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第二話・闇夜と雷閃(下)


〈――バットか〉


 敵側の翼肢竜ワイヴァーンは一小隊分の三騎のみ、残りは黒曜蝙蝠ダイア・バット――巨大コウモリだ。夜間空戦乗騎としては夜皇梟ダイア・アウルに比肩する。

 旋回能力や瞬発力はアウルのほうが上だが、バットは霧などで視界を遮られていても音波で周囲の状況を察知できる。さらに、索敵用の音波を集束させて、不可視の衝撃波を発生させることが可能だ。空戦騎を一発で墜とせるだけの威力はないが、人間のライダーが直撃を食らえば簡単に気絶してしまう。

 私はすぐに思念感応テレリンクで全隊に指示。


〈両翼は左右に展開、下から敵を押しあげろ。アウル隊は高度を維持、敵が散ったら右からやれ〉


 楔状のフォーメーションが解かれ、翼肢竜編隊が上昇する敵に斜め下から食いつくべく、高度をあげていく。ベルグリューンは敵編隊の真下目指して一気に増速。グレート・ワーム級の超巨竜なら降下時のスピードは遷音速に達するほどだ。若いベルグリューンはまだそこまでではないが、それでも三五〇ノット以上出せる。

 突出した私たちは、たちまち敵の集中攻撃にさらされた。もちろん的になるための急進だが、レイ・アローとフォース・ボルトが、翼肢竜ワイヴァーンの強酸ペレットが、黒曜蝙蝠ダイア・バットのソニック・ビームが、狙いも定めずとにかく降り注いでくる。

 私は全力でシールドを張っていたが、防御面が常に目に見えるような猛撃を受けた経験は、対空陣地が無力化されていない敵軍の拠点上を突っ切ったとき以来だ。貫通されない確信はあるが、さすがに重い。


 もちろん敵が私たちを執拗に攻撃するのには応分の理由がある。壱式――いわゆるドラゴンブレスは竜の口腔から吐き出されて円錐状に拡散する。ブレスの射程はドラゴンの身体のサイズにほぼ比例し、ベルグリューンの場合はざっと一〇〇〇フィートだ。密集ぎみの敵編隊は壱式のひと吹きで全滅しかねない。とにかく私たちに接近されたくないのだろう。散開すればすむ話なのだが、敵は密集隊形を解きたくないようだ。あまり自分たちの練度に自信がないのかもしれない。

 破壊の豪雨を三秒はしのぐ必要もなく、私たちは先ほど撃ち放った参式ブレスの下に潜り込んだ。炸裂するエネルギーの密度はまだ衰えていない。レイ・アローや翼肢竜の酸弾でこの光球を貫くのは不可能。私たちが稼いだ時間で、こちらの両翼は敵編隊の左右に肉薄しているころだ。斜め下方左右からと上方は押さえた。あとは私たちが反転上昇して敵のうしろをとれば――


 光球にそってインメルマンターンをするはずだったベルグリューンが、急にローリングし、背面飛行の体勢をとった。なにかと思う間もなく視界が青白く輝き、耳を聾する轟音。雷閃だ。もちろん晴天の空から稲妻が降ってくるわけはない。まちがいなくブレス攻撃なのだが。

 ベルグリューンが上空側へ撃ち返した。口腔からのブレス放射ではない。前肢の鉤爪から複数の細い光条が迸る。零式ブレスの応用だ。どうやら敵のブレスをこれで防いで、余剰エネルギーを釣り銭代わりに放ったらしい。ブレスを体内で炸裂させ、歯牙や鉤爪、鱗に伝達させるのが零式だが、ベルグリューンはいつの間にこんな技を覚えたのか。

