第七話・竜踊る穹窿の涯に(2)
夜明けまであと一時間、払暁の中を基地から離陸する。空にあがってしまえばもう充分に明るい。アルテニアはここから南東に七〇〇マイルとすこし。
ゼヴェリッグ中尉指揮の翼肢竜編隊が九騎に、ラドニ少尉指揮の猛禽編隊が十騎、これが動かせるかぎりの全戦力だ。基地には寝ぼけ眼の夜皇梟と、頼りにならない大蜻蛉に飛剣魚しか残っていない。
高度三〇〇〇フィートで巡航。一時間半弱で交戦域の外縁に到達する。
「自分の翼を使わずに空を飛ぶのって、なんか不思議な感じ」
といったのはレヒーティタだ。ベルグリューンに教習用の復座鞍をつけてもらって、私とレヒーティタはタンデムで乗騎していた。たしかに、真竜が人型形態のままでほかの真竜に乗るというのは、めずらしいことにちがいない。
「レヒーティタは、私の父と会ったことがあるんだよね」
それほど深く考えて切り出したわけではなかったが、レヒーティタからは思わぬ答えが返ってきた。
「直接会ったのは一度だけだけど。あなたとベルグリューンのことを話してくれた。あと、なぜドラグーンをやっているのか」
「その話、聞きたい」
私は父の口から、真竜使として空を飛び、戦う、その動機を聞いたことがなかった。ベルグリューンや、父の元同僚の人たちの話で推測はできる。父の世代は志願兵が多かった。戦争は終局にあると信じられていたからだ。自分たちの手で平和をつかみ取ろうと、若者はこぞって軍に身を投じたという。
もしかしたら、真に終熄しつつあった戦火をふたたび燃え立たせてしまったのは彼らの熱意だったのかもしれない。だとしたら皮肉な話だが、しかしそれでだれを責めることができよう。
父もそうした若者たちのひとりだった。それはまちがいないにせよ、本当にそれだけだったのだろうか。
レヒーティタはわずかに間をおいて、話をはじめてくれた。
「カーレッジは、ドラグーンになってしばらくのあいだは、真竜のことが理解できなかったし、恨みすら感じたといっていた。戦いをやめさせることができるのにどうして手をこまねいて見ているのか、真竜どうしの争いごとであれば真竜どうしでなければ決着はつかず、代理戦争としての意味もないのに、なぜ北部連合と南部同盟の和平を仲介しないのか、暇つぶしの遊びとして、竜族でない種族をもてあそんでいるだけではないのかと疑っていたのだって」
若いころの、父の直情的で理想的な気持ちに、間接的にとはいえ触れるのははじめてだった。そして、その疑念はある程度正鵠を射ている。真竜にとってこの戦乱は真の危機ではなく、力で強制してまでとめなければならないものとは看做されていない。
南部同盟のうちでも、より対北部強硬色の強いいくつかの国は、かつて不死貴族による専政を経験している。不死貴族の存在を条件つきながら容認し、彼らが強大化するひとつの要因となった真竜としては、南部が反発を抱くにいたった経緯に一定の責任を感じているのだ。さりとて公然と南部同盟を擁護することもできない。不死貴族との休戦条件である、真竜による不死貴族体制の保証は生きているからだ。
それらの契約が個別の関係であることを方便に、真竜族は統一見解、統一政策を示すのを避けてきている。しかし最終的には、真竜の知識から盗まれたものを元にしている、不死術とその産物たる不死貴族の廃絶を目論んでいるのだろうと、私は見当をつけていた。あたりさわりのない契約で、不死貴族がこれ以上増えないように釘を刺しつつ、彼らが徐々に減るよう仕向けていく腹づもりなのではなかろうか。この戦乱すら、不死貴族の討死を図った真竜の策謀のひとつだったとしてもおどろくには値しない。たとえ数万年かかろうと、真竜たちはやり遂げるだろう。
