表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バイオリン二重奏「讃歌」  作者: 最中亜梨香
11/11

エピローグ

 開演前だというのに、王立劇場は国内外から集まった賓客で賑わっていた。

 今夜は、ここでとある一人の音楽家のコンサートが開かれる。

 その名は、メアリ・スノウ・キャンドル。世界一と謳われるバイオリン奏者だ。

 音楽歴は初めて舞台にたった頃から実に六十年以上。顔にはシワがあり、髪は真っ白だ。しかし、舞台に立つ彼女の姿は、若き日と変わらぬ、否それ以上の情熱と気迫がある。そんな彼女が奏でる演奏に、多くの人々が胸を打たれてきた。ある者は希望をもらい、ある者は慰めをもらった。

 また別の者は、彼女の演奏だけでなく彼女自身の賢さや強さに惚れこんでいた。彼女が若い頃、王子暗殺事件の犯人にされたことは有名な話だ。一度は国の辺境へ逃げたが、その後真犯人を白日の元へ晒し、身の潔白を証明したのだった。これは誰でも簡単にできることではない。

 開幕のベルが鳴り、騒がしかった客席がしんと静まりかえる。

 幕が上がる。舞台の中央にメアリが立っていた。おもむろにバイオリンを構える。演奏が始まった。

 時に一人で、時に伴奏を交え、メアリが紡ぐ音は観客の人々を飲みこむ。皆、曲の向こうにそれぞれの情景を見る。

 やがて、演奏が終わった。割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 しかしその時、バイオリンの音が流れた。

 メアリはバイオリンを肩に載せているが、弓は弦から離している。左手で弦を押さえてもいない。

 今の音は一体何だ? 観客の歓声に戸惑いが混じる。

 メアリはすっと右を見て、ほんの一瞬、とても嬉しそうに微笑んだ。

 それは世にも奇妙な演奏だった。舞台に立つのはメアリ一人。なのに音は二人分聞こえるのである。しかもその二重奏は、観客の誰もが初めて聞く曲だった。今まで聞いてきた曲とは全く違う、不思議な旋律である。

 始まった時と同じように、演奏は突然終わった。

 一瞬空白の間をおいて、拍手が会場に響きわたった。拍手の音を聞いたメアリが笑みをこぼし、誰もいないはずの隣を見る。

 笑みを浮かべるメアリの前に、真紅の緞帳が下がってくる。その時。

 メアリの身体がぐらりと揺れ、舞台に倒れた。立ちあがる様子はなく、ピクリとも動かない。

 客席のざわめきを残し、緞帳は完全に下りた。



 稀代のバイオリン奏者、メアリ・スノウ・キャンドルは、自身のコンサートが終わった直後、舞台の上で七十六年の生涯を閉じた。

 彼女が亡くなる直前に姿無き誰かと演奏した不思議な二重奏については、様々な調査がなされた。メアリの私室からは、彼女の筆跡ではない大量の楽譜が見つかった。作曲者、そして演奏者は誰なのか。様々な説が飛び交った。

 しかし、真実にたどり着けたものは誰もいない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