 私が驚いているうちにベルグリューンは順面に戻し、急上昇へ移る。


〈あちらもわたしたちの存在を考慮のうちに入れていたようですね。真竜ではありませんが、楽な相手とはいかないようですよ〉


 ベルグリューンは相手を完全に捕捉しているようだ。私は目を凝らして先方の姿を探す。

  ――見えた。翼肢竜ワイヴァーンより尾が太く、肘までこそ翼の皮膜と一体化しているが、立派な前肢をそなえたシルエット。


〈ドレイク?〉

〈雷撃を吐くということは颶風亜竜ストーム・ドレイクでしょう。かなり齢を重ねている、下手な真竜より強いかもしれない〉


 普通の人間ならトゥルー・ドラゴンとウィングド・ドレイクの区別はまずつかない。ドレイクというのは羽根のない陸竜のことだと思っている人もけっこう多い。それくらい似ているし、実際にドレイク種は亜竜族の中でもかなり真竜に近い、高位の存在だ。

 ベルグリューンでないと対抗できないだろう。


〈レジル曹長、こっちは手が離せなくなった、貴官が指揮を引き継げ。敵はまだ経験が足りないようだ、スコアを欲張らなければ五分以上でやれる〉


 一方的に思念感応テレリンクで指示だけ出して、眼前の相手に意識を集中させる。気を抜けば危ない。ベルグリューンが負けるとは思えないが、私がやられてしまえば彼は戦闘を放棄せざるをえないのだ。戦時協定で、騎手が死亡した場合、ドラゴンがスタンドアロンで交戦をつづけることは禁止されている。

 私は即時U(ユーズド)(デバイス)でボウを取り出し、レイ・アローをつがえた。複数のブレス器官を持っているならべつとして、真竜、亜竜を問わずブレスは連射ができないものだ。チャージが完了するまでどれだけ戦力の足しになれるかがドラゴン乗りの真価といえる。


 向こうのドレイクの背にも、光が生じた。レイ・アローとはやや輝きがちがう。フォース・ボルトのようだ。クロスボウタイプの投射器は魔力を充填してからでないと撃てず、発射の瞬間まで出力調整の利くボウタイプより扱いが難しい。反面、レイ・アローより術式が書き込みやすいので、矢種を制御したり特殊な弾を撃つには向いているとされる。

 敵が撃ってきた。距離はほぼ二〇〇〇フィート、射程内だがレイ・アローやフォース・ボルトの弾足たまあしはいいところ音速程度だ。ベルグリューンはあっさり躱すが、光弾はすこし行き過ぎただけで急停止した。正確には、こちらと相対速度をゼロに保って追従してきている。

 敵は立てつづけに二射、三射を放つ。こちらには飛んでこない。三つの光が三角形の頂点を構成する。


〈右へ!〉


 私は即座に応射。右手に張りつく光弾を撃ち抜いた。合わせてベルグリューンは右旋回、敵はこちらの進行方向へさらにフォース・ボルトを飛ばしてくる。空中に立体図形を描くには最低でも四つの点が必要だ。こちらを囲もうとしているのはわかるが、真竜を捕らえるほど強度のあるバインド・ケージを携帯式投射器の出力で生み出せるというのだろうか。


〈光点を配置するだけなら一度に複数撃てばすむ。それをしないということは拡散射撃ではパワーが足りないのでしょう。術自体にはそれなりの成算があると見るべきです〉


 思念感応テレリンクで訊いたわけではないのにベルグリューンから答えが返ってきた。精神的に同調できているときはたまにこういうことがある。悪い兆候ではない。


〈そんなもんか。ブレスチャージまでは?〉

〈あと十秒くらいですが、向こうはもう撃てるかもしれませんよ〉


 まだ零式は使い慣れないということらしい。敵だけブレスが使えるという状況は気分がよくない。私はとりあえず頭上の光弾をひとつ破壊した。

 敵はフォース・ボルトに術の起点を埋め込んでいるはずだ。もしかしたら線や面の状態でも機能させることができるかもしれず、こちらの移動を妨害される可能性がある。しかし、矢種を撃ちっぱなしにせず制御しつづけるというのはそんなに簡単ではない。現に初弾はもう消えていた。片っ端から相殺して相手の負荷を軽くしてやるのは親切がすぎるだろう。