父はそんな真竜族の態度を不誠実だと思ったわけだ。よくいえば深慮遠謀だが、しかし父の感じた憤りは、そういう見方をすればまさにそのとおりであって、たぶん面と向かってそれぞれの真竜に問いつめても否定はしないはず。はたして、父は真竜に対して抱いたわだかまりや恨みを解消することができたのだろうか。
いや、それができていなかったら、ベルグリューンとの関係も長つづきしなかったであろうし、いまの私がこうしていることもないのだが。
レヒーティタの語る父のつぎの言葉は、すこし意外なものだった。
「だけどカーレッジは、そのうち、真竜が待っていることに気づいた」
「待っている?」
「真竜はいつまでもすべての王でいるつもりはない。人間や森びと、そのほかにも多く存在する知恵ある生き物の教師でいるのではなく、対等な競争者となる日を待っている。カーレッジはそう感じた。たとえばチェスをだれかに教えたら、相手が上達して互角に指せるようになってくれたほうが楽しいでしょう?」
父の真竜観は私とはちがった。父の見方に従うなら、不死貴族たちは真竜に近づいたがゆえに認められたのだということになる。私が考えているような、最終的完封勝利のために一度不死貴族と休戦を結んだという、気の長い策謀家としての真竜は実像から離れた姿なのか。
「きみの見ている真竜もひとつの実体ですよ、リフィア。持てるものの余裕というのが、真竜を支えているひとつの柱であることにまちがいはありません。真竜に教師は存在しませんでした。真竜の知恵と力は、神から学び、盗み取ったものではない。本当に竜ではないほかの種族に追いつかれ、追い越されるときがきた場合、焦りを抱かないのかといえば、それは疑わしいのです」
それまで私たちのやりとりを聞いているだけだったベルグリューンが話に入ってきた。私とレヒーティタは沈黙することで、先をうながす。
「ひとつたとえをつけ加えるなら、ゲームは一種類ではないということでしょうか。不死貴族たちがひとつのゲームで真竜から得たチップを、ほかのゲームの賭け金として取り戻そうという考えはある。不死貴族がそのゲームにも対応できるなら、彼らは引きつづきチップを持っていられるし、真竜からつぎのチップを巻きあげようと狙ってもよいというわけです」
ベルグリューンの補足を受けて、レヒーティタが再び口を開いた。
「カーレッジにとって、ドラグーンをつづけるのは、真竜にすこしでも近づくためだった。真竜のいるところまで昇っていくのは、だれにでもできることじゃない。真竜が自分たち以外の種族に昇ってくるように求めるのは正しいことなのか、それはまだわからない――ぼくと話したときのカーレッジは、そういっていた」
父は答えを見つけたのだろうか。デクタジールと組んで独立国を建て、和平を問うことが、父にとっては答案への採点を求める行為だったのかもしれない。
父の解答を否としたのはだれだったのだろう。それとも、答案はしかるべき採点者の元まで届かなかったのか。あるいはそんな問題はそもそも存在せず、父は幻の試練に挑んでいただけなのか。
「わたしはカーレッジの目指した方向が正しかったと信じています。真竜がこの戦争をはじめたわけではありませんが、ならば真竜以外のものが和平につながる途を示したとき、それが世に問われる前に揉み潰すような行為を容認するべきではなかった。レヒーティタという、現在の世界体制の主軸である不死貴族と真竜の関係を揺るがす要素があったとしても」
ベルグリューンにいわれて、私はあらためてレヒーティタの存在の大きさをあまり実感できていないと自覚した。彼女はいまの世界のありかたを変えてしまえる。気の長い真竜の視点で見れば、レヒーティタが、いずれ長老会をもしのぐ至高の実力者となることは、約束されているも同然なのだ。
