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第六話・真竜使の資質(4)

ルーノの視点で進行中です。


〈――魔力抑制アンティマジック空間フィールド!?〉


 わたしが驚いたのを見計らったのではなかろうが、グロウテールの同軸後背に隠れていたのだろう、四騎の翼肢竜ワイヴァーンが左右に展開してV字編隊を形成した。どうりで感知できなかったわけだ。アンティマジック・フィールドの内部であれば、真竜の索敵魔法であろうが走査圏外になる。しかし隠密術ステルスも無効化されてしまうから、羽ばたきのストロークまで合わせて一直線の編隊飛行を維持しなければ正面からでも目で見えてしまう。すごい練度だ、わたしが混ざっていたらやれなかった芸当にちがいない。


 四騎の中にゼヴェリッグ中尉もいた。中尉たちの乗騎が一斉に酸の弾丸を吐いたらしい。攻撃申告の思念感応テレリンクすらもA・M・フィールドはかき消してしまうが、ライクィレーハが翼肢竜のあごの筋電位を読み取ってしらせてくるのだ。ちなみに生体電流を検知するその手段は魔術的なものではない。最長老クラスの真竜は、ほかの騒音がなければ一マイル離れたアリの足音でも聴こえるというほどのバケモノだ。


 ベルくんはねじるような軌道で急速降下、反転。攻撃を躱し、翼肢竜編隊を引き連れるような恰好で逃げる。向こうはグロウテールを先頭に追撃してきた。

 A・M・フィールドを張っているあいだは、レイ・アローは撃てないし拍車スパーの術も使えない。だが五対一ではいくらベルくんでも勝算があるかどうか。翼肢竜の強酸ペレットは純粋な生体分泌物だが、ドラゴンブレスは半分魔法だ。A・M・フィールドを強引に突破して、内部の騎竜と術者まで灼き尽くせるだけの威力があるブレスを吐けるのは、それこそライクィレーハやアルヴァレディルムのような長老クラスだけだろう。


 振り返ってみると、エル以外の四人はランスを構えていた。わたしの考えは読まれている。零式ブレスで加速して編隊を突破し、エルだけピンポイントで墜とそうと思ったのだが。槍衾やりぶすまへ超高速で突っ込むのは自殺行為だ。危険すぎて訓練であっても、いや訓練だからこそとてもやれた真似ではない。

 そうなると、あちらは拍車の術を使えないことにつけこんで、ひとまず距離をあけるべきだろうか。


〈ケティエル大佐がどこにも見あたりませんよ〉


 と、ベルくんがわたしのあさはかな思いつきを見透かしてひとつ指摘をしてくれた。そうだった。大佐がどこからこちらの様子をうかがっているのかわからないのだ。だいたい、最強の相手であるローパクト大尉とアイアンドラゴンのレヒーティタがさらにひかえている。となれば、ゼヴェリッグ中尉たちをさっさと片づけなければいけない。


 しかし、翼肢竜五騎をまとめて一発で仕留める方法というのはブレス以外にないのだ。だがA・M・フィールドがある。弐式でもはたしてフィールドを貫通できるかどうか。それにもう散開されてしまったので、弐式では一度に一騎しか狙えない。


〈……なにも思いつきません〉

〈ライクィレーハに、戦時協定第七条の三項、補足二の申請をしてみてください〉


 泣きついたわたしに対して、ベルくんはそういった。協定の第七条は、たしか規制事項に関することが書いてあったと思うが、細目までは記憶にない。

 とりあえずいわれたとおりに、ライクィレーハへ思念感応を飛ばす。答えはすぐに返ってきた。


〈申請を受領しました。甲種魔道技術への対抗措置としてBレベルの制限を一部時限解除、使用許諾回数は一度のみです。騎竜ベルグリューンへ伝達してください〉

〈了解しました。……ベルグリューン、甲種魔道技術への対抗措置としてBレベルの制限を一部時限解除、使用許諾回数は一度のみ――だそうです〉

〈では、しばらく見ていてください〉


 そういって、ベルくんは再上昇に切り替えた。稼いでいた速度を潰して高度に変換する。そのままインメルマンターンに移行するのかと思ったところで、再び翼肢竜ワイヴァーンたちが強酸ペレットを吐いてきたとライクィレーハが伝達してくる。

