第四話・新人ライダー(上)
このチャプターは第二話「闇夜と雷閃」で登場したルーノ=ケレスの視点で進行します。
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拝啓、父上、母上、いかがお過ごしでしょうか。わたしは元気にやっています。兵舎という言葉に怖いイメージを持っていましたが、そんなことはありませんでした。ご飯もおいしいです。航空隊はみんなエリートだからなのかもしれません。わたしは毎日いたらぬことばかりで、なんとか置いていかれないようにやっています。
わたしの上官どのは若い女の人でした。しかも真竜と契約しているドラグーンです。わたしも、いつか真竜に乗れるようになりたい。それが夢で、わたしは志願したのですから。
最近はまた戦いが激しくなってきていますが、ご心配はいりません。弟たちを無理に軍へやる必要はないと存じます。
またお便りを書きます。返事はみんなのぶんをまとめて送ってください。それでは。
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すこし考えてから、「無理に」という一文を入れて、わたしは手紙を書きあげた。私信には検閲官が目をとおす。戦況の有利を暗示した内容だから、問題視されないとは思うけれど。
そろそろ出撃時間だ。ついでに手紙を投函してしまおう。このところ哨戒飛行の間隔が短くなっている。彼我ともに戦力を拡充し、結果、交戦機会が増えたからで、ここの基地も大所帯になって、騒々しくなった。わたしは以前ならまだ新人扱いされていたはずだが、完全に頭数のうちに入れられていた。
ここはいちおう前線基地になるのだけれど、辺境の防衛線はとぎれとぎれのザルのようなもので、この基地ととなりの基地の防空圏とのあいだは、一〇〇マイルも空いている。それでもなんとかなっているのは、すこし後方の師団基地に所属している年長の真竜たちが極めて高い感知能力を持っているからで、防衛線の隙間を衝こうとする敵の動きに先んじて迎撃編隊へ指示を出し、最少限の数で穴を繕っているからだった。周囲の前線基地の中で唯一真竜がいる、ここへの負担は、どんどん重くなっている。
前向きに見れば、目下の状況は戦果を挙げるチャンスだと考えることもできるだろう。わたしも、ローパクト大尉のような、綺麗でカッコいいドラグーンになるのだ。契約相手がベルくんみたいなイケ竜ならなおいうことないけれど、そこまでは望むまい。
郵便の窓口に寄っていけるように、五分余裕を持って、わたしは兵舎を出た。
基地の南端にある発着サークルには三尾の翼肢竜と三羽の半馬鷲がそろっていた。わたしの相棒は翼肢竜のうちの一尾、エケリクスだ。頭から尾のつけ根まで七フィート少々で、先端に毒針のあるしっぽはそれよりちょっと長い。全翼幅は二〇フィート弱。標準的な翼肢竜だが、両翼の皮膜に大きな白い斑点があり、遠目からもすぐに区別がつく。鼻面にもぶちがあり、それは稲妻の形だ。
装具のチェックのためにわたしが鞍へ登ると、エケリクスはこういった。
〈ルーノ、マタ重クナッタ〉
〈今日はランス持ってきただけだし! 体重は増えてない!〉
〈位相背嚢ノ中身ハ、即時U・Dデ取リ出スマデ、重量ガナイハズダケドナ〉
翼肢竜は発声器官が単純なので人語をしゃべることはできないが、理解はほぼ完璧だ。なので、思念感応での意思疎通は声での会話と遜色ない。
この子はひと言多いけれど。
〈作戦に関係ないことをいいふらすんじゃないよ〉
〈無関係デモナイト思ウケド。荷重ガ増エレバ運動性ガ低下スルシ〉
〈一割も二割も重くなったみたいないいかたしないでよ〉
〈三ポンドクライジャナイノ〉
〈うそ! 絶対そんなに増えてないってば〉
〈二ポンドハ確実ダナー〉
エケリクスの頸を締めてやろうとわたしが腕を伸ばしたところで、今日の小隊長であるラドニ少尉がやってきた。昼間空戦ならラドニと称されるエースライダーだが、先日に愛騎の猛禽獅子が重傷を負ってしまい、いまは半馬鷲に乗っている。
わたしはエケリクスから飛び降りて、整列する隊員たちの一番端っこに並ぶ。敬礼。
「現在、東六〇〇マイルの空域でやや大規模な戦いになっている。手薄な地点を探ってこちらのほうにも敵がくるかもしれん。とくに大型騎を見かけたら極力阻止しろ。ただし真竜とは交戦するな、大小にかかわらずだ。我々では歯が立たん」