もちろん人間である私は、レヒーティタが究極の存在になるはるか以前に死にはするが、それでもいまは彼女のドラグーンという立場でいる。しかも、自ら進んで契約したのだ。
我ながら、身の程知らずにもほどがあろうに。
自分で自分にややあきれたところで、
〈――別ナンバーを付与する、貴隊の所属と編成数を伝えられたし〉
と、連合軍のチャンネルで思念感応が入ってきた。交戦空域にはまだ距離があるが、混乱がひどいので早めに識別記号をつけたいのだろう。
〈こちら第十四防空師団773飛行隊。編成数二十騎〉
〈773なら真竜が隊長騎だな。識別コードを伝える、NDA−54−0から19だ。そっちで割り振って直接戦術管制とやり取りしてくれ。回線が足りん〉
〈了解。NDA−54−0から19〉
〈それで合ってる。あとは任せた〉
そうとう忙しいのだろう、投げやりな通信とともに接続が切れた。ベルグリューンをNDA−54−0に、翼肢竜隊を54−1から9に、54−10から19を猛禽隊に割り振る。管制へ問い合わせてみるとアルヴァレディルムにつながった。私たちとほぼ同じころに飛び立ったはずだが、すでに配置についているようだ。
〈ローパクト大尉か。いや、べつに忙しくもない。敵は数が多いだけでそう大したことはないが、味方もだらしのないのばかりだ。不甲斐なさすぎてあくびが出てくるところだった〉
稀に見る規模の大戦闘だというのに、緋色の古竜はのんきな調子で広域模式図を送信してきた。敵味方をあらわす赤と青の光点は数え切れない。混み合いすぎていてよくわからないが、飛びまわっているすべての空戦騎を捉えているようだ。数百、もしかすると千騎を超えているかもしれない彼我の全戦力を把握しながらべつに忙しくないとは、長老クラスはやはり格がちがう。
渦を巻きながら入り乱れる赤と青の点を縫う経路を探りながら、各騎へ指示。
〈交戦空域に入ったらなにがあるかわからない。私やベルグリューンに通信がつながらないときは戦術管制の指示に従え〉
《了解》
二時方向から戦闘空域へ突入、一度南部側をまわって螺旋状にアルテニアへ向かうルートを描き、ベルグリューンへ針路図を送信する。
〈これでいこう〉
〈戦域を突破するのですか〉
〈アルテニア分離派はたぶんそう長くは保たない。外縁でお茶を濁してたら状況は悪くなるいっぽうだろうし〉
南北両陣営ともに、秩序だった行動はできていない。あわてて周辺空域まで飛んできては、手近な敵と交戦している。アルテニア都市圏の戦力比は当初の分離派劣勢の状況から変わっていなかろう。
〈おそらくそうでしょうね。――あたらしい情報です。北部連合はアルテニアの加入を承認、全権大使の派遣を決定しました。到着は三時間後、それまで議事堂を保持できれば分離派の勝ち、議事堂を奪回して大使を追い払えば残留派の勝ちです〉
ベルグリューンが最新のニュースを拾ってきた。全権大使どのとやらは長老会レベルの大真竜に乗ってくるだろうから、攻撃されることはない。しかし南部同盟としては、その到着をおとなしく待つ義理もないわけだ。
不可侵を約束されている身の全権大使が、自分の側から攻撃するわけにいかない。先制非攻撃の原則を破れば、それこそ際限なしの最終戦争になる。到着までに議事堂が南部派に再占拠されていれば黙って戻るしかない。仮に大使どのが議事堂の再々奪回を叫んだとしても、騎竜のほうはそれを無視して帰投するだろう。
私たちの仕事は大使どののための露払い、ということだ。
〈アルテニア中心部へ向かい、最高評議会を支援する〉
〈了解〉
この戦いもゲームの一局面にすぎないのだろう。私自身はべつに駒のひとつであることに嫌悪感を覚えはしないが、しかし部下たちを無駄に死なせるわけにはいかなかった。
ゲームであっても、遊びではない。左舷に曙光を見ながら、アルテニア空域を目指して巡航飛行をつづける。