 わたしはいちおうシールドを張っていたが、ベルくんは一気に右九〇度ヨーイングし、失速しながら方向転換して五発の酸弾を回避する。もっとも、仮想の酸弾が見えないわたしにわかるのは、命中判定がこなかったということだけ。ベルくんはきりもみしかける体勢をしっぽを強く振って引き起こしながら、さらに九〇度方位転換、翼肢竜編隊と正面対向する。ベルくんのあぎとが開かれた。


 ドラゴンブレス――を模した色彩噴出カラー・スプレーが放たれた。しかしその半瞬前に、ベルくんの口腔からなにかがほとばしっている。真物のブレスならともかく、色彩噴出の術など一インチも浸透しないはずのA・M・フィールドは、消滅していた。


 赤、青、白……五騎の翼肢竜と五人のライダーたちが、派手な色彩に染められる。ライクィレーハからは全員に即死判定が下っていた。十把ひとからげに同時判定しているのではなく、ちゃんと個別に死亡を通達しているのであって、それぞれの「戦死」時刻は何分の一瞬かずつ異なる。しかしベルくんは解呪ブレスは使えないといっていたし、そもそも解呪の術も魔法の一種であってA・M・フィールドに対しては効果がない。ベルくんはどうやってフィールドを無力化したのだろう。


 だがそれを尋ねている暇はなかった。ベルくんはすぐまた上空方面へと向き直る。瞬きしかけて、ゆがんでいるのは視界ではなく、わたしが見ている空間そのものなのだと気づいた。

 わたしたちの頭上六〇フィートほどの地点で、時空が切り抜かれ、なにかが飛び出してきた。こちら側の次元に出現した、その薄っぺらだったシルエットに表象が付加される。翼と鼻面に白い模様のある翼肢竜と、その背に跨がるライダーだ。ケティエル大佐とエケリクスでまちがいない。


 転送陣を経由しない次元転換ディメンジョンシフトの発動現場を見るのははじめてだった。ケティエル大佐の術に相違ないだろうが、非ポータル型瞬間移動は真竜でもめったに遣い手のいない技だ。人界に在住する最強のドラゴンの一体に乗り手として選ばれしものは伊達ではないということか。

 完全に間合に捉えられている。ケティエル大佐がランスを突き出してきた。ベルくんは前方に伸びている長い角でランスの軌道を逸らし、牙で槍身を噛み砕く。


〈跳んで!〉


 ベルくんの警告の前にわたしは鐙を蹴っていた。エケリクスはしっぽでの攻撃が得意だ。わたしが鞍を離れた一瞬あとに、エケリクスの尾の毒針がベルくんの背の上をかすめた。相棒の戦法がわかっていなければやられていただろう。


 サソリのようにしっぽを上から繰り出しながら、エケリクスは頭突きをベルくんの右前肢に受けさせていた。ランスを捨てたケティエル大佐はベルくんの鉤爪の反撃が封じられた側へ離脱。即席のコンビとは思えない攻守の連携だ。

 刹那も無駄にせず、ケティエル大佐は落凰波ダウンバーストの術を起動、ベルくんを下方へ吹き飛ばす。わたしとベルくんのあいだを引き離すつもりだろう。ベルくんはもちろんすぐに体勢を立て直したが、大佐のひと味ちがうところはここからだった。


 大佐の左右の手が、即時U(ユーズド)(デバイス)で招来された半月刀シミターを把る。さらにブーツの爪先からも刃が生じた。四刀を構えた大佐が突っ込んでいく先は、わたしではなくベルくんのほうだ。ブーストブーツの推進ではない。大佐は自前で飛行フライ加速ヘイスト武装強化エンチャントウェポンの術をかけている。


 わたしが自分の目を疑うよりも早く、四本の刃が神速の剣閃を描いた。ベルくんは左右の前肢に両翼、角を使って応戦。刃鳴りの音が連鎖し、生じた火花がひとつ消える前に五つ新たな火花が舞って、大佐とベルくんの周りを燐光が包んだ。

 しかしケティエル大佐は一歩も引かない。むしろベルくんのほうが押されている。瞬間移動を使える術師としての腕を持ちながら、近接戦闘もこんなに強いとは、大佐は妖魔の一種かなにかだろうか。


〈ブレスのチャージがすめばおれは即蒸発だ、十秒もないぞ、エケリクス!〉


 どうやら眼前の光景に愕然としていたのはわたしだけではなかったらしい。大佐の指摘を受けて、エケリクスがこっちへ向かってきた。

 いくらケティエル大佐が凄腕でも、強化の術はそんなに長保ちするわけではない。ベルくんと何分も戦うことはできないはずだ。そしてどれだけ強化術を重ねたとしても、ドラゴンブレスがくれば消し炭になる運命は変わらない。さっきのエルのようにA・M・フィールドを展開すれば最上級以外の真竜のブレスなら防げるだろうが、今度は強化の術も無効になってしまうので単純に戦闘で敵わなくなってしまう。