ラドニ少尉の語調にわずかながら口惜しさを感じるのは、気のせいだろうか。少尉の猛禽獅子に深手を与えた相手は真竜だった。その奮闘は無駄にはならず、敵の真竜に防衛線の内部へ侵入されることは防げたのだが。空戦騎としての半馬鷲は猛禽獅子と比べると一段落ちる。
飛行ルートは前回の哨戒任務のときと同じだった。敵味方相互の勢力圏が重なり合っているCゾーンを、中間線よりやや敵側に近いところを飛ぶ。二週間前まではCゾーンの外縁をまわるようなコースだったが、それまでは三度に一度だった敵の迎撃が毎度になったので、ルートは五〇マイルほど後退した。Cゾーンの先、Dゾーンには、ここと同じくらいの規模の敵前線基地があって、先方がその気になれば航空優勢を確立するのは容易なことだったのだ。お互いの前線基地から等距離にあたるのはさらに数十マイルこちら側、CゾーンとBゾーンの境界なので、敵がもう一段戦力を増強すれば、こちらはそこまで押し返されるだろう。
敵方の南部同盟にとっての戦略目標は、良質な練銀を産出する白冠鉱山だ。頂の万年雪から白冠の名で呼ばれる鉱山で、軽くて強固な練銀は、とくに重量問題に悩まされがちな空戦騎用の装備の材料に最適とされる。こちら側の勢力である北方連合が、中央を遠くはなれた辺境に真竜を多数抱えた師団基地を置いている理由も、白冠鉱山が貴重であるからにほかならない。
つまり、このあたりは激戦空域になっていても決しておかしくないのだ。先月の戦時協定更改会議がものわかれに終わってから、すこしばかり忙しくなった。とはいえ、それでも立地から考えればまだ静かといえる。
少尉の説明に対して、とくに質問は出ない。わたしも訊かなければならないようなことは思い浮かばなかった。最終チェックを終え、各々の乗騎の鞍上に収まる。管制から、発進してよしのコールがかかると同時に、発着サークルから離陸、高度二五〇〇フィートまで一気に上昇。
まだ正午すこし過ぎだが、この季節の太陽は高度が低い。眼下には殺風景な草原が広がっている。ときおり陽光を反射する水面が見えるが、天然のものでも灌漑用の溜池でもなく、真竜どうしの交戦でできたクレーターに雨が降った結果だ。
増幅思念感応で、後方の早期警戒管制竜とコンタクトをとる。今日の当直は緋色の古竜のアルヴァレディルムだ。緋紅竜族は真竜の中では下位に分類されるが、それでも翼肢竜や亜竜、その他の竜族でない空戦騎の比ではない。
生まれて出てから千年紀ふたまわり以上を閲してきた太古の竜の声は、思念感応を介してもなお、魂にずしりと響く。
〈A、Bゾーンに敵影なし。予定ルートにそって飛行せよ〉
ラドニ少尉が思念感応で了解と応じているのが感じられる。隊長騎が真竜なら、支援騎や戦術管制からの情報を一括で処理して編隊騎へ個別の指示を出してくれるが、今日のような場合は各自で後方からの情報を受け取らなければならない。もちろん必要な場合は隊長騎が指示を出してくれるが。
わたしはこれがちょっと苦手だ。思念感応で送られてきた情報は、ちょっと気が散ると脳裏からすぐに薄れて消えてしまう。エケリクスはわたしより長いあいだ憶えているようだが、訊いてみると、
〈右カラズギューント行ッテ、バーンッテヤッテカラ、ドン! ダヨ〉
みたいな答えしか返ってこないので役に立たない。ベルくんは目で直接見ているのかと錯覚するくらい鮮明な映像を送ってきてくれるのだが。……考えれば考えるほど真竜の相棒がほしくなってきた。エケリクスが嫌いなわけじゃないのだけれど。
もちろん、いまのわたしには翼肢竜だってもったいない乗騎であることはわかっている。翼肢竜のライダーから降格したら、待っているのはドラゴンはドラゴンでも大蜻蛉だろう。巨大蟲類は高度な意識をもっていない。相棒と話せないのではひとりで飛んでいるようなものだ。
そんなことになったら軍に志願した甲斐がなくなってしまう。置いていかれるわけにはいかない。
Aゾーンを通過、Bゾーンへ入った。途中で帰還してくる味方編隊とすれちがう。あちらは道中でなにごともなかったらしい。こっちも平穏にすめばいいのだが、そう思っているときにかぎって敵と鉢合わせするのだと相場は決まっているもので――
案の定、Bゾーンを半分くらい飛んだかというところで、アルヴァレディルムから緊急思念感応が入ってきた。
