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塔の上のレイヴン  作者: 石燈 梓(Azurite)
第一部 魔犬と少年
20/32

第四章 失われた王国(1)



          1


 集会所は騒然となった。アルトリクスしか使えないはずの魔法の盾を、アゲイトが軽々と掲げてみせたのだ。クルトの顎は伸びきり、ライアンは思わず腰をうかせ、レイヴンは倒れそうなほど蒼ざめた。

 日輪をあらわす盾飾りが、緋色に輝いている。『うたごえ』は聞こえない。光は明滅せず、鋼の内部でしずかに燃えつづけている。

 ライアンは、釣り上げられた魚さながら口をぱくぱくさせた。


「おまっ……アゲイト、ええっ?」

「こいつが里に入ってきてから、ずっと呼ばれていたのだ。何だろうと思っていた……」


 アゲイトは光っている盾を()めつ(すが)めつながめ、片手でくるりと回した。ひとり得心したような口調だ。


「アゲイト。それ――」

「クルト、やめておけ。肩が抜けるぞ」


 盾に手を伸ばしかけたクルトは、ライアンの言葉に動きを止めた。途方に暮れてかえりみると、トレナルも首を横に振っている。フェルテジルは胸の前で腕を組み、長老は顎鬚(あごひげ)をなでて(うな)った。


 クルトは頭の中が真っ白になっていた。盾は、顔も知らない父が自分に残してくれた唯一の品だ。今は使えなくとも、いずれ父の意志を継ぐのだと考えていた。それなのに、どうして……。

 アゲイトは、やや気遣わしげに従弟の様子をながめている。ライアンもクルトの心情を(おもんぱか)り、フェルテジルに意見を求めた。


「フェルテジル殿、どう思われる? ティアナ女大公はこの盾をアルトリクスから預かったのだ。クルトが成長したら相応しい武器に鍛えなおすように、という伝言だった」

「うむ」


 フェルテジルはうなずき、腕を解いて息子に呼びかけた。


「呼ばれたと言ったな、アゲイト」

「はい」

「では、アルトリクスの意思とは関係なく、盾が選んだということであろう」

「盾が、えらぶ?」


 呟くクルト。アゲイトは盾をそっと置きなおし、フェルテジルは続けた。


「さよう。セルマ公女を(まも)るためにアルトリクスが作った盾が、アゲイトを選んだ。――アゲイトに、クルト公子を護れ、ということだろう」

「えっ?」

「公子には新しい武器、新しいラティエ鋼が必要だ」


 話の展開に驚くクルトに、アゲイトは告げた。


(ドラゴン)に会いに行こう、クルト」



          ◇



 今度の旅は、ごく限られた人数となった。クルトとアゲイト、ライアンとフェルテジル、それにレイヴンだ。アゲイトが魔法の盾をもち、フェルテジルが聖地へ案内する。トレナルは長老たちとともに〈(くろがね)の里〉で待つことになった。

 カロン川(「曲がり流れる川」の意)の水面から湧く霧につつまれた昼なお暗い〈古き森〉を、各自、馬に()ってすすむ。〈天睛(ラーンフール)〉号の背にゆられながら物思いに沈んでいるクルトに、レイヴンが馬を寄せて話しかけた。


「ものは考えようですよ、クルト坊」

「考えよう、って?」

「盾はアゲイトを味方にしてくれたんです。ともに〈影の王〉と戦う仲間に。頼もしいではないですか」

「はあ」


 ライアンがうなずいている。それでもクルトは素直に喜べなかった。里を発つ際ためしたのだが、クルトが触れても盾は光らず、びくとも動かなかった。父の形見ともいえる盾がアゲイトを選んだ (ぼくは選んでもらえなかった。ぼくには相応しくない、ということだろうか……)。新しい武器を用意してもらって、使いこなせるだろうか (……また選ばれなかったら、どうしよう?) 最初の驚きと落胆がすぎても、ぐるぐる不安が渦まいて、悪いと思いつつアゲイトの顔を見られない。


(またか。ぼくは、いつもこうだ。)


 クルトは双子のクレアより体が小さく、幼い頃から何彼(なにか)につけ姉に先を越されていた。遊びも、乗馬も、勉強も。ひ弱ですぐ熱をだして寝こむ少年は、城の人々から(いた)わられ(かば)われ続けた。それは彼らの優しさに相違ないが、少年の劣等感を増幅し、自信を()えさせる方向にはたらいた。年上のアゲイトが物事(ものごと)に先んじるのは当然だが、こんなことまで、と思ってしまう。誰も悪気はないと分かっているだけに、そんな風に感じる自分が嫌で、口惜(くちお)しい。

 アゲイトも従弟の気持ちを察するのか、敢えて話しかけてはこなかった。


(こんなことでは、駄目だ。)