 単独で真竜を数秒抑えることができるというだけで尋常ではない。そのあいだにドラグーンを仕留めてしまえば、騎竜はそれ以降は交戦できなくなる。わたしのような、凄腕とはほど遠い凡人にとっては翼肢竜ワイヴァーンでも充分な脅威だ。というか普通は、人型生物が竜族に勝てる要素などない。


 いきなり、ライクィレーハが侵襲型の思念接続テレコンタクトをしてきた。なにかと思う間もなく、非言語で直観説明がされる。要するにハンデだ。エケリクスの攻撃申告に合わせて、仮想強酸ペレットを視覚表示してくれるとのこと。


 わたしは即時U(ユーズド)(デバイス)でボウをしまってランスを取り出した。レイ・アローを撃ちながらシールドは張れない。翼肢竜とドラグーンが相討ちになったのでは、事実上こちらの負けだ。

 ランスを構えるわたしを見て、エケリクスはからかうような思念感応テレリンクを投げかけてくる。


〈近接戦ハモット苦手ジャナカッタッケ、ルーノ〉

〈無駄口はいいからかかってらっしゃい!〉


 と、わたしは啖呵を切ってみせたが、エケリクスは素直に真っ正面からきたりはしなかった。ブーストブーツの運動性に難があるのを見透かしている。逃げるのは無理だし、こちらからしかけようにも直線的に突進することしかできない。エケリクスは悠々とこちらに腹を見せて羽ばたき、高度をあげていく。レイ・アローをたたき込めば撃墜できそうに思えるが、これで相方エケリクスのやつはこすっからい駆け引きをするのだ。こっちがボウに持ち替えたと見るや、首を巡らせて酸弾を吐いてくるにちがいない。

 あせりは禁物だ。時間の経過は基本的にこちらに有利だと自分にいい聞かせて、エケリクスの動きを待つ。


 エケリクスはわたしの上方を占位すると、翼をたたんで急降下してきた。牙と尾の毒針で直角方向から別々に攻撃してくるつもりだ。シールドを複数の面で展開するのは高度な技術であって、わたしにはまだ難しい。

 わたしはランスを横手に持って、投擲。もちろん射出ローンチの術を使って高速で撃ち放つ。

 射出の術はかなり重たいものでも飛ばすことができる。わたしの魔力でも、一〇〇ポンドちょっとはいけるはずだ。ランスの重量は一〇ポンド。エケリクスに、わたしが乗るたびに体重計測していたことを後悔させてやろう。


 脱落防止のストラップは持ったまま、自分で投射したランスに引っ張ってもらって上昇。手を離さずにいれば穂先のシールドも維持できる。

 エケリクスは急制動をかけて躱そうとしたが、ランスの尖端を避けたところでシールドのへりが左翼にあたってバランスを崩した。もとよりランスで串刺しにしてやろうと狙っていたわけではないので、シールドパージはしていない。防壁シールドの術は完全な守備特化の魔法で、ぶつけても殺傷力はまったくないが、それでも場面によっては有効だ。


 空中でよろめくエケリクスの脇をかすめながら、わたしは即時U(ユーズド)(デバイス)で剣を招来して振り抜く。ライクィレーハが、エケリクスの左翼皮膜は飛行不能なだけのダメージを受けたと判定を下した。

 羽ばたきをやめて落下しながらも、エケリクスはこっちへ向けて大口を開けた。実際には吐かれていない酸の弾丸が、肉眼で見ているのと変わりない鮮明さで視野に映し出される。これも、ライクィレーハがエケリクスの攻撃意志とわたしの意識を中継しているから見えるのだ。わたしはランスから手を離してシールドを再起動、余裕を持って防御する。


 エケリクスは、ぱちくりと瞬膜をしばたたいていた。人間なら、思わぬ失敗に頭をかいている、といった感じか。わたしに負けるとは思っていなかっただろう。


〈……アレ、ヤラレチャッタヨ〉

〈今日のわたしは曲がりなりにもドラグーンだからね〉


 墜落しても死にはしないが戦線復帰は不可能――と判定を受け、体勢を立て直して、エケリクスは戦闘空域の外へと飛んでいく。さすがに本当に落っこちたら痛い。わたしはベルくんとケティエル大佐のほうへ振り向いた。


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