第66話 静かなる侵略
Side:ヒースレイ国辺境の役人
おかしい。
こんな数字が出てくるなんて。
これは、虚偽報告に違いない。
数字が大きすぎる。
きっと作物が取れなかったので、嘘の数字を並べたんだ。
困ったぞ。
これを承認したら私の首が飛ぶ。
それも物理的にだ。
「おい、この数字は間違っている」
私は部下を呼びつけてそう言った。
「知らないのですか。ジゲル神に祈ると豊穣の土を降らしてくれるそうですよ」
「ペテンだ。まやかしだ」
「嘘だと思うなら現地に行ってみたらどうですか」
「なんで私がそんな事をしないといけないのかね」
「この数字を少なく書くと、国に納入する作物が余る。皆で分けた日には全員が横領で縛り首ですよ。そんな危ない橋を渡れますか。だから数字を変更する人なんて一人もいないですよ」
「あくまでこの数字が本当だというのだな」
ちくしょう。
馬鹿にしやがって。
証拠を突き付けてやる。
私は農村に馬車で出かけた。
そこには驚くべき光景があった。
大規模魔法が炸裂した跡があちらこちらにある。
クレーターというのだと思う。
それがくっきりと残っている。
クレーターの中には、青々と茂った作物がある。
そして山と積まれた芋。
これはどう解釈すればいいんだ。
敵国が攻めてきて、畑を大規模魔法で耕したとでも言うのだろうか。
「すまん。あの丸い畑はどうして出来たんだ」
農民を一人捕まえて聞いた。
「シゲル神に祈ったんだよ。そしたら芋が十日で実る。もう何年分収穫したか覚えてないや」
「そんな馬鹿な。もっと詳しく話せ」
「まず、地震があってミミズの化け物が出て来たんだ。そしたら、何かが降って来て押しつぶした。それで後は大豊作さ」
こんなのどうやって報告書に書けばいいんだ。
神の御業なんて書いたら、正気を疑われる事、間違いなしだ。
そうだ。
「いいか、ミミズの化け物は良い魔獣だ。豊穣の力を与えてくれる」
「ミミズの化け物は神獣様って訳ですかい。確かに痩せた畑にはミミズは少ないな。なるほど、神獣様万歳。シゲル神万歳」
これで良い。
豊穣はミミズの化け物が与えてくれた。
これなら説得力がある。
そして、農民はシゲル神の御業だと思っている。
迷信深い農民のいう事だからあてにはならないと書いておこう。
この豊穣の力は肥料のような物だからいつまで続くか分からないと、苦言を呈しておけば完璧だろう。
「君、報告書を読んだよ」
上司に呼び出された。
「何か手落ちがあったでしょうか」
「いや、シゲル神の事について調べてはくれないかね」
「仕事とあれば否はありません」
「そうか頼むよ」
私は農民に色々と話を聞いた。
どれも荒唐無稽な話だ。
だが、シゲル神は神器を惜しげもなく与えてくれるという話には興味をもった。
『茂』の印が書かれているのが神器らしい。
案内されたのは墓場。
墓標にこの印がある。
なんと墓標は木でできている。
なんてもったいない。
が、神聖な感じがする。
墓標にとてもマッチしている。
これは税金を掛けるべきではないだろうか。
木製墓標税、いや私の権限を越えている。
具申するにとどめておこう。
次に案内されたのは村長宅トイレ。
いい匂いがする。
この匂いは何か体に良さそうだ。
どことなく神聖な感じがする。
トイレで神聖な物を感じるのは罰当たりだろう。
これは書けないな。
風を送る道具もあった。
これからも神聖な感じを受ける。
なるほど、神の力を宿す物を作る職人が、誕生したのかも知れないな。
その人を神と崇めているのか。
確かにそれなら神に対する不敬にはあたらない。
剣の達人を剣神とか言うからな。
ただ、ミミズの神獣の一件がどうにも引っかかる。
便利道具を作る人と神がごっちゃになったのだな。
無学な農民にありがちだ。
脅威だな。
この職人を神輿に反乱を起こされでもしたら、大事件だ。
この職人を監視するよう具申しておこう。
後日。
「いや、報告書はよく出来ていた。意見ももっとも物だ。しかしね。もう遅いのだよ。この国はシゲル神に乗っ取られている」
私は冷や汗が流れた。
粛清されるのではないか。
「私はどうなりますか」
「なにもせんよ。どうにもならない。都市部は完全にシゲル神の手の物だ。この辺りも影響が及んでいるとなるともうお手上げだ。わしはシゲル教に鞍替えした。君も鞍替えしたまえ」
そうだな。
表面的には従っておくか。
でも本気で信じるようになる予感がする。
あの道具の神聖さが忘れられない。
崇めたくなる。
私もシゲル神の作った物を手に入れるとしよう。