〈敵騎確認。三群、総数五十八。迎撃コースを指示する、貴隊は東の敵編隊にあたられたし。大型騎が含まれている。おそらくは対地攻撃騎、目標は我方が現在新設中の迎撃用転送サークルと予測される。地上では非戦闘員が設営作業にあたっている。阻止せよ、すくなくとも地上人員の退避完了までは絶対に敵をとおすな〉
脅威概要の説明とともに、広域模式図が送信されてきた。敵を示す赤い光点が、感知圏の外からどんどん入ってきている。どうやら前線基地を飛び立った敵だけではなく、後方の大規模な拠点から発進してきた編隊が合流しているらしい。
味方はといえば、さっきすれちがった編隊が反転してBゾーンへ戻っている。さらにスクランブル編隊が第三迎撃ライン上の転送サークルにシフトアウトしてきた。それでも彼我の数量差は三:二といったところだろうか。
わたしたちが迎撃するように指示された敵は十二騎編成のようだ。二倍の数はちょっときついと思うが、この状況で援護は期待できない。
ラドニ少尉から思念感応。
〈いくぞ、敵が雑魚ならそのまま殲滅。厄介なようなら侵攻ルートを妨害する〉
〈了解〉
哨戒飛行ルートをはずれ、指示された迎撃コースへ乗る。ラドニ少尉はさらりといってのけたが、空中戦で敵を足どめするというのは簡単なことではない。たぶん、少尉自身まだ具体的な考えはないだろう。実際にもうすこし近寄って、敵の詳しい情報がわかってからでないとなんともいいがたい。
しかし、そんなに強力な相手ではないはずだ。たぶん敵の大半は巨大蟲か中空遊魚だろう。真竜はもとより、翼肢竜や大型猛禽の動員はすでに限界に達している。先日の会議が決裂して以降、同盟は一気に戦力を増強してきたが、かならずしも質を伴ってはいなかった。
同盟とちがい、連合はまだ新規戦力を積極的に投入していない。乗り手の調練が追いついていないという面もあるが、首脳部である貴族派と、巨大蟲類や中空遊魚の戦力化を推し進めてきた新興派のあいだの溝が埋まっていないからだ。この先どのような影響をおよぼすようになるか、末端の一ライダーにすぎないわたしにはわからないが、あまりよいこととはいえない気はする。
Cゾーンを抜けてBゾーンへ入ってきた敵編隊に対し、わたしたちは北西方向から接近していく。敵の編成がはっきりしてきた。大型騎は雲海鷂魚だろう。宙を泳ぐ巨大なエイで、その背はたっぷり三〇フィート四方もあり、五、六人は乗ることができる。機敏な運動性はないにひとしい。対空能力は乗員次第だ。数は二。残りは小型の空戦騎でまちがいない。
雲海鷂魚を墜とすのがわたしたちの目標になる。小型騎の攻撃、あるいは小型騎に搭載できる程度の火器では地表の強固な構造物は破壊できない。例外はそれなりに上級の亜竜か、真竜のみだ。
あと五マイルまで距離を詰めたところで、敵編隊が分離、六騎がわかれてこちらへ向かってきた。本隊はそのまま侵攻をつづける。敵の狙いである新設中の転送サークルは、わたしが配属されている基地ととなりの基地との防空圏の隙間をカバーする位置にある。むしろ、なぜいままでなかったのか不思議なくらいだ。これまではCゾーンいっぱいまで哨戒編隊を飛ばしていたから、敵が空隙を衝こうとしているのを察知してから迎撃しても間に合っていたからなのだろうが。
彼我の距離が一マイルを切った。向かってきているのは飛剣魚―鋭い口吻で突撃してくる凶暴な中空遊魚だ。接近されなければ大した敵ではない。ラドニ少尉が素早く指示を下す。
〈マディノ、トゥーデ、エダ、そいつらの相手をしろ。レジル、ケレス、おれにつづけ〉
〈了解〉
少尉の半馬鷲が高度をあげる。トゥーデ軍曹は翼肢竜の、マディノ准尉とエダ伍長は半馬鷲のライダーだ。ケレスはわたしのこと。レジル曹長の翼肢竜のあとについて、少尉に従う。
わたしたちの行く手をふさごうと上昇する飛剣魚へ、マディノ准尉とエダ伍長がレイ・アローを撃ちかけた。さらに、トゥーデ軍曹の相棒のバルノヌーバルが酸の弾丸を吐き出す。旋回性能に難のある飛剣魚は攻撃をよけるのに精一杯で、反転してわたしたちを追うどころではなくなる。
二倍の数の相手だが、トゥーデ軍曹たちは大丈夫だろう。残る敵は半分、そのうち二騎は格闘戦はできない大型だ。三対四なら充分に戦える。敵の本隊はわたしたちを避け、さらに逃げるように北東へ進んでいくが、大型の中空遊魚に出せる速度はたかが知れている。
高度三〇〇〇フィート、速度二六〇ノットで追撃。敵はせいぜい二〇〇ノットほどだ。巨大な雲海鷂魚の姿をはっきりと肉眼で捉えられる距離にまで詰め寄る。そこで、敵編隊にいきなり動きが生じた。