれほど注視するほどのモノではなかったようだよ
「テープは留守番メッセージボタンが付いていたのを山口刑事が見つけてテープを取り出して鑑識に渡したらしいから彼が手袋越しに持った時に触れたものかもしらないからね」
テープからも電話からも田中梨沙子以外の指紋が出ていないので
「誰も細工をしていないってことだね」
綺羅は小さく笑い
「は?」
細工できる人間が一人いるだろ
と静音を見た。
「山口ってやつの10月23日の行動を確認しろ」
静音も功一も驚いて綺羅を見た。
綺羅は二人を見ると
「10月23日の10時に留守電メッセージは一件入っているんだ」
その内容も俺は大体理解した
「隣の女性が言っていただろ……彼女に電話したと」
そしてあの大学生がその直後に登録一件のメッセージを聞いてる
と告げた。
「それが無くてテープの細工がされていない他のテープが渡されたのなら刷りかえたとしか考えられないだろ」
静音は汗を浮かべながら携帯で山口大輔の身近にいる刑事に電話を入れた。
「あー、悪いね」
23日の山口くんってどんな任務についてたかな?
それに相手の刑事の返答は
「彼は午後7時までは報告書があって机で作業してましたけど?俺も一緒にしていたので」
それから
「7時過ぎぐらいから食事に外出して……9時半ごろに戻ってきて作業の続きを」
と告げた。
「俺は弁当だったんで食って一気に終わらせました」
ただ10時前に俺は作業が終わったんですけど頼まれたから手伝ったんですけど
「あいつかなり貯めていたからなぁ」
午前様までかかったなぁ
静音はそれに
「そうか、悪いな」
と切った。
そして綺羅を見ると
「アリバイは完璧だな」
9時半から午前様まで同僚と書類を片付けていたそうだ
と告げた。
「まったく突拍子もないことを思いつくな」
功一はハハと笑って
「ですよね」
まあドラマや小説じゃないから殺される人間がアリバイ作ったりしないから
「彼女は8時に一度外出してその後帰宅して10時ごろに怒られてその後家を出て自殺したですよね」
と告げた。
綺羅は目を見開いて功一を見ると
「……功一、お前……」
と言い
「そうか」
その可能性はある
と告げた。
「もしも、田中梨沙子が自分が殺されるためではなく反対に何か犯罪をするためにアリバイを作り自分を殺した相手のアリバイ工作に手を貸していたとしたらどうだ?」
彼女は結婚すると友人に行っていた
「ヒーローとだ」
そのヒーローと何かをしたら結婚できるとなればそれをして祝いをするつもりで料理を用意してたとは考えられないか?
静音も功一も固唾を飲み込んだ。
綺羅は腕を組むと
「これまで田中梨沙子はテレビの音量でしょっちゅう怒られていて隣の女性が10時ではなく9時59分に苦情の電話をしてくることを知っていた」
隣の女性もそう言っていた
「だからその時に消えるように8時から10時までの録画設定をして録画後に自動で消えるようにしてテレビをつけた状態で電源ボタンを押して録画後に消えるようにしておいた」
留守電の応答には『すみません、気を付けます』と入れておいてセットして準備完了として8時過ぎに家を出たんだ
「出来るだけ人に知られないようにライトを消してな」
と説明した。
「ただそのメッセージが隣の家の女性に聞こえるとアリバイが崩れる可能性があるから常に10時以降に帰って来る左側の壁に寄せておいた」
だが運が悪かったのはその左の隣人が偶々その日早く帰ってきたということだ
「刑事が犯人なら問題になるテープを回収するチャンスがある」
だが、そいつが犯人だと断定できるものがあるとすればその回収されたテープだ
静音はふぅと息を吐き出すと
「綺羅ちゃんは俺のこの事を信じてくれるかな?」
と聞いた。
綺羅は彼を見ると
「お前を信じてなかったらこんな話はしない」
今回はな
と告げた。
静音は笑って
「手厳しいなぁ綺羅ちゃんは」
というと
「じゃあ、運が手を貸してくれると信じて」
と駆け出して、車に乗り込むと立ち去った。
功一は綺羅を見ると
「あ、の……鮎原さんはもしかして」
と告げた。
綺羅は功一を見て
「山口はここでテープを回収したが処理する時間はなかったと思う」
警察庁へ戻り鑑識の報告を聞き
「書類の作成など外出する時間はなかった」
警察の中で下手にテープを捨てることもできない
「恐らくまだ持っている」
昼飯に出る前ならな
と告げた。
山口大輔は時計を見ると
「1時か」
昼飯に行くか
と立ち上がり一課のフロアを出てエレベータに乗り出口へと向かった。
背広のポケットに入っているモノを処理したら全てが終わる。
大輔は少し早くなった足を自ら落ち着かせながらゆっくりと歩いて人々が行きかう警察庁の出入り口に差し掛かった時に慌てて走ってきた鮎原静音に目を向けた。
「……これは鮎原刑事」
無駄足お疲れ様だな
静音は目を細めると
「それが無駄足ではなくてね」
と笑みを浮かべ
「少し失礼する」
と大輔の背広の上から身体検査をした。
そして、背広のポケットのところで手を止めると
「中にあるものを……見せてもらっても?」
と告げた。
大輔は息を飲み込んで静音を見た。
静音は冷静に
「……警察官は無意識に警察官を信用する」
だから
「プライベートアイは必要ということですね」
と告げた。
「社会の為に彼女の為に正義のヒーローであり続けたいと俺は常にそう自分に言い聞かせてますよ」
その行動が正しいのか
「間違っているのか、と」
功一は静音からの電話を受けて驚いて
「え!?持っていたんですか!?」
じゃあ俺が言った
「被害者がアリバイを作ったって……俺やっぱり名探偵になれるかもしれない」
と叫んだ。
綺羅はその横で
「思いついても立証できないと迷だからな」
と心で突っ込んだ。
探偵に必要な素養は思い付きより地道な立証の連続だ。
違和感を見つけたらその理由を科学的に理論的に立証して始めて犯罪を暴き出すことが出来る。
功一と綺羅はその後迎えに来た静音に自宅まで送ってもらい家へと戻った。
綺羅は帰宅していた兄の悠を見ると
「俺は本当に警察が嫌いだ」
あいつらはヒーローじゃない
と呟いた。
悠は笑むと
「でも綺羅はちゃんと手伝いをしてきたんだな」
と買ってきていたチョコロビットというチョコレート菓子を差し出した。
「今日の模試をさぼるわけにはいかなかったから」
後で功一にも礼を言っておかないとな
「一日綺羅の面倒を見てくれたんだし」
と告げた。
綺羅はそれに
「それは違うぞ!」
俺が面倒を見てやったんだ
「あの迷探偵のな!」
と告げた。
兄の悠は笑って
「綺羅は相変わらず功一には厳しいなぁ」
と言い
「夕食の準備をするから」
ゆっくりお父さんのテレビでも見ておいて
とキッチンへと向かった。
綺羅はリビングに行くとテレビをつけてソファに身体を休めた。
……パーフェクトクライムの資料集というタイトルのドラマ……
だが
『この世に完全犯罪が横行しているのは穴を見つけられない迷探偵が溢れているからだ』
……それと警察の正義神話だな……
「警察も人だ」
人は善と悪の器を抱いて生きている
「ただ善の器にどれだけ多くの意識を注いで生きて行けるかだ」
それに警察も一般人も関係ない
綺羅はそう心の中で呟き、ふっと鮎原静音の姿を思い出し
「だが警察はその訓練を一般の人より多く受けている」
そう信じたい気持ちも……あるな
と息を吐き出して苦笑に似たそれでも静かな笑みを浮かべた。
ただ今回は大学生の証言が無ければ事件を暴くのにかなり困難を要しただろう。
ドラマでは脇の脇役が多い隣人だが彼らの存在は犯罪を暴くうえでこの上なく重要な位置を占めている。
その彼らも彼ら自身が主体になると今回の被害者である田中梨沙子も隣人になる。
もしかしたら彼女は隣の50代の女性が何故いつも一分前に電話をしてくるのか?
生きていたら金曜日は休まないはずの彼が何故その日休まねばならなかったのか?
それを知っていたか、知り得たのかもしれない。
隣人とはそういうものなのだろう。
今回は田中梨沙子が想像していない行動を隣人がとったということが彼女の誤算であり、彼女の死の真相を暴くことになったのだ。
綺羅は小さく欠伸をすると
「まさに彼女にとってもあの男にとっても隣人の誤算だったな」
と呟き、流れるドラマの声と良い香りに包まれながら一時の眠りに落ちていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。