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書架の海に溺れる

作者: 未圭

 空の色が青色からオレンジ色に変わる頃、僕はいつも学校の図書室へ向かう。放課後の廊下は少し静かで時折、元気の良い運動部の声が聞こえてくる。


 図書室の扉を開ければ、紙とインクが入り混じった独特の匂いが鼻腔をくすぐる。


 いつもの様に僕は読みもしない本を手に取り、カウンターの中にある椅子へ腰をかける。図書局員である僕の定位置だ。

 本を読むのは嫌いではないが、放課後に時間を使って本を読むほど好きでもない。そんな僕が図書局員をやっている理由が一つだけある。

 手に持っている本から顔を上げれば視界に映る、一番後ろの窓際の席。


 そこには僕のクラスメイトの女の子が熱心に本を読んでいる。


  日に焼けていない白い肌に、癖が無い胸元まで伸びた艶やかな黒い髪。ピンと伸びた綺麗な姿勢に思わず関心する。

 教室の中での彼女は物静かで目立つことがない、所謂地味と言われる部類の女の子。同じクラスだが一度も言葉を交わしたこともない。きっと会話をしても業務連絡くらいしかしないのだろう。それほど、僕にとって彼女は陳腐な存在だった。


 しかし、図書室での彼女はどこか不思議な魅力があった。磁石に引き寄せられるかのように、思わず目を向け見惚れてしまうほどに。


 じっと見つめていれば、ふいに彼女がくすりと笑った。かと思えば、眉を寄せて泣きそうな顔をする。目を丸くしたりとコロコロと変わる表情がとても可愛く見えた。彼女は僕が思っていたよりもとても表情豊かだった。

 今日はラブロマンス系の物語でも読んでいるのだろうか。照れたように口元を少し緩める姿が微笑ましい。彼女の側には読み終えたであろう小説が何冊か重なって置いてある。

 

 僕は素直に彼女のことを、綺麗だと思った。


 図書室での彼女は水を得た魚のようだった。物憂げに影ができるほど長いまつ毛に、星屑のようにキラキラと光る瞳。熟れたリンゴのように血色のよくなった頬に柔らかそうな唇は微かに妖艶に見えた。


 きっと、こんな彼女を知っているのは僕だけだろう。


 無意識に喉をごくりと鳴らした。漆黒の髪を耳へかける仕草はどこか色っぽくドキリと心臓が大きく跳ねた。

 丁寧に、大切そうにページを捲る指先はとても綺麗で目を奪われる。



 「知識を食む魚」



 彼女にぴったりな言葉だと思った。

 きっと彼女は生きるために本の海を泳ぎ知識を蓄え続け、本を読むことで息をすることができるのだろう。そして僕は彼女に見惚れ続け、このまま彼女の側で溺れて死にたいと思った。






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