 こちらはフォース・ボルトに囲まれないようにしながらいくらか上昇していたが、相対高度はおよそ二〇〇〇フィートのまま変わっていなかった。向こうは距離を詰めるつもりがないようだ。しかしベルグリューンのいうとおりにブレスが撃てるなら、使わない理由はあまりない。雷撃ブレスであればこの距離はほぼ必中だ。ベルグリューンのほうがブレスそのものの威力はずっと高い。手番をこちらに渡せるほど余裕があるとは思えないのだが。


〈パワークリンヴを〉


 ベルグリューンに急上昇を指示し、私はフルパワーでレイ・アローを射った。最大出力で放てば私のレイ・アローは直径七フィートくらいになる。翼をすぼめたベルグリューンの前面を覆い隠すには充分の幅だ。

 レイ・アローを盾に強引に距離を詰める。敵は左へ回避、こちらの頭を狙い撃とうというつもりか。その脇を通過しかけたところでレイ・アローは炸裂、全方位にではなく、きちんと敵のいるほうへ指向性を持った散弾と化す。

 敵のライダーが構えていたクロスボウから右手を離し、爆発面に向けて掌底をかざした。つがえられていたフォース・ボルトがかき消え、シールドが発生する。攻勢用にチャージした魔力を別用途に転用するだなんて芸当ははじめて見た。恐ろしく器用なやつだ。しかも、散弾になったとはいえフルパワーだった私のレイ・アローを防御しきるとは。

 これまで水平方向へばかり動いていたドレイクが、こちらに相対する姿勢をとった。ライダーが手にしていたクロスボウを即時U(ユーズド)(デバイス)で格納する。代わりに出てきたのはランスだ。上昇をつづけるこちらへ、真っ向からダイヴしてくる。私は近接武器を持っていない。

 チャージをしかけるときは穂先にシールドを展開しておくのがセオリーだ。人間の術師であっても、しっかり張られたシールドは早々貫かれはしない。私も五秒以内であれば真竜のブレス以外はまず防げる。

 レイ・アローでの迎撃は効果がない。


〈回避して〉


 ベルグリューンは迎え角を最大に、のけぞりながら突っ込んでくる敵を躱す。背面飛行で、敵の上方を占位。私はすかさずレイ・アローを発射、しかし相手は急激な引き起こしで水平姿勢に。私の射撃は行き過ぎてしまった。欲張って頭を狙わずに身体の中心へ撃っていればしっぽにくらいかすったかもしれない。

 三〇〇フィートほどの高低差で、背中合わせに平行する恰好になった。

 敵ライダーが武器を再びクロスボウに持ち替える。この距離だとさすがに音速で飛んでくる互いの射撃を回避するのは現実的でない。私の先制撃を左腕のひと振りで払いのけ、敵は右の片手持ちでクロスボウの引金をはじく。射ち出されたのはフォース・ボルトではなかった。狙いも直接こちらを目がけたものではない。

 ベルグリューンの進行方向へ、誘雷機が飛ぶ。それを目がけてドレイクが雷撃ブレスを吐き出した。ブレスの電撃は天然の雷と現象としての差はない。晴天下で誘雷機だけを放ってもなにも起こらないが、そこでブレスや魔法で雷撃を作り出してやれば、積乱雲の中に投じた場合と同様、空中放電の媒体として働く。


 私たちの眼前に超高電圧のネットが展開された。仔竜でないかぎりドラゴンは雷の直撃一発で死んだりはしない。空中放電に突っ込んだくらいなら多少しびれるだけですむ。が、もちろん人間はそんなに頑丈じゃない。

 私はボウから手を放して自分の両肩を抱き、身を丸めた。シールドを全方位に張るのはかなり難しいが、とにかく電気の渦をベルグリューンが突っ切るまで耐えなくては。

 だが全身に掛かる加速度が急激に変化した。ベルグリューンは最短距離で突っ切るのではなく、降下を選択したのだ。閉じていた目を思わず見開く。直角に曲がれたって鼻先で広がった電気の壁を避けるのは不可能だ。身体が半分突っ込んでしまう。だいたいこの速度でそんな真似ができるわけはない。