 クルトは己を叱責した。あらためて、レイヴンに声をかける。


「顔色が悪いですね、レイヴン卿。怖いのですか?」

「それはもう」


 レイヴンは毛織の外衣(マント)に身を包み、細い肩をふるわせていた。笑おうとした頬が引き()っている。


「ラダトィイ族の守護竜は、気難しいことで有名なんです。機嫌をそこねると石にされてしまいます」

「石に? 観たことがあるんですか? レイヴン卿」

「ええ。たくさんね……」


 ひそひそと話す二人に、ライアンが重々しく言った。


「新たなラティエ鋼を鍛えるためには、(ドラゴン)(うろこ)が必要だ。恐ろしくとも、会わぬわけにはいかぬだろう」

「それはそうですがねー」


 レイヴンは、とほほと肩を落とした。ライアンは髭におおわれた唇の端をもちあげて笑った。


「俺は楽しみだ。大鷲(アドラー)と〈森の賢者(サルヴァン)〉、〈山の民(マオール)〉と魔犬(モーザ・ドゥーグ)には出会ったが、(ドラゴン)には会ったことがないからな」

「”()きひとびと”とそれだけ知り合いとは、すごい」


 葦毛に()ったフェルテジルが微笑む。ライアンは肩をすくめた。


「俺自身にはなんの力もないが、うちには女魔術師(ドリュイダス)がいるからなぁ。そういえば、大鴉(オオカラス)卿も魔術師(ドリュイド)だっけか」


 レイヴンは、ばっと黒髪をひるがえした。


「そうですよ! まさか、お忘れですか? グレイヴ卿」

「すまないな。何しろ、カラスになる以外に魔術師らしきところを知らんのだ」

「失礼な。他にもいろいろ出来るんですよ」

「ほう。実は孔雀(クジャク)にもなれるとか?」

変化(へんげ)だけではありません。たとえば――」


などとかけあいを続けていると、森をひたす霧のなかから 《声》 がした。


〈あげいとりくす〉


 一行は息を呑み、馬たちは立ち止まった。〈夜の風(ナーヴィント)〉号がブルッと鼻を鳴らし、〈天睛(ラーンフール)〉号がぴんと両耳を立てて足踏みをする。ライアンは頬をひきしめ、レイヴンは再びさあっと蒼ざめた。

 低く威嚇するような、耳元で囁くような不思議な 《声》 は、彼らの脳裡に直接ひびいた。


〈ふぇるてじる。……()ガ許シナク、ソトノ者ヲ聖地へ近ヅケルトハ、如何(いか)ナル料簡(りょうけん)カ〉


「で、で、出た……!」


 レイヴンが声にならない声で叫び、馬の首にしがみついた。ライアンは愛剣 〈輝ける鉤爪グレンツェン・クラオレ〉 の柄に手をかけ、鋭い視線を周囲に放った。クルトは身のうちが凍るような寒気を覚えたが、奥歯にぐっと力をこめて震えを抑えた。

 アゲイトは横目でクルトの表情をたしかめてから、霧のなかにそびえる山影に呼びかけた。


「シルヴィア、騒がせてすまない。貴女の(うろこ)、アルトリクスの盾がオレを選んだ。話を聞いてほしい」


 《声》 は黙っている。盾おおいの下から低い音が聞こえることに、クルトは気づいた。また盾が唄っているのだろう。ライアンは樫の木陰によどむ気配を警戒し、身構えている。

 フェルテジルが丁寧に彼らを紹介した。


「われらが水竜よ。ここにいるのはアルトリクスの子、クルト公子、〈マオールブルク〉が塔の魔術師(ドリュイド)レイヴン卿と、〈アドラーブルク〉が(あるじ)グレイヴ卿だ。われらの敵はいない。よろしく頼む」


〈あるとりくすノ子……〉


 《声》 は、どこか気怠(けだる)く囁いた。と同時にざらりと()めるような、吟味(ぎんみ)するような視線を感じて、クルトはみぶるいした。ライアンとレイヴンも同じだったらしく、ライアンはぎりりと奥歯を噛みならし、レイヴンはいっそう力をこめて馬の首にしがみついた。

 数秒後、肌にからみつくような視線が去り、おさえつけるような圧が去った。クルトはほっと息を吐き、ライアンは顎の力を抜く。レイヴンだけはそうはいかず、馬の首を抱きしめたまま泣き出しそうな顔を伏せていた。


 樫と(イチイ)の幹の間から、小さな影がすべりでた。緑色にふちどられた黄色い灯りを持ち、彼らに向かって揺らしてみせる。身をひるがえして(くさむら)へとびこむ瞬間、オリーブ色の肌をして背と膝のまがった醜い小男のすがたがクルトの目に映ったが、よく見ようと眼を凝らすと輪郭がぶれ、にじんで羽虫のようになり、ゆらいで光の点となった。

 フェルテジルが一同を促した。


「森の妖精(シー)、コリガンだ(注*)。行こう。水竜のところへ案内してくれる」


 光は羊歯の葉の上で左右にゆれながら一行を待っている。〈妖精の道〉 の入り口だと知り、クルトはごくりと唾を呑んだ。フェルテジルが馬をすすめ、アゲイトが続く。〈夜の風(ナーヴィント)〉号がブフーッと息を吐いて歩き出し、ライアンは身振りでクルトを促した。

 クルトは〈天睛(ラーンフール)〉号の手綱をひきしめ、意を決して進んだ。


 最後にレイヴンが、鹿毛(かげ)の牝馬の背に()るというよりしがみつき、「嫌だよ~、こわいよ~、帰りたいよ~」と、べそをかきながら運ばれていった。





~第四章(2)へ~


(注*)コリガン: フランス、ブルターニュ地方に伝わる妖精。森の奥や地下、ドルメンなどの闇に生息する小人。北欧圏ではドワーフと呼ばれます。

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