第四話・新人ライダー(中)
このチャプターは第二話「闇夜と雷閃」で登場したルーノ=ケレスの視点で進行しています。
雲海鷂魚の左右に大きく張り出したヒレの下から、次々と小型騎が飛び出してくる。コバンザメのようだがそうではない。鉄砲魚だ。普通の鉄砲魚は水流を噴出して虫を撃ち落とすが、こいつらは圧縮した空気の断層を放つ。音波そのものではないからそこまで弾速は速くないし、空が明るいいまなら、かろうじて陽炎のようなゆらぎが目に見えるはずだ。
問題はそんなことより――
「騎手が乗ってない!」
〈スタンドアロン禁止ナノハ竜族ダケダカラネ。別ニルール違反ジャナイヨ……オット〉
ラドニ少尉を先頭にして組んでいた編隊が乱れる。向かってきた鉄砲魚が一斉に衝撃波を吐き出してきたのだ。わたしが反応するより早く、エケリクスは回避行動をとった。翼肢竜にかぎらず、空戦乗騎となる魔獣は人間より視力がよい。エケリクスは降下、ラドニ少尉とレジル曹長の乗騎は上昇していく。
二十四尾も湧いてきた鉄砲魚は、十八尾と六尾の群れでわかれた。わたしたちを六尾が追ってくる。
〈ライダー不在の中空遊魚にしては動きが整いすぎている。おそらく精神波での遠隔コントロールだ〉
と、ラドニ少尉。コントロールしているのは雲海鷂魚の乗員だろう。引き離せば楽に倒せるが、制御範囲外に出てくるかはわからない。
雲海鷂魚は二騎とも針路を変えていなかった。護衛の四騎は翼肢竜のようだが、そいつらもこちらには見向きしない。しかし数だけは多いといっても、ライダーの乗っていない鉄砲魚でわたしたちを足どめできるつもりか。
思ったとおり、鉄砲魚は深追いしてこなかった。わたしたちがまっすぐ逃げると、反転して母騎のほうへ戻ろうとする。
こちらも左旋回。わたしは即時U・Dでボウを取り出し、敵編隊右端の鉄砲魚に狙いを定めて、レイ・アローを放つ。距離はざっと一〇〇〇フィート。魔力で練られた矢種が目標へ達するまで一秒ほどかかる。ほぼ音速で飛んでいく光弾を、鉄砲魚は回避した。鉄砲魚の眼は側頭にでっぱっていて、背後が見えるのだ。
精神波で遠隔コントロールされているといっても、個々の細かい動きまでは制御されていないだろう。魚の貧しい頭脳が本能的に危険から我が身を遠ざけるに任せているはずだ。
〈エケリクス、おねがい〉
わたしの思念感応を受けて、相棒が強酸のペレットを吐き出した。まだ旋回途中だが、首を巡らし、わたしと同じ目標を狙う。ターゲットの鉄砲魚はエケリクスの攻撃もよけたが、わたしはそいつの回避パターンを読み切った。
二射。レイ・アローは空戦騎の使う飛び道具にくらべれば大した威力もないが、ブレス攻撃などとはちがい連射が利く。わずかに弾道をずらした、二撃目が命中。尾ビレと背ビレの一部が千切れ飛び、鉄砲魚は墜落する。
残りの五尾が散開し、わたしたちを囲むように再反転してきた。熟練のライダーなら、敵が回頭してくるわずかな時間差をついて、二尾、あるいは三尾と墜とせるかもしれないが、わたしにそこまでの技量はない。右へ切り返して旋回降下。やはり敵は追ってこない。
ラドニ少尉から思念感応が入ってくる。
〈合流しろ。このペースでは雑魚を掃除し終わる前に我方の転送サークルが吹き飛ばされてしまう〉
〈了解〉
わたしたちは地面にかなり近い、二〇〇フィートほどの高度にまで降りてきていた。ラドニ少尉とレジル曹長に追いつくため、急速上昇する。敵編隊はこちらの動きにかかわりなく侵攻していく。
少尉たちも鉄砲魚の大群からは一度距離をとっていた。向こうの数は一尾しか減っていないようだ。もちろん十倍近い数の敵を相手取るのは並大抵のことではない。まして飛び道具のある鉄砲魚が群れなしているのだ、次々に撫で斬りとまではいかない。
編隊を組み直し、追撃を再開する。距離を詰めるのはわけもないが、問題はそこから先だ。飛剣魚より小さく、ライダーも乗っていない、身軽な鉄砲魚たちはすぐにも回頭して襲ってくる。遠隔制御の利く範囲は、だいたい五〇〇〇フィートくらいのようだ。そんな遠距離から雲海鷂魚を撃墜できるのは真竜のブレス攻撃だけ、それも集束投射しなければ届かないだろう。
もうそろそろBゾーンとAゾーンの境界だ。Aゾーンに入ってさらに九分もすれば長距離対地砲弾の限界射程に達する。もっとも、風船爆弾に動力をつけただけのちゃちな代物なので大したことはない。しかし雲海鷂魚はその大口から光の濁流を吐くこともできる。直進しかしないのでもっと接近しなければならないが、威力はかなりのもので、並の城壁なら基礎から吹き飛ばせるほどだ。
いったん敵編隊を追い越して、前方からまわり込んだほうがいいだろうか――そうしようとすれば敵の翼肢竜編隊が阻止に出てくるにちがいないが――とわたしは考えたが、ラドニ少尉は果敢な判断を下し、それを思念感応で伝えてきた。
〈おれが敵を散らす。端から狙い撃て〉
少尉は乗騎を駆って急進。鉄砲魚が一斉に迎え撃ちにくる。連中の吐く衝撃波はそんなに遠くまでは飛ばない。少尉は相手の射程ぎりぎりまで近寄り、最大出力のレイ・アローを拡散指向で発射、光の散弾を鉄砲魚の群れに吹きつける。鉄砲魚は数尾ずつの塊にわかれた。少尉を乗せた半馬鷲は順面で逆ループ。少尉はシールドを展開し、鉄砲魚の吐く衝撃波を受けとめる。
レジル曹長がランスを構えて少尉につづいた。わたしはレイ・アローを発射。エケリクスも強酸ペレットを吐いて援護する。レジル騎が小さくなった鉄砲魚の群れのひとつに飛び込み、突っ切った。群れがさらに割れ、鉄砲魚が一尾、墜落していく。わたしも即時U・Dでボウとランスを交換し、突撃。
レイ・アローを撃ちながら同時にシールドは張れないが、ランスは穂先にシールドを展開できる。わたしの突き出したランスは鉄砲魚を捉えることができなかったけれど、エケリクスがしっぽの先の毒針で一尾を刺し貫いた。さらにエケリクスは首を伸ばし、鋭い牙でもう一尾の脇腹を食いやぶる。
そしていわく。
〈身ガ固イナア。焼カナイト食ベラレナイヤ〉
〈つまみ食いしてる場合じゃないでしょ。回避運動!〉
〈アイサー〉
肉片を放り出すと、エケリクスはロールし、降下。こっちのうしろに食らいついてきた鉄砲魚に、斜め上から飛んできた強酸ペレットが直撃した。レジル曹長の騎が転回してきたのだ。酸の弾丸を食らった鉄砲魚は一瞬で骨まで融解する。
鉄砲魚たちの動きはすっかりバラバラになっていた。半分くらいはラドニ少尉を追っているが、直線飛行は半馬鷲のほうがずっと速い。少尉は身を捻ってうしろへレイ・アローを放ち、二尾を仕留めた。急降下で得た速度でもって再び上昇に移り、ループを描きながら反応の鈍い魚の背へ光の矢をさらに射込んでいく。残りも頭の向いている方角はそろっていない。わたしたちにすっかり撹乱されている。単発であれば衝撃波もさほど怖くない。
〈エンゲージ、翼肢竜が動きはじめた。こっちへくる〉
一番高空にいたレジル曹長から警告。エケリクスに水平飛行へ移ってもらい、わたしは顔をあげる。雲海鷂魚はそのまま直進していた。もう鉄砲魚を制御できる範囲にはとどまっていない。翼肢竜のライダーがコントロールを引き継ぐということか。現に、鉄砲魚たちが秩序を取り戻して翼肢竜のほうへ合流しようと飛んでいく。追い撃ちでさらに四尾墜としたが、まだ十二尾残っている。
合流した鉄砲魚を三尾ずつ従えて、翼肢竜が向かってきた。ラドニ少尉へ二騎、わたしとレジル曹長にはそれぞれ一騎。こちらはそれぞれが孤立してしまった。数の不利は承知の上であって、やるしかないのだが。
敵と対向する。四対一――
鉄砲魚が三尾一直線に並び、衝撃波を吐いて横にスライド、それが三回繰り返されてから、さらに翼肢竜が酸弾を吐き、突っ込んできた。ライダーはランスを構えている。
わたしはシールドを展開して鉄砲魚の攻撃は防御。翼肢竜のチャージは躱す。槍仕合の自信はない。エケリクスはインメルマンターン。わたしは背面へレイ・アローを射かけてやろうとボウを取り出しかけたが、敵ライダーのほうが持ち替えるのが早かった。やむなくそのままシールドで光弾を防ぐ。こちらが転回し終えたときには、すでに敵はフォーメーションを組み直していた。再び鉄砲魚のトリプルアタック。
パワーダイヴで逃げる。先頭を翼肢竜に入れ替えて、敵が追ってきた。鉄砲魚はその陰に隠れて、不規則に頭をのぞかせては衝撃波を放ち、また戻る。急降下する相棒から振り落とされないようにするだけでも大変だが、後背射撃を狙ってもあてられそうにはない。エケリクスは小刻みにロールして軌道をずらし、衝撃波を躱す。敵ライダーの張っている前方シールドが抵抗になっているぶん、降下速度はこちらが上まわっているが、振り切る前に地面に激突してしまいそうだ。
〈シールド構エテ、頭ノ上〉
地面すれすれでエケリクスが引き起こす。相棒の予言どおり、わたしが掲げたシールドに、降ってきたレイ・アローと衝撃波が着弾した。垂直降下で速度はかなり出ている。たぶん四〇〇ノット以上に達しているだろう。反撃の糸口がないまま、対地水平姿勢で逃げの一手。敵はこちらの上後方を占位、撃ってくる。躱して、右へ旋回上昇。弓矢を自分の身体の軸より右側へ放つのは意外と難しい。ボウを装備している相手から逃げる場合、右まわりが基本だ。
敵の翼肢竜が酸弾を吐いた。それはわたしがシールドで防ぐが、向こうはこちらよりも急角度で左旋回する。こっちの右下へついてレイ・アローで攻撃してくるつもりだ。
左へ切り返し、雲海鷂魚を追う。わたしの手綱さばきに従いはしたものの、エケリクスは疑問を呈した。
〈アイツラ始末シナイト意味ナイヨ〉
〈ここで旋回合戦やっててもらちがあかない。だいたいターゲットは雲海鷂魚だし。少尉や曹長が敵を倒して援護にきてくれる〉
〈スゴイ、他力本願〉
エケリクスはあきれかえったが、少尉からわたしの判断を肯定する思念感応がきた。
〈そのままいけ、雲海鷂魚に引き離されるな。こっちもすぐいく〉
〈了解〉
首をねじって見てみると、ラドニ少尉はすでに鉄砲魚を四尾墜としていた。レジル曹長も鉄砲魚を二尾仕留めている。少尉が翼肢竜のどちらかを倒せば、レジル曹長のぶんも引き受けて、曹長はこっちへくることができる。
〈ほら、少尉もいってるじゃない。こういうのは他力本願じゃなくってチームプレイっていうのよ〉
〈都合ノイイ話ダナー〉
うしろから飛んでくるレイ・アローをバレルロールで、あるいは左右にスライドして躱しながら、雲海鷂魚を追いかける。まだ楽に捕捉できる距離だ。少尉たちも、全速力ならあと三分弱は遅れても追いついてこられる。
目標がレイ・アローの射程に入った。雲海鷂魚の乗員が、クロスボウタイプの射出機を構えてフォース・ボルトを撃ってきた。高度を下げ、雲海鷂魚の腹側へまわり込む。しかしわたしが狙点を定める前にエケリクスから警告。
〈ノンビリ狙ッテル場合ジャナイヨ〉
右斜め後方から翼肢竜と鉄砲魚が襲いかかってきた。エケリクスが旋回上昇する。わたしはシールドを展開して攻撃を防いでから、再度ボウを取り出し、鉄砲魚のうち一尾を狙って応射。二の矢、三の矢とつづけて放つ。鉄砲魚を後退させて、翼肢竜が割り込んできた。ライダーはシールドを張っている。翼肢竜が顎を開き、酸弾を吐いた。わたしはボウをしまってシールドを起動、飛んでくる強酸ペレットをガードする。
お互いに決定力を欠いた戦いだった。相手のライダーはわたしよりは経験豊富だろうが、ベテランというほどでもないようだ。ライダーのランスや騎竜の歯牙、尾の毒針を振るうレンジで勝負しないと、翼肢竜どうしの戦いはなかなか決着がつかない。ことに乗っているライダーが並レベルの場合は。しかしわたしは接近戦が得意なほうでないし、相手は鉄砲魚が三尾ついている。鉄砲魚の空気弾は、人間にとっては充分に致命的だ。
追撃というよりは監視飛行のような状態で、距離をとって飛ぶ。敵の翼肢竜と鉄砲魚の編隊はわたしたちと平飛行。向こうから積極的に攻勢をかけてくることはないようだが、こちらが雲海鷂魚へ攻撃しようとすれば当然阻止にくるだろう。
時間は容赦なくすぎていく。雲海鷂魚の背中の上で、命綱をつけた乗員たちが長距離対地巡航弾の発射準備をはじめたのが見える。発射後をレイ・アローで狙えばたぶん墜とせると思うが――
〈少尉ト曹長ハ間ニ合イソウニナイネ〉
エケリクスにいわれて、わたしはうしろを見遣った。当然だがもう視界の外だ。思念感応が入ってきたわけでもないのになぜわかったのかと考えたところで、エケリクスはアルヴァレディルムから送られてきた広域図をまだ脳裏で保持しているのだと思いあたる。
アルヴァレディルムへコンタクト。増幅思念感応への妨害はあまり強力ではなかった。敵にジャミング能力の高い術者がいないのだろう。アルヴァレディルムから、現在の戦況が送られてくる。
敵はかなり減っていた。戦闘空域全体では、もう互角の数になっている。トゥーデ軍曹たちは飛剣魚を始末し終えているようだが、もう追いついてこられる距離ではない。ラドニ少尉とレジル曹長はまだ交戦中だった。敵を示す赤い光点は三つに減っている。鉄砲魚は全部墜としたのだろう。だがタイムリミットまではあと二十秒。翼肢竜を一騎仕留めるのは難しそうだ。
対地攻撃の阻止限界まであと五分で到達してしまう。わたしとエケリクスだけでとめられるだろうか。手詰まりの感覚にわたしはくちびるを噛む。
二十秒経過、援護の望みは尽きた。わたしたちでなんとかしなければならない。