 しかし私の視界を灼いていたのは紫がかった青白い雷光ではなかった。純白の輝き。ベルグリューンの右翼が電閃の網を軽々と斬り裂いていく。零式ブレスのエネルギーを翼から放出しているのだと理解できたころには、もうベルグリューンはドレイクの直上に迫っていた。騎竜、ライダーともに牙とランスで迎え撃ってきたが、ベルグリューンはインチキ臭い横滑り飛行で敵の矛先を迂回すると、相手の背面を完全に捕らえた。でたらめな動きに目がまわって、意識が途切れる。


 ――つぎに私の視野に映っていた光景は、左の皮膜に穴の空いたドレイクが、背を向けてふらふらと飛び去っていくところだった。ライダーはどうしたのかと周囲を見渡すと、三〇〇〇フィートほど下に緩降下している人影が目にとまった。


「殺すには惜しい腕でしたからね」


 私の意識が回復したことに気づいたのだろう、ベルグリューンは余裕の様子で報告してきた。まだすこし世界がまわっているように感じるが、作戦行動中だ、状況を確認しなければならない。


「レジル曹長たちはどうなってる?」

「全隊引きあげるように説得してから解放してやりましたよ」


 いわれて航空隊が交戦していた方向へ首を巡らせると、低空を敵の編隊がこちらへ飛んでくるのが見えた。ベルグリューンにドレイクの背から投げ飛ばされたのだろうライダーを収容してから帰投するつもりか。黒曜蝙蝠ダイア・バットの数が二騎減っていた。


「こちらの損害は?」

「クヴェイ伍長が負傷、さいわい浅手のようです。バルノヌーバルが墜とされましたが、生命に別状はなし。乗っていたトゥーデ軍曹は無事」


 正直にほっとして、私は安堵の息をついた。


「大したことはないか」

「まあ、隊長が武器を投げ捨てて戦意喪失していたことに比べれば、大した問題ではないでしょう」


 鏡を見なくても自分の顔が赤くなっているのがわかる。半瞬も時間がなかったとはいえ、身を守ること以外はなにも考えがおよばなかった。


「なにさ、あなたがブレスチャージし終わった時点でさっさと撃ってれば、それですんでたじゃないの。だいたい、あの電撃ネットも普通にブレスで吹き飛ばせばいいのに、変な曲芸のために一瞬溜めたりして。こっちはその一瞬で生きるか死ぬかの差が決まるんだから」

「もっとわたしを信頼してくれていいのですよ、リフィア。わたしはかならず守りとおしてみせます、きみがこの背に乗っているかぎりは」

「……それなら、もうちょっとやさしい方法で守ってよ」


 ドラゴンが人間に対して抱く最大限親密な感情は、対等な相棒としてのものだ。そしてベルグリューンにとっての私は戦友の孫娘、あるいは娘であって、まだ自分の生命を預けるまでの、対等な存在ではない、保護対象にとどまっている。それはわかっているのだが。

 しかし、こんな科白をいわれたら女の子がクラりとなってしまうことくらいわからないのだろうか。いや、思念感応テレリンクはまだ解除していないのだから、わかってやっているのだ。


〈わたしのことを保護者だと思っているのはきみのほうですよ、リフィア。わたしはきみの父上との約束だけできみの乗騎をしているわけではない、いまはわたし自身の意志でやっているのですから〉

〈私だって、もう父親が必要な歳じゃない〉


 まったく、人間の小娘を口説いてどうするつもりだ。思い切り口説かれにいっている私も私だが。

 なんにせよ、ここは戦場であって、こんな埒もない話をするようなところではなかった。私は現実に立ち返り、部下を持つ責任者としての指示を出す。


「負傷者に救急隊を手配。早期警戒管制竜とコンタクトを、敵の撤収を確認してから帰投する」

「了解、ローパクト大尉」


 と応じて、ベルグリューンは緩い旋回半径で円を描きはじめた。後方の戦術管制と交信して、必要な情報を交換しているだろう。

この戦争が終わる日はくるのだろうか――いままで考えもしなかったが、ふと、私はそんなことを思った。